第87話 騒動の終わりと集落への帰還
首輪も奴隷紋も消し去り、回復師団のメディカルチェックの後に水を飲み干した男性は、涙を流して僕達に感謝と謝罪を繰り返した。
彼は元冒険者で大きな仕事を幾つかのパーティーで受け、ほぼ壊滅常態で依頼を失敗して違約金が払えずに全てを失い借金奴隷に落ちた気の毒な方だった。
そして、足の付かない工作員として次男坊の部下に買われてしまって、今回の仕事が終われば解放してくれる約束でドットの町でテロを起こしたと告白してくれた。
それを聞いたセクシー・マンドラゴラ姉さんは、
「生きて帰っても多分殺される運命だわよ…」
とポツリと呟いた。
実行犯の男性はその言葉を聞いて色々と理解した様で、自分の人生が次男坊の部下に買われた時点で詰んでいた事を悟りガックリと項垂れていた。
セクシー・マンドラゴラ姉さん達の調べた情報と実行犯の男性の証言から、次男坊のボーラス準男爵迄たどり着く事は出来ず、この常態で次男坊に抗議を入れても部下の首が飛ぶだけで話が終わってしまう。
なので、実行犯の彼は『帰還しない = 死亡』と相手に思わせて此方が部下までならぱ今回のテロの責任を問えるだけの情報を掴んでいる事を隠して、相手の出方を探る事になった。
実行犯君は死んだ扱いで、暫くは騎士団預かりとなり、来週辺りに戻られるニック様の判断を仰ぐ事に決定し、その後、様々な話し合いの後でようやく解放された。
騎士団の作戦会議用の大きなテントを出る時に、セクシー・マンドラゴラ姉さんに、
「チュチュさん怪我したんでしょ、大丈夫?」
と僕が聞くと、セクシー・マンドラゴラ姉さんは、クスっと笑い、
「心配してくれてありがと、ケンちゃん。
本人は、『いやだぁ!男に無理やり硬いの刺されたぁ!』って言いながらハイポーション飲んでたわよぅ。
でもケンちゃんが心配してたってチュチュに言ったら多分喜んで、ケンちゃんを探して町をうろつくわよ。」
と、怖い予言をされた。
どうなんだろう?チュチュさんは索敵能力が高い方なので、大体の種類や強さが解るサーラスよりも詳しく解るのならば、会った事のある人間だって探せるのでは…と考えて、チュチュさんに街角で襲撃されてしまうのではと少し不安になった。
テントから先ずはマリーの酒場に向かい、ガーランドと合流して、マリーさんとユミルさんに、
「今回は大変な目に…」
と声をかける僕に、ガーランドママのマリーさんは、
「聖人様のおかげで井戸が浄化されたと聞きます。
私を含め住民全員、聖人様に感謝しております。」
と言った後で、コソッと小声で、
「ウチの息子が今回の事でユミルちゃんを失う恐怖を覚えたらしく、有難い事に…」
と目で合図を送る先にはいつもより距離が近くニコニコしている二人がいた。
あぁ、今回の事が良い刺激になって、奥手のガーランド君に火をつけたのか…って、親どころかご近所公認だったのだから遅いぐらいだよ… と少し呆れながらも二人を祝福しておいた。
ガーランドと歩いてラックスの家に向かい、合流した後にようやく冒険者ギルドに鉱山での依頼の終了を報告に向かった。
鉱山の町からはギルドに幾らかのお金が払われたと思うが、僕らは現物支給だった為にポイントの交付手続きのみでサクッと終了した。
鉱山までの道中で倒した魔物はこれからラックスの実家に卸して、肉の買取金と、角や牙などを三人で分ける予定である。
ラックスが、
「肉だけならば、ギルドが取る手数料分お得ッス。」
と言ってくれたが、結局手間が掛かっただけなので、よっぽど旨い肉が取れる魔物以外は冒険者ギルドで大丈夫そうだ。
解体待ちの間に三人で商業ギルドに行って、イチャイチャしているラックスと、前回よりも表情豊かな職員のお姉さんを横目に、まとまったお金を下ろして一部はラックスに頼んだマジックポーションの代金として払い、残りは鎧等の代金として、いいもの製作所に支払う分でマジックバッグにしまい、今晩はマリーの酒場で晩御飯を食べて1泊させてもらい、次の日、ラックスの馬車でラックス兄を集落に連れていくついでにガーランドも遊びにくる予定にしている。
夕方前にマリーの酒場に到着したのだが、いつもの倍はお客さんが居るようで、マリーさんとユミルさんが申し訳なさそうに、
「ごめんね、聖人様が来るっていう噂が流れたみたいで、皆さん一言お礼が言いたいって…」
と言われ、食事の前に握手会が始まってしまった。
ガーランド達がアイドルの握手会のように「時間です。」ってやってくれたら良いのだが、そんな文化は無い様で、この周辺の住民との握手で二時間ほどかかってしまった。
そして、事件は起きた。
僕は、すっかりこのエリアが夜の狩場もあるエリアだと言う事を忘れていたのだ。
握手会の列の最後の方に居た飛びリスの隠れ家のオーナーと、その旦那のセクシー・マンドラゴラ姉さんの弟さんが、今回のお礼をしてくれている時に、
『そうだった!』
と思い出した時にはもう遅かった…
マリーの酒場の扉が開き、
「ここね!」
と言うセリフと共にバッチリメイクの三人が飛び込ん出来て、
先頭のチュチュさんが、
「ありがと~!心配してくれたって聞いてアタシ嬉しくって、嬉しくって!!」
と言いながら抱きついて…いや、襲いかかり僕の顔のあちこちにキスをする。
椅子に座った状態の僕に股がる形のチュチュさんの一部が固かった気がするが、あえてスルーしていると、最後には唇を奪われてしまった。
なまじクオリティーが高いオネェ様のチュチュさんだけに、少しドキッとした自分が憎い…
三人は嵐の様に現れ、代わる代わるキスの雨を降らせた後に、
「サーラス兄さん、もうそのぐらいで…」
と同じ顔の弟に止められて、
「もう!セクシー・マンドラゴラ姉さんって呼ぶようにって言ってるでしょぉ~!」
と少しすねながら「長いから呼びにくいよ…」とボヤく弟に連行されて行った。
そして残されたのは差し入れのジャガイモ料理と、三人の口紅でカラフルにされたキスマークだらけの僕と、哀れむような視線だけだった。
クリーンで普通の顔に戻り、そのあとは常連さん達とワイワイと美味しいご飯を頂き、久しぶりのベッドで眠りについた。
やはり、テントの端で丸くなって寝るより遥かに良い目覚めに、
「やっぱりベッドはいいよなぁ~、早く帰ってユックリしよう。」
と、決意しラックス達を待って、朝一番には集落に向かい出発した。
走れば半日だが、今回はいつものキャンプ地を経由して2日がかりで集落に戻り、既にトトリさん一家も新築に引っ越して空き家になっている旧我が家にガーランドとラックス兄弟を案内した。
この冬の間はここが糸目兄であるフランクさんの家になるのだが、フランクさんは裏庭に風呂が有ることに驚いていた。
僕が、
「ドットの町にも作れる大工さんがいるよ。」
と教えてあげると、糸目兄弟は何やら相談をはじめ、ガーランドは、
「兄貴、風呂ってかなりお金がかかりますか?」
と聞いてくる。
マリーの酒場に風呂が作れるスペース有ったかな?と考えて、
「酒場にお風呂って、場所が…」
と聞くと、ガーランドは少しモジモジしながら、
「ユミルの家に…その…」
と答える。
聞けば、小さい時からガーランドを知っているユミルのご両親への点数稼ぎらしい。
一時期は荒れてたからね…がんばれガーランド…とエールを送りながら、
「そんなに高くないよ、頑張ればこの風呂みたいに自分で作る事も出来るよ。
大工さん達は半日の講習で覚えたし、風呂小屋を大工さんに頼むのならば、焚き口と湯船は材料さえあればすぐにでも作れる。」
と言うとガーランドは、
「ユミルの家には個人の井戸があるがウチには近くの共同の井戸しか無いから…」
とウチの井戸横の風呂場を羨ましいがっていた。
糸目兄弟は、
「では、ドットの町に帰ったら親父と相談して風呂を建てるッス!」
と、意見がまとまったらしく、そのまま三人はふろの使い心地を確かめて、旅の疲れを洗い落としてから、ウチの兄弟との初対面してもらったのだが、サーラスがガーランドを見たとたんに、
「あっ、たまにジュースくれたお兄ちゃんだ。」
と言って、ガーランドは不思議そうにサーラスを見ていたので、僕は、
「もしかして、ナイフを腰に下げた犬耳の男の子って会った事ない?」
と聞くと、ガーランドは少し考えて、
「あぁ、あんまり喋らない子が居たな…ゴミを漁っていたから気の毒になって、店のジュースとかを…えっ!!」
と、目の前の犬耳少女があの時の子供と理解したガーランドが「えっ、あっ?えっ!!」と、色々な疑問と戦っているので、
「色々あってウチの家族になったんだ。」
と僕が説明すると、ガーランドは、
「良かったな。坊主…じゃなくてお嬢ちゃん」
とサーラスに声をかけていた。
嬉しいな…サーラスを気に掛けてくれていたのは、セクシー・マンドラゴラ姉さん達だけじゃなかったんだ…
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