第91話 集まる運命の糸

僕にキレられて、少し拗ねたニック男爵の仕返しは、パパであるポルト辺境伯に頼んで、諜報員である『蝶』の三人を娘の婚約相手アル騎士爵の村への転属である。


確かに今までドットの町は面倒臭い次男坊のターゲットから外れていたので、町の規模に反して三人だけの秘密部隊でも何とかなっていたのだが、これからはそうは行かない様で、セクシー・マンドラゴラ姉さん達は規模の小さなウチの村に転属となり、ドットの町には新たに10人規模の諜報部隊が配属されたらしく、村長も含めてノリノリ大歓迎ムードのなか、「チェンジで…」とは言い難い。


現在は、辺境伯様と社交のシーズンで忙しいニック様に文句を言いに行く訳にも行かずに、


「うわー、こんな広いお店を使っていいの?」


と言いながら、いいもの製作所の大工チームが完成させたばかりの酒場を内覧しながら瞳を輝かせるセクシー・マンドラゴラ姉さんに、いいもの製作所の酒好きチームからハイボールやカクテルの説明を受けているシンディーさんとチュチュさんを眺めながら、


『皆が楽しそうだからいいか…』


と、観念した僕だった。


セクシー・マンドラゴラ姉さん達が村に来てくれて、サーラスがとても嬉しそうだし、三人もサーラスは勿論、サーラスと一緒に我が家に来たカトルとナナちゃんも凄く可愛がってくれている。


シータちゃんも懐いているし、ギースはミロおじさんの弟子という事で、シンディーさんがレオおじさんに近づく為に何らかの協力関係が出来上がったている…まぁ、面白がったミロおじさんの差し金だとは思うが…

そんな状態で迎えた春、もうすぐ村の名前が決し、来年春には各ギルドの窓口が開設され、辺境伯領の正式な村として商人や冒険者などの人の出入りが増える予定になる。


そして数日経ち、セクシー・マンドラゴラ姉さん達が村の中に溶け込んだ、そんな春の日に僕は、村長さんが主宰で米の作付けについての説明会を教会前の広場で行っている。


試食会に参加した農家の方々は既にやる気で、新たに水路近くの自分の畑を改装して僕が集落に作った試験栽培用の田んぼを真似て栽培に挑む強者まで出て来ているので、よっぽどヘマをするか、台風などの天災が来ない限り全滅はしないだろうとマジックバッグの中の米を農家の方々に分けて、村全体で今年は種籾の生産に当てて、来年から本格的に栽培する為に動き出した。



そして村の作付け準備も終わった少し風の強い昼下がりに、一台の馬車が集落に到着した…それは待ちに待った再会…そう、シェリーさんが旅を終えて、辺境伯領に帰ってきたのだ。


荷馬車から降りた老師が、


「久しいのケン殿。

しかし驚いたぞい、ドットの町でケン殿の村の場所を探す為に、冒険者ギルドで先ずはケン殿の家の情報は無理でも兄上のダント商会でも解ればと職員にケン殿の事を質問したら、まぁ、出るわ出るわ…自宅は勿論、井戸に浸かって水を清めただの、土地の穢れを払っただの、助けた者に接吻責めにされていたらしいだのと…」


と笑っていたのだが、久々のシェリーさんは何故か殺気立っておられた。


久々のシェリーさんの会話は、


「良かったですねぇ!接吻責め!!」


と、確実に怒っておられる。


あぁ、これは説明してもダメなヤツかもしれない…とりあえずされるがままにシバかれるか?…いやいや、身体強化持ちの拳法家だよ死んじゃう、死んじゃう!

かといって、シェリーさんが怒ることさえ忘れる程のキスをして、「今度は君だけにキス責めをされたいな。」とかキザなセリフは…僕が無理だ。

では第三の選択肢である、最高の防御態勢である土下座で謝りつつシェリーさんのパンチを…いや、キックには無防備でサッカーボール状態になってしまう…万事休すだ。


と、脳内会議の結果、議員の皆が『お疲れさん』と匙を投げる判断を出し、あとは死を受け入れるだけになった時に、ヒーローはやってきた。


「馬車から漏れる殺気をたどって来てみたら、あんた、ウチらのケンちゃんに何かするつもり!?」


と、チュチュさんが現れたのだ。


そして、少し遠くにドタドタと走ってくるセクシー・マンドラゴラ姉さんとシンディーさんが見える。


にらみ合うシェリーさんとチュチュさん…しかし、先に言っておくが、ウチらのケンちゃんにも成った覚えは無い。


『止めて、私の事で争うのは!』


と、脳内に現実逃避しようとするセーラー服の僕が現れたが、一旦黙らせて、今にも殴りあいを始めてしまいそうな二人の間に入り、


「とりあえず、落ち着きましょ。」


と優しく声をかけると、チュチュさんは、


「大丈夫よ、ケンちゃんは下がってて。」


と言い、シェリーさんは、


「下がっているのは貴方では?」


と更に殺気立つ…


『よし、もう二人にシバかれてでも体を張って止めよう』


と、僕が男の決断を出したのと同時に、


「えっ、師匠!イヤだ、どうしよう…」


と駆けつけたセクシー・マンドラゴラ姉さんが1人でアワアワしている。


あまりにパニックっているので、この場にいる一同が一旦手を止めて見守る中で、セクシー・マンドラゴラ姉さんは、何かを覚悟した様に、


老師の前に進み出て、片膝をつけた姿勢で、


「師匠、二十年振りになります…弟子のサーラスにございます。」


と頭を下げていた。


老師は、顎を触りながら、


「サーラス…サーラス、えっ、音魔法のサーラスか?!」


と、何かを思い出した様に驚く。


セクシー・マンドラゴラ姉さんは、


「はい、今はサーラスの名前は可愛い娘に譲り、セクシー・マンドラゴラと名乗っております。」


というと老師が、


「ほう、娘を産んだ…いや、奥さんを?…」


と、ポーカーフェイスの老師も脳の処理が追い付いていない様子で、カオスな状態のまま全員を我が家へ案内して、お茶でも飲んで落ち着いてから話し合いをすることに成った。


そして、時間がかかったが、誠心誠意ご説明して、シェリーさんの怒りを納めて頂けたのだが、キス責めにした張本人の三人のオネェ様方に何とも言えない視線を送っておられた。


そして、セクシー・マンドラゴラ姉さんは、この性癖というか、心で生きていくのがしんどくて、12の時に家出をしたらしく、そこから18歳まで老師達と行動を共にしていたとの事で、二十代後半の槍使いの兄弟子さんが、


「もしかして、殲滅のサーラスさんですか?」


と、自分の兄弟子だった人から噂を聞いていたと話していた。


セクシー・マンドラゴラ姉さんは


「もう、昔の話よ多分同期の業火か狼使いのどちらかね、今は色々有ってセクシー・マンドラゴラ姉さんよ。」


と楽しそうに笑っていた。


セクシー・マンドラゴラ姉さんも、老師達の流派、『南都流』という、門戸の広い流派で、自分のスキルを生かすなら武器を使おうが、魔法を使おうが何でもアリな流派の使い手らしく、王都で開催された武術大会で、1対多数で戦い最後まで残った者が優勝する部門の優勝経験者なのだそうだ。


そこから『殲滅』という物騒な2つ名がついたと、老師が教えてくれて、そしてセクシー・マンドラゴラ姉さんは何故か恥ずかしそうにしていた。


今回の長旅も、旅をしながら腕を磨き、五年に一度開催される王都での武術大会に出場するためだったのだとか、シェリーさんが嬉しそうに、同じ村から出ている身体強化持ちのみの流派『ガルド流』という獣人の方々の流派のライバルに勝ったと言っていた。


彼女を身体強化のみのスキル無しと蔑み捨てた村のエリートを倒した事でシェリーさんは、今までの目に見えない鎖から解き放たれた様にニコニコしながら、


「族長の娘で威張り散らしていたあの女ギツネに、腕輪を見せて、婚約したと報告してやってきたときは、試合に負けた時よりダメージを食らっていたのよ。

『五年後に逢うとしても、もうママかも知れないからねぇ~』って言ったら膝から崩れ落ちてたわ。」


と嬉しそうに話すシェリーさんに、少し、ほんの少し怖さを覚えた。

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