第92話 学びと悩みと旅立ち

老師達は数日村で過ごした後にシェリーさんを置いて、拠点にしているココの町に帰って行った。


去り際、老師は、シェリーさんに、


「サーラス…いや今は、セクシー・マンドラゴラじゃったか?あの兄弟子…う~ん、姉弟子になるのか?…

まぁ、あやつにたまに手合わせしてもらえ、シェリーが苦手な一対多数の戦いのセンスはワシが知る中でもトップクラスじゃからな。

幸せに暮らせよ。」


と言って、シェリーさんと抱き合い背中をポンポンと軽く叩く老師は嬉しそうだったが、どこか寂しそうだった。


娘を嫁に出す父親とはこんな感じの顔をするのか…と、前世で自分が望んでも叶わなかった男親の気持ちを少し味わえた気分になり、何故か老師やシェリーさんより泣いてしまいそうなのを僕は必死に堪えて、深々と頭を下げて見送る事しか出来なかったのだが、ナナちゃんが、


「じぃじ、また来てね。」


と老師に手をふり、もう片方の手はシェリーさんと繋いでいるのを見て、老師は荷馬車の荷台から、


「もう、孫が出来た気分じゃな。

こっちで依頼が有ったら遊びにくるからな、

ナナちゃんも良い子にしておれよ。」


と笑いながら去って行った。


そして、数日が経ち我が家にもシェリーさんが溶け込み、カトルとサーラスは「シェリー姉ぇ」と慕い、ナナちゃんは「かーちゃん」と言ってシェリーさんにべったりだ。


そして、何故か村の中心地に家が用意されているはずなのに、『蝶』のメンバーが交代で我が家に来て、子供達の面倒を焼いてくれる。


最初はサーラスの面倒を見るためかと思っていたのだが、ニック様からの指示で、「可能な限り聖人様とその家族を守る様に…」と言われているらしい。


ただ、シンディーさんは、レオおじさんにちょっかいを出す事を頑張っているみたいで、チュチュさんに至ってはシェリーさんをライバル視して、家事をしながら、


「あら、シェリーさんこんな事もお出来になりませんの?」


みたいな火花を散らしていて、少し家庭がピリつくので慎んで欲しい。


糸目兄が免許皆伝で集落から帰ったと思えば、寂しく思う暇もなく人が増えていく…しかし、今、どんな移住者よりもこの集落で一番増えて喜ばれているのが、ダント兄さんとリリー姉さんの赤ちゃん、リンちゃんである。


現在はエリー商会で、リントさんとエリーさんのおじちゃん、おばあちゃんコンビに可愛がられ、リリーお姉さんは実家でゆっくりされているのだが、マチ婆ちゃんも入り浸り可愛がる始末で、


「薬屋いいの?」


と心配して聞くと、マチ婆ちゃんは、


「治癒院も出来たし、薬が必要ならばニーアさんが取りに来る。

それに機材はアボット爺さんが作ったあの家に運んであるし、薬草はギース坊が集めてくれるから問題無い。」


と言っていた。


ついでに、マチ婆ちゃんはリンちゃんを抱っこしながら、


「ケン坊も早く頑張んな。」


と、急かされてしまった。


そして、リンちゃんパパのダント兄さんはというと、中心地にデカい商会を建てて、カッツ会長からの薦めで雇った孤児院出身の男の子と女の子の教育を頑張りながら知らない間に変わった村の特産を他の町に売る為に大忙しである。


新人二人は、15歳を過ぎた為に孤児院をこの春、出る事に成った子供で、教育は商人としての物は勿論、孤児院から学校にしっかり行ける様に成ったのは、カッツ会長が仕事を斡旋して孤児院に余裕が生まれたここ1~2年の話なので、基礎のお勉強から初めているらしい。


「リンちゃん…パパ頑張るからね…」


と、娘のリンちゃん成分が足りなくてフラフラしながらもダント兄さんは歯を食いしばり、見習いの教育をしながら、馬車の生産と販売の為に鉄の買い付けなどの予定を立てていた。


勉強で思い出したのだが、シェリーさんの学力は壊滅的状況で、現在は、カトル達にお勉強を教えてもらい、家事はチュチュさんに煽られるのが嫌で、トトリさんやエリーさんから教えてもらっているが、その代わりにシェリーさんは家の前の広場で、子供達に構えからしっかりと南都流の拳法を教えているという先生と呼んだり呼ばれたりする状態である。


しかし、元々身体強化で強かったサーラスとギースだが、拳法を習い初めてからとても子供とは思えないほど強くなっている。

決してカトルが弱いと言っている訳では無い…むしろ罠を使い1人で鹿魔物でも倒せる実力者ではある。


それでもギースとサーラスの強さは異常に思え、やはり、同じぐらいのライバルが居るというのはこれ程までに高め合うのか…と感心してしまった。


それで言うならシータちゃんとナナちゃんも錬金術のライバルで有るが、二人は競い合うというよりもそれぞれの方向に向かう研究仲間と言った感じである。


二人は既に香りの専門家で、ナナちゃんは様々な香りを集めるプロでシータちゃんはその香りを管理するプロであり、エリー商会の石鹸作りには欠かせない職員である。


小学生ぐらいなのにお給料をもらっているので、立派ではあるが、何でも屋より安定して稼いでいるナナちゃん達に少し引け目を感じてしまう。


ちなみにだが、村の普通のこの年の子供は、村長さんの塾と、お家の手伝いぐらいであるが、村長からも、


「トトリさん家の子供は勿論、ナナちゃんに教えることも塾ではもう無いです。」


と、入塾前に卒業を言い渡されてしまい、村の子供達との接点が少ない事がちょっと心配ではあるが、集落には僕達兄弟を導いてくれた良い隣人も居るし、同年代の友達も少ないが居るのでまぁ、大丈夫とは思う。


そして現在、僕の中で一番の問題は、シェリーさんがBランク冒険者パーティーでバリバリ働いていた冒険者なのに僕がCランク冒険者である事と、自宅ではシェリーさんがナナちゃん達に独占され中々イチャイチャ…いや、結婚についての込み入ったお話…というか、もう正直に言うとデートもままならないから、なんか一年前に勢いで婚約したけど、冷静になると、


『前世みたいにまた、裏切られ、捨てられたらどうしよう!』


と一人で悩み、夜な夜な、


『怖いの!ワタシ怖いのっ!!』


と、脳内でヒロイン状態の僕が騒いでいるのが現在一番の問題である。


悩みに悩んだ末に、


「よし、とりあえずシェリーさんとデートついでに、冒険者の依頼をこなしてみよう!」


との結論に至ったのだが、シェリーさんに相談している時にナナちゃんに聞かれてしまい、


「とーちゃんとかーちゃんだけズルい!」


と言われ、サーラスとカトルも引き込み、一緒に行きたい票が3票入り我が家の過半数を越えた為に、見事な本末転倒をキメて、デート旅行から、家族旅行へと目的が変更して、更にベントさん達から、


「嫁さんだけ仲間外れは可哀想だからアントメタルでも買ってきてやんな。」


と言われたので鉱山の町でアントメタルインゴットを生産地価格で買いに行くついでに魔物を狩って、マジックバッグに詰め込んでおいて、最後にクエストボードの納品依頼と照らし合わせて、ポイントも稼ごうというものに決定してしまった。


まぁ、シェリーさんとの時間も大事だが、シェリーさんとカトル達も仲良くなる時間が必要だと思い、旅の準備と、ご近所さんへの報告も済ませた数日後に、


「はい、忘れ物は無いですか?」


と僕が聞くと、


「戸締まりしたよ」とシェリーさんが答え、

「ギンカも準備出来た。」とカトルが報告し、

「ベーコンも余分にセクシー姉ぇに渡したよ」とサーラスが教えてくれ、

「香りの抽出もたっぷりしたから暫く留守でも大丈夫だよ。」とナナちゃんが胸を張る。


準備が出来た様なので、ギンカの引く板バネサスペンションの幌馬車で一路ドットの町を目指した。

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