第97話 作戦準備開始
季節は秋のはじめ、ようやく朝晩過ごし易くなった頃、村は春から夏にかけて各地の町で売り出すお菓子の試作とレシピの確立をしながら、それに必要な調理器具の製作に励み、現在は夏頃からアルの代官屋敷で各地の料理人や視察の貴族の方々を受け入れて講習会等を村を上げて頑張っている。
まさか、アルもまだ見ていない自分の家を、他家の方々が建物探訪をしているとは思ってないだろう。
それと交代制で各地から来ている板バネ式の馬車の作り方を習いに来ている鍛治師の方々も、いいもの製作所のメンバーと昼は鍛治仕事、夜は『夜の花園』という名前に決まったセクシー・マンドラゴラ姉さんのお店で、まだ若い蒸留酒をハイボールなどで楽しんでいる。
ただ、酒飲み人口が増えた為に、村で消費する分の蒸留酒があっという間に無くなるので、ダント兄さんに安い酒の仕入れを三倍にしてもらい、蒸留作業を頑張ってもらったのだが、その蒸留酒工房だけはどこの貴族家にも見学させなかった。
この村の果物や穀物が安定して生産出来て、酒も生産出来る様にならなければ、他の領地で蒸留酒作りが始まれば、酒の需要が上がり買い付けが大変になるのと、先に寝かせた酒が熟成する時間を稼がなければウチの村のアドバンテージが無くなる。
ただ、辺境伯派閥の伯爵様が、
「伯爵の我の頼みを騎士爵家の使用人のお前が…」
などと、蒸留酒の工房を見せろと騒いだ勘違い野郎がいたので、正式に辺境伯家に抗議しておくと、僕の知らない圧力がかかったらしく、後日、自分の町から数台の馬車で、村に来て、あの横柄なお貴族様は、そういう置物かと思うぐらいペコペコと謝っていた。
なんでも、ほかの貴族からは、
「あの、恐ろしい策士がヘソを曲げたらどうする!!」
と叱られ、自分の奥さんからは、
「マダム・マチルダシリーズがウチに来なくなったらどうするの!
聖人ケン様に『騎士爵家の使用人』と、無礼な事を言ったのもサフィア様やカトリーヌ様から伺いました。
家の事は息子がしてくれますので、旦那様は許して頂けるまで帰って来ないでくださいまし!!」
と追い出され、領地でユックリする暇もなく、片道10日を馬を使い潰す勢いで走らせて再び村に来たのだとか…何かよく分からないが、アルの屋敷にお詫びの高そうな壺やら絵画が運び込まれ、伯爵様が、半泣きで、
「これで、どうか!!」
と謝っているので、許してあげる事にした。
伯爵様は、ぱぁ~っと花が咲いた様に微笑み、
「よかった…妻からは、いよいよならば死んで詫びろと…息子があとは立派に継ぐからと言われて…」
と言っていた伯爵のオッサンの瞳にはいっぱいの汁が溜まっていた。
あまりに哀れだったので、ホッとして色々な汁を流す伯爵のオッサンに、
「弟の味方に成って頂けたらそれだけで構いませんので、お詫びの品など…」
と伝えると、伯爵様は、
「一度贈った物を持って帰るなど…許されなかったのか?と、妻の弓で射殺される!!」
と、拒否されたので有り難く頂くとして、僕は、
「では、この作戦が上手く行ったら、蒸留酒の製法を教えますので、何か有れば弟を助けてあげて下さい。」
と伝えると、伯爵のオッサンは、貴族らしい身のこなしで、
「ミゲロ伯爵家当主、アーサー・ミゲロ、ここに聖人様への忠誠を誓います。」
というので、
「僕では無く、弟のアルにお願いします。」
とやんわり訂正をお願いしたのだが、アサゲロのオッサンは、
「やっほ~い!許されたゾ~!!」
と浮かれて、配下の騎士に辺境伯家に報告を入れる様にと騒いで出ていった。
僕の横で一緒に対応していたアルの家臣代表であるケビンさんが、
「ケン殿…良かったのですか?蒸留酒の事…」
と心配しているので、僕は、
「蒸留酒は熟成させればさせるほど美味しいんだから、五年後に作り方をおしえても、教えた人がウチと同じ物を出すのに五年は掛かる。
その頃にはウチは10年熟成出来るから大丈夫かな…それよりあの伯爵家もアルに味方してくれるらしいからその方が得じゃない?」
というと、ケビンさんは、
「なんと、ケン殿はこれを機に貴族になれる選択肢も有っと思いますが…アル様の為に、何と欲の無い…」
と感心していたので、僕は、
「違う、違う、お貴族様なんて面倒なモンに成りたく無いだけ!
お金も欲しいし、美味しい物も食べたい。
そして、シェリーさんにはジジィになってもモテていたいっていう欲まみれですよ。」
と訂正しておいたという一悶着はあったが、各地の料理人達への講習会も順調に進んでいる。
セクシー・マンドラゴラ姉さんの弟さんのマンチェスさんと、アルの屋敷の料理長マイクさんとその娘のパン職人アイナさんをチームリーダーとするお菓子班の働きで、既に各地に色々なお菓子が一品ずつ伝えられている。
ただ、セクシー・マンドラゴラ姉さんの弟さんが『マン兄ぃ』だった事には少し感じるモノが有ったが、今は触れないでおいてあげた。
そして、僕も盲点だったのが、はじめの頃に出たアイナさんからの、
「ケンさん、甘いパンはお菓子に入りますか?」
との遠足の様な質問だった。
思わず「入ります!」と答えてしまうほどのアイデアのおかげで、一気に30種類のお菓子という難題に光が差し込んだ。
バターロールのレシピは辺境伯様にあげたので、コッペパンのレシピを辺境伯派閥のいくつかの町で解禁して、揚げパンやクリームサンドにジャムサンドとバリエーションを付けたり、ドーナッツなどの揚げた菓子も、少し日持ちがするかな? と思いつつ、
「片道5日だからいいか!」
とメインの街道から少し遠い町にレシピを渡したり出来た。
因みにだが、ドットの町では他の町より少し豪華なお菓子を3つ程扱う予定にしている。
氷魔法が使える水魔法使いの方を雇用してもらい、アイスクリームの作り方を他の町には教えたが、ドットでは、そこに季節のフルーツや生クリーム、そして、それ一つでもお土産になる、揚げビスケットを冷たいモノの口直しに添えたパフェモドキを出したり、
シュークリームも、カスタードだけでは無くて生クリームの入ったダブルシュークリームにしたり、パンもコッペパンシリーズでは無くて、グローブみたいなクリームパンを作る予定である。
お菓子巡りの旅でもドットに来れば、スタンプ3つな上に、少し贅沢な品が味わえるという付加価値を付ければ、中央から一番遠いドットにもお客さんが来てくれる筈だ。
さぁ、アルよ、学校生活最後の年をミリアローゼお嬢様と十分に楽しんでおけよ…お兄ちゃん自身、こんなに大事になるとは思って無かったんだ。
帰ってくるとすぐに辺境伯派閥を上げての大作戦の中心地になっているから、あとはヨロシク!!
と、今日も軽く遠い空の下で、ミリアローゼお嬢様とイチャイチャしているであろうアルの幸せを祈った。
そんな忙しい日々が落ち着いたのは冬前の肌寒い日だった。
やっといつもの日常に戻れ、冬の支度をはじめられるのたが、でも、その前にシェリーさんとの話し合いで、アルが卒業して戻ってきてから結婚の儀をする事に決まったので、村の教会に相談しに来たのだが、話を聞いた神官のノートンさんがニコニコしながら、
「では、畑の作付けも落ち着いた頃にしましょう!聖歌隊も呼び寄せて…」
と不穏な独り言をはじめてしまった…あまり大事にはしたくなく、ダント兄さんみたいにサクッと終わらせたいのだが…と思いながらも、興奮したままのノートンさんは、
「では、準備に取りかかります!」
と半年先の結婚の儀の準備に入り、どこかへの手紙を書くために、教会の奥へと消えて行った。
シェリーさんが、
「ノートンさんって仕事が早いね…」
と感心していたが、納期より早いのは『仕事が早い』でいいが、フライング気味にスタートするのは該当するのか?と考えながら集落へともどり、冬に向けての準備に入った。
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