第89話 いくら僕でも怒る時もある
もう寒くなり始めた年の瀬に、ファーメル家の別荘の駐在員の方がウチに来て、
「ニック様がお呼びですので…」
と、面倒臭い事を言ってくる。
正直、新装備もまだだしお出かけしたくないので、
「春先までパス出来ませんか?」
と試しに伝えると、駐在員さんが泣きそうな顔で、
「今も、なるべく早くと追加の念話が来ておりまして…」
と言って来たので、仕方なくドットの街に向かった。
「本当に、何か有るとすぐに留守にするお兄ちゃんでごめん」
と家族に伝えると、カトルは、
「狩りにも行かないから家の事は任せて。」
と頼もしい返事と、サーラスは、
「お勉強が少なくなるしユックリしてきていいわよ。」
と、少し寂しい事を言う、そしてナナちゃんは、
「春に蒔くお花の種買って来て。」
とのおねだり…馬車に揺られながら『そこは、とーちゃん、いってらっしゃい気をつけてね。』じゃないのか?と、思いながら少し泣きました。
ドットの町の入口で、衛兵さんが入場チェックをしているが、いつもより厳重な様子に、
『あんな事があった後だからな…』
と納得しながら待つこと数分、これはファーメル家の馬車だからで、一般の方々はこの数倍の時間を使っている。
行商人などには面倒臭い手間が増え、ドットの町にとっても、マイナスでしかない…あのテロは、嫌がらせとしては絶大な効果を発揮しているようだ。
そして、ファーメル家のお屋敷に到着すると、爺やさんと、メイドさん達が出迎えてくれて、部屋まで案内をしてくれる。
ファーメル家にはベテランから新人まで沢山のメイドさんが居るが、アルのメイドさんは元シルビアちゃんのおじいちゃんが雇っていたメイドさんが、シルビアパパ達と一緒にアルの屋敷に就職してくれたので、全体的にベテラン感が凄い。
フリフリメイド服でも似合うメイドさんを募集するか?…いやいや、ミリアローゼお嬢様が焼きもちを焼いてしまうかな?…などと、どうでもいいことを考えながら通された部屋で、ニック様と騎士団長が渋い顔をしていた。
僕は、
「お久しぶりですニック様、長旅でお疲れですか?」
と、急な呼び出しにちょっとだけ嫌味パンチを放つと、ニック様は、
「旅も疲れたが旅先で報告を受けてから、もう頭の痛い毎日だよ…しかし、ケン殿、この度はドットの町の危機に多大なるご助力、心より感謝致す。」
と頭を下げ、顔を上げると同時に大きなため息を1つついて、テーブルの上の手紙を指で弾いて、
「ボーラス兄様からの手紙だ…辺境伯内のパーティーにご機嫌で出席したから何かあると思ってはいたが、
『パーティー会場で何やら困っているニックを見て心配になり、それとなく聞くと町で大変な事が有ったらしいな…』
などと、わざとらしい事が書いてあるが、内容としては配下の錬金術師のチームが作った究極・万能薬という物を融通してやる。
しかし、希少な原料を使う為に高額になるが、そこは、兄弟の仲だから、俺の配下になるだけで構わないというふざけた内容だ。」
とイライラしながら話してくれるニック様に、騎士団長は、
「そりゃあ、自分で撒いた毒ならば解毒剤も作れて当然、しかし、まさかケン殿が井戸に入って既に浄化したとは、まだ向こうには報告が入っていないようですね…我らも門でのチェックと、住人以外は東エリアに近付けないようにしておりますので、密偵が入りこんでいたとしても、区画を封鎖しているのであれば毒が何らかの形でまだ効いていると勘違いしてるのかも知れませんね。」
と話し、それを聞いたニック様は、
「勘違いしているのは構わないが、いつまでもあの兄上に返事を出さない訳にはいくまい…」
と、ガックリと肩を落としている。
お通夜みたいな空気に耐えきれずに、僕は、
「もう、いい加減ガツンとヤッてやれば良いのに…ウチの村の住人もかなり次男坊には迷惑かけられてますし、ニック様でも辺境伯様でもいいのでバチコーンってやってヒィヒィ言わせてくれませんか?」
と提案すると、ニック様は、
「いや、しかし…」
と渋るので、僕が、
「いや、そもそも何で呼び出されたのか知りませんが、家族のイザコザで町の方々が危険に晒されるのは許せません!
弟の義理の父になる方なので、親戚の伯父さんぐらいの感覚で喋りますので、ご容赦下さい。
毒を撒かれて怒ってるなら態度で示すべきです。
配下になるのが、まっぴらごめんなら、『うちで開発した秘薬のナンデモ・ナ・オールで住民は助かりました。』とか言って手を切る方向で話を進めるとかあるでしょ?実際治ってるんだし…」
というと、ニック様は、
「耳が痛い…しかし、それでは解決には…」
と言い出すので、
「いやいや、何かを一個やって解決する問題ですか?
腫れ物さわるみたいに大事に大事にしてたから拗れたんでしょ?
ニック様は、町に手を出されて腹が立たないのですか?
僕だったら許せません!考え得る限りネチッこい手段で法に触れないギリギリを責めて泣かせてヤります。」
とまくし立ててやった。
騎士団長は、
「聖人と呼ばれる割には過激な…」
と少し引いているが、僕は、騎士団長にも、
「聖人なんて呼ばれたく無いですよ、何度も『何でも屋ケンちゃん』だと言っています。
それに騎士団長さんだって、あんな足の付かない捨て駒で二百人以上の人間が苦しんだんですよ、悔しくないんですか?運が良かったから死者は出てませんが、苦しくて悶えていた子供の涙を忘れたんですか?」
というと騎士団長は握った拳を更に強く握りしめ、
「悔しく無い訳なかろう!
ボーラス準男爵の配下の男の首で構わないから切り飛ばしたい気分だ!!」
と怒りを露にする。
ニック様は怒りに震える騎士団長を見て、複雑な表情で僕に、
「では、兄上に戦争を仕掛けろと、ケン殿は申されるのか?」
と聞くので、僕は、
「そうですね。
ウチらの村の所属する総大将が安易に戦争なんかを吹っ掛けるお馬鹿さんならば、僕は、家族と仲間を連れて他に移り住みます。」
とニック様を突き放すと、
「ではどうすれば…」
と項垂れるニック様に、
「まぁ、1つの案として聞き流して下さい。
僕ならば、敵の町に『毒』を撒きます。」
と発表すると、ニック様も騎士団長もギョッと目を見開くので、僕は続けて、
「毒を撒くのは相手の町の住民の心にです。」
と付け加えると二人はポカンとしている。
『もう!辺境伯様よりはマシだと思ったけど、やっぱり親子なのかな?』と考えながらもピンと来ていないニック様に、
「あくまでも僕ならばですが、相手の陣営のたどれる所までたどり、そいつに厳罰を与えた上で、ドットの町やニック様に対して良からぬ思想を持って、更に実行させた人物の主人にも使用者責任があると詰め寄り、とりあえず数年、頭を冷やす期間を設けましょうとか理由をつけて、次男坊の町との貿易を全面的にストップして、その間にドットの町で便利な物や美味しい物をアホみたいに作り、次男坊の町だけ爪弾きにして、住民に不公平感を植え付け、次男坊への不信感を芽生えさせますね。」
というと、ニック様は、
「ケン殿は普段からその様な事を…」
とドン引きされたので、僕も少し怒りながら、
「そんな訳ないでしょ!
どうせひと悶着あると踏んで、無い知恵を絞って考えたんですよ!!
ウチの村の技術集団の持っている特許を使えば、揺れない馬車と蒸留酒、神様から与えられた米という穀物だって、次男坊の町に売らない制裁用の商品に出来ます。
ただ、どうするかはニック様にお任せしますし、これから先、アルも次男坊の嫉妬の対象にされたならば、アルもミリアローゼお嬢様も連れて引っ越ししますからそのおつもりで。
あぁ、お金ならば、様々な商品のアイデアも有りますしどこでも暮すだけの資金ならば稼げますので。」
と言ってやった。
まさか、僕に怒られるとは思って無かったらしく、ニック様はオロオロするばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます