第93話 怒りの拳と父の心

ドットの町のギルド銀行でお金を下ろしたのだが、やはりジワジワ増えている。


様々な特許は出来るかぎり分配しているが、一部であってもこれだけ儲かるのかと驚きながらも、全額一旦下ろして、旅の目的地のロッカの町を目指した。


道中は暖かくなってきた時期な事もあり、車止めさえ噛ませれば、幌馬車がテントに早変わりし、マジックバッグから新鮮な食材どころか、出来立ての料理だって出てくる快適な旅で、


良く考えたら、前衛、後衛、索敵に不意打ちというバランスの良いパーティーな事にも気がつき、


キャンプ中にサーラスが、


「狼?かな…数は30」


と魔物の接近を教えてくれると、僕がシン・ニチャニチャ装備とニチャ棍グレートを構えて前に出て群れの足を止め、シェリーさんとサーラスが身体強化で薙ぎ払い、カトルが弓で支援する。


そして、隠密スキルで遠巻きにボスが見える位置に移動したナナちゃんが、自慢の麻痺スキル付きのナイフをリーダーに投げつける。


子供達はまだ冒険者登録しても年齢のせいでお使いクエストしか出来ない『Gランク』に分類されるだろうが、一人前の冒険者の様な動きを見せる家族に驚きよりも嬉しさが込み上げた。


そして、少しのんびりペースで街道を景色と狩りを楽しみながら進み、鉱山の町のロッカに着いたのは昼前なのだが、ここは鉱山の町…24時間体制でランプの明かりで土を掘る男達は、仕事が終わればその時間が酒場で飲む時間である。


夜勤明けの鉱山夫が昼から飲んで、娼館に入っていくので、教育上良くない町な事を忘れていた。


ロッカの町の鍛治師ギルドの店の前まで急ぎ、ギンカを馬車停めにくくりながら、


「皆、うろうろしないでね、カトルはナナちゃんを見ておいてね。」


などと言っていると近くの酒場の階段で座っていた酔っぱらいがこちらをじっと見ていた。


あまりにマジマジとみてくる男の視線を感じたサーラスが軽く武器に手をかけたので、僕は、


「サーラス、何があっても町で武器を抜いては駄目だ!」


と教えた後で、シェリーさんに、


「何か有ったら子供達を集めて馬車の影へ…」


と小声で指示すると、男は、軽くフラつく足取りで、こちらに近づきながら何かを確認して、そして、


「うへっ、嘘だろ、ナナじゃねぇかよ!良く生きてたなぁ~!」


と言った声を聞いたナナちゃんが石の様にかたまりそしてすぐにカタカタ震えだしたのが解った。


僕は、この一緒で大体の事を察して、男とナナちゃんの間に割って入り、


「なんです?酔っぱらいは子供の教育に悪いので、向こうで楽しく飲んでいてくれますか?」


というと、男は、


「おっ、お前がこの病気持ちを拾ってくれたのか?お手柄だぜ、歩けるみたいだし、娼館に売りさばくから返せ!」


と、言ってくる。


背中に隠れたナナちゃんが怯えているのが解る…


『ごめんよ、嫌な所に連れて来て、嫌な目に合わせてしまった…』


と、心で詫びながら、男に


「うちの娘が怯えている、ヤメてもらおう!」


と語気を強めるが酔っぱらいは、


「うっせぇなガキが!家族ゴッコか?よっぽど暇なんだな!!

おい、ナナ。

お前が大好きなキキ姉ちゃんを売り払った娼館にお前も一緒に売ってやろう。

おまえ、キキ姉ちゃん好きだっただろ?」


と、ナナちゃんに言った途端にナナちゃんの怯えはピタリと止まり、


「キキ姉ちゃん…売った?…」


とだけ問いかける。


男は、ニヤリと笑いながら、


「おう、お陰で朝から飲めるってものよ、アイツはナナを捨てから反抗的でよぉ~、ひでぇだろ?それでも我慢してやったんだぜ、十五を過ぎないと娼館に高く売れないからな…

しかし、俺はツイてるぜ、金づるの方からこんな遠くまで来てくれたんだかな。」


と言って更に近づこうとする男が歩みを止める。


そう、それもそのはず、完全にウチの家族を敵に回したからだ…背中に家族の殺気感じつつ、僕もあまりの胸くその悪さからくる怒りを抑えながら、


「病気と解って、丸裸で捨てた上に、更にウチの娘を傷つけるつもりか?」


と、男に問うと、酔っぱらいは、


「あれは悪かったよ。

だからナナ、とーちゃんの所に戻って、キキ姉ちゃんのとこに行こう!」


と…呆れるほど清々しいゲス野郎に、


「まだ言うか!恥知らずが!!」


と、柄にもなく声を荒げてしまった僕に、男は、


「ん、だよ!怒んなよ。

元はと言えば俺のだし、お前が薬代をだしたか知らんが…よし、ナナを売った金を山分けでどうだ?ガキだからそんなに高くは無いが、娼婦の親の解らないガキならその金で…」


という言葉を遮るように風が駆け抜けたと思うと、


「ドゴッ!」


という衝突音と共に胸くその悪いセリフを吐いていた男は、殴り飛ばされた。


ナナちゃんが僕の服の端を握っていたので出遅れたのではあるが、今まで見たシェリーさんの動きの中でも一番素早く男の腹に一撃を打ち込んだのだった。


シェリーさんは、


「身体強化はしていなから、歩けるうちにどっかに消えな!!」


と怒りに満ちた表情だった。


殴り飛ばされた男は酒場の壁にぶち当たり、酒場から酔っぱらいが、「喧嘩か?」とか、「衛兵呼んでこい!」などと騒ぎながら出てきた。


僕は、色々な計算をした末に、シェリーさんに子供達を託して、衛兵さんに連れていかれる覚悟で、


「スミマセン、その酔っぱらいがウチの娘を娼館に売るとか言ったのでつい…」


と、罪を被ろうとしたのだが、酒でフラフラしているのが、シェリーさんの一撃でフラフラなのか解らない男が、


「何しやがる!この人モドキが!!」


と、シェリーさんを睨みながら腰から大型のナイフを抜く…刃物を抜いた事より、獣人を蔑む『人モドキ』という言葉を吐いた事に怒りを覚えた瞬間に、今までのナナちゃんに対する態度や、ソコに至るまでのコイツのしてきたであろう事に対して、僕も勝手に体が動き、シェリーさんが一度撃ち抜いた男の腹に一撃を叩き込んでおり、男は盛大にぶっ飛び、先ほどより強く酒場の壁に叩きつけられ気絶した。


酒場から出て観戦していた酔っぱらい達は、騒いだり、歓声をあげたりしており、そして、1人の酔っぱらいが倒れている男を覗き込み、


「けっ、子売りのマーカスじゃねぇか!

胸くそ悪いからいっそ殴り殺してやれば良かったのに…しぶといな、まだ息があるぜ…」


とか言っている。


暫くして、衛兵さんが駆けつけて、


「喧嘩と聞いて来たのだが!?」


と、聞いて来たので、暴力を振るった実行犯として僕が出頭しようとすると、


ナナちゃんが、


「ふぇぇぇぇぇん、怖かったよー。

とーちゃん、ありがとぉぉぉぉぉぉぉ。」


と嘘泣きっぽく僕にしがみつき、シェリーさんは、


「あなたありがとー、大丈夫だったナナちゃん」


と…少し大袈裟に衛兵さんに向けて騒ぐ。


あぁ、こりゃあ一芝居打っ気だな…と感じた僕だったが、どうして良いか解らずに固まっていると、


サーラスやカトルまで加わり、衛兵さんに、


「あの男が無理やりナナを…」


「娼館って所に売りさばくって…」


と、訴える。


『嘘は言ってないし…まぁいいか?…』


と考えていると、酒場から出てきた酔っぱらいの中からも、


「俺は見たぜ、そこでノビてる奴がいきなりお嬢ちゃんをどうにかしようとして、そこの兄さんに止められたら、ナイフを抜いて…」


とか、


「そうだ、そうだ、誘拐だ!」


などと、絶対見てない酔っぱらいまで適当に囃し立てている。


その中の一人、虎の様な獣人のおじさんが、俺の方に歩いて来て、


「兄さん、良くやった。

家族を守る為とは言え、素手で刃物を持った男に立ち向かうなんて、なかなか出来る事じゃねぇ。

どうだい、我がロッカ衛兵隊に入らないか?」


と言いながら僕の肩に手を回して、耳元で、


「人モドキってセリフに怒ってくれたんだろ?

獣人として嬉しかったぜ、あとは任せな。」


と小声で耳打ちした後に、虎のおじさんは、


「よし、非番だったが、見ちまったモンは仕方ない、この一件はロッカ衛兵隊、隊長ウォルガーが預かる!

とりあえず、そこでノビてる誘拐犯のゴミ野郎を檻にでも入れておけ、俺が直々に色々と聞き出してやる。」


と言ったあと、僕達に軽くウィンクして、


「後で詰所に来てくれよ。」


と言い残して、衛兵さんと男を引きずり去って行った。


僕は、あまりの事に放心していたが、すぐにハッと気がつき、シェリーさんの側にいるナナちゃんを抱き締めた。


ナナちゃんは、ホッとしたのか僕にしがみつき、自分に言い聞かせるように「とーちゃん、とーちゃん」と何度も僕を呼びながら一頻り泣いた後、グッと涙を飲み込み、絞り出す様に、


「とーちゃん、キキ姉ちゃんも助けて…」


という。


僕は、


「よし、とーちゃんに任せろ!」


と言ってもう一度ナナちゃんを抱き締めて、良く頑張った娘を優しく撫でた。

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