第95話 遂にヤったみたいです。
いざという時の蓄えも無くなり、
『もう、不労所得には手をつけない!』
と自分に誓い、当面の資金を作ろうとソロで依頼を受ける為にドットの町の冒険者ギルドに向かう事にしたのだが、今回の旅でほんのちょっぴり信用を失った僕を見張るという理由からシェリーさんが同行することになった。
いや、はじめはラブラブ討伐デートを企画していたので、願いが叶ったといえばそうなのだが、何故か少し嬉しく無いのは、シェリーさんに
『コイツ目を離したら他の女に手を出すのでは?』
との疑惑を持たれた事で、彼女とデートというよりも監視員と一緒に行動している感じがする事である。
ただ、今回事でナナちゃんに嫌な経験をさせてしまったが、結果的にお姉ちゃんと慕っていたキキさんを助け出せたのは良かったと思うのだが、ただ、キキさんは、ナナちゃんに合わせて、僕を「お父さん」と呼ぶので、前世ではこの歳にはもう居なくなっていた娘の事がチラつき、なんとも言えない気持ちになる瞬間がある。
キキさんも僕が、「キキさん」と呼ぶと少し寂しそな顔をして、
「キキと呼び捨てにしてはくれないのですね。」
と言われて、様々な迷走をした末に、年下の家族は皆、『ちゃん or くん』を付ける事にしてみたのだが、カトルとサーラスに大変不評で、
「ケン兄ぃ、頼むから止めてくれ」とカトルにお願いされ、
「サーラスはサーラス!」とサーラスには注意された。
サーラスの真似したナナちゃんが、
「ナナちゃんはナナちゃん!」
と楽しそうにしていたのだが、問題はキキさんである。
思ったよりもかなりノリの良い性格の様で、
「キキはキキっ!」
と、一緒になってゴネるので、現在、馴れるまで心の中ではキキさんと呼んでいるが、頑張って、
「キキ(さん)」と声に出さずに変な間で呼び掛けている。
しかし、彼女にはバレバレなようで、
「あっお父さん、今、心の中で『さん』って付けたでしょ?ショックだなぁ~。」
と、いたずらっ子みたいな笑顔で僕に抗議してくるが、あれはこのやり取りを楽しんでいる様に見える。
僕なりに、『早く呼び捨てでも違和感なくなるようにしなきゃ…』と考えて、部屋の隅で1人小声で、「キキ?」、「キキ…」、「これキキちゃんじゃ駄目かな?」とブツブツと独り言の様に練習していると、
「ケンちゃん!」
と何故かシェリーさんのご機嫌が悪くなるので、練習をするのを止める事にした。
そんな事もあり、一旦自分の中で整理を付ける為にも飛び出した狩りではあるが、ギンカの幌馬車の運転席で僕の隣に座るシェリーさんはいつになく機嫌が良いのが、
『二人っきりの旅を楽しんでいるのか?…本当にそうなのか?』
と、勘繰ってしまい少ししんどい…
そんな気持ちを見透かされた様で、シェリーさんに、
「なによ、ケンちゃん。
私と二人っきりが楽しく無い!?」
と膨れられて、正直に前世で嫁に裏切られた上で出ていかれ、女性に上手く接する事が出来ない自分に自信が持てない不安な事を打ち明けると、シェリーさんは、
「安心して、私は絶対に浮気はしないし、もしもケンちゃんが浮気したら殺すから死ぬまで一緒よ。」
と言って笑っていたが、『多分本気だ…』と、余計にビビる自分がいた…
死が二人を別つまでとは聞いた事があるが、浮気をしようモノならば、僕の体が左右に別れて死ぬ事は理解できた。
無理をせずにキャンプ地で1泊して翌日ドットの町に到着し、シェリーさんと二人でクエストボードを眺めていると、
「兄貴!」
と、ガーランドとラックスに声をかけられた。
振り向く僕とシェリーさんを見たガーランドとラックスは、何かを感じ、理解した様で、ビシッと背筋を正してから、
「姉さん、お初にお目にかかります。」
と頭を下げて挨拶をしたあとで、ラックスが、
「いやぁ、兄貴から聞いていましたが、こんなに美人さんとは思わなかったッス!」
とヨイショしてくれ、ガーランドも、
「兄貴から腕輪で繋がった運命の女性の話を聞いておりました。
姉さんの話をする時の兄貴の、あの嬉しそうな顔を姉さんにもみせてあげたかったです。」
などと援護射撃をしてくれて、すっかりシェリーさんはご機嫌を直してくれたらしく、二人の仲間にユックリ目蓋を閉じて感謝を伝えると、二人も理解してくれたように小さく頷いていた。
その後、ドットの町から3日ほど離れた村の果樹園から、若い葉っぱを食い荒らす岩亀というとても硬い甲羅を持つ軽自動車程の亀の魔物家族の討伐クエストを選んだ事をガーランドとラックスに伝えると、
「自分達もお供…」
と言った瞬間に背後から凄まじい気配を感じて振り向くが、特に変わった事は無く、再び二人を見ると、彼らは変な汗を流しながら、
「お供したい所ッスが、生憎、上質なベーコン用の肉を取りに行く予定なんッスよ…ねぇ!」
とラックスはガーランドに言い、ガーランドも、
「そ、そうだった。ラックスの家からの依頼だった…兄貴また今度誘って下さい。」
と言って行ってしまった。
絶対シェリーさんに威嚇されたのだろう…すまん、二人共…と、心の中で謝りながら、シェリーさんと二人で依頼を受けて旅に出た。
依頼自体は問題なく完了したのだが、シェリーさんから借りている水魔法の効果が有りそうな岩タイプのリクガメ魔物だったので、濡らして脆くなった所をシェリーさんがガツンと攻撃して倒していた時に急に、
「いやだ、ケンちゃん、お手てが痛いよぉ」
と、シェリーさんが困っていた様なので、ニチャニチャ棍棒グレート、略して『ニチャ棍G』を貸してあげたのだが、僕は、渡してはイケナイ相手に最恐の武器を渡してはしまったのでは?と、軽く後悔してしまった。
シェリーさんは、身体強化で棍棒を片手で振り回し、攻撃力上昇の効果を持つ棍棒と、流れる様な身体強化の技で打撃の瞬間に必要箇所に力を集める技術も合わさり、一番大きなパパ亀すら、引っ込めた頭を甲羅ごと粉砕したのだ。
空中を舞う肉片と血飛沫を見つめながら、
「浮気したら殺すから…」
の声が脳内で繰り返し再生され、自分の家庭でのポジショニングを決めた僕だった。
亀には完全勝利したが、なにか解らないが完全降伏した僕を連れてギンカ号はパカポコとドットの町に向かい、冒険者ギルドで手にした討伐報酬と素材の買い取り金で少し潤ったので、シェリーさんと半分こしようとしたのだが、シェリーさんからの提案で、半分を二人で分けて、残り半分は家のお金にする事にしたのだが、
『あぁ、なんだか夫婦っぽい会話だな…』
と僕がしみじみ感じていると、シェリーさんもそう感じたのか言った本人が少し赤くなっていた。
二人での旅で、自分のポジションも理解しシェリーさんとの距離も近くなった。
何が有ったかは詳しくは、絶対言わないが、つまりそういう事である。
「帰ったら結婚の儀をお願いしに教会に行こうね!」
と笑うシェリーさんが愛おしいくて仕方ない…しかし、戻って直ぐに僕が向かったのは教会では無く、代官屋敷の会議室であった。
集落に戻るなり、
「どこへ行っておられたのですか?皆さんが連絡を待っておられます。」
と、アルの家の文官長であるケビンさんにドナドナされたのだ。
要件としては、遂に次男坊ボーラス君の東の端の町『シルバ』とドットの町の物や人の交流の禁止に合わせて、ポルト辺境伯様も貿易の制限や税率の変更を宣言したので、シルバの住民が引っ越したくなる様なアイデアを出して欲しいと、『何でも屋ケンちゃん』に依頼してきたのだった。
『遂にヤったみたいだな…長かったよ…』
この対抗措置に数ヶ月かかったのは、次男坊の部下で今回のドットの町の襲撃を指示した男の身柄を確保するのに手間取ったからだが、次男坊も今回はヤバいと思ったのか、
「そのような謀反人には早く極刑を!」
と騒いだらしいが、しっかり取り調べをして、証拠も突き付けて次男坊の責任を追及し、結果として五年間シルバの町を辺境伯領から軽く閉め出す形にしたようだ。
シルバは銀鉱山を保有する町なのでお金が無くなる事は考え難いが、物が不足し、その物資を買うのにも五年間は余分に税がかかったりするのだ。
いままでの様に悪さをしても許されたり、軟禁で済むなどという甘いモノではなく、五年間の期限付きでは有るが、辺境伯領から村八分になり、食糧や日用品の輸入に余計な関税がかかり、その余分に回収された税金はドットの町への慰謝料にか変わるという重い罰を生まれて初めて父親から食らった次男坊は、かなり落ち込んでいたらしい。
最近、奥様達も仲が良く、派閥の貴族も力をつけているので強気の辺境伯様からも、次男坊は領都に呼びつけられてキツいお叱りを受けた上で、
「この贖罪の為の期間にまた何かあれば、次に刑場に行くのはボーラス!お主かも知れぬ…よく、家臣にも言い聞かせておけ!!」
と帰らされたらしい。
さて、さて、次男坊は大人しく五年間を過ごせるのかな?
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