第84話 冒険者の家族
ガーランドの母親のマリーさんは女手一つでガーランドを育て上げた肝っ玉母ちゃんで、マリーの酒場を切り盛りする女将さんである。
ガーランドが幼い時に亡くなってしまった冒険者の父親が倒した新鮮な肉を出す人気の店だったのだが、事情を知るご近所さんに支えられて、今日まで営業ができて、一時期は良い噂も聞かなかった息子が立ち直り、店の改修工事費を出してくれた事をマリーさんから感謝され、僕は、
「マリーさんが頑張る姿を見ていたからガーランドは立ち直れたんですよ。」
と声を掛けると、マリーさんは、
「聖人様のおかげでございます…その節は息子がご迷惑を…」
と、泣かれてしまった。
すると、ウェイトレスをしていた気の強そうなお嬢さんが、小太りの頭をペチンと叩き、
「ガーランドが悪さしてたから、女将さんが泣いてるんだよ!反省しな!!」
と怒って、常連さんから、
「おっ、夫婦喧嘩が始まったぞ!」
と茶化されて、真っ赤になったお嬢さんが、
「そ、そ、そんなんじゃないです!」
と、隠す気が有るのか無いのか解らない反応で照れている。
僕は、ガーランドに、
「あのお嬢さんは?」
と聞くと、ガーランドは嫌そうな顔をして、
「気の強い幼なじみですよ。すぐに殴るし、嫌な女です。」
と言っていたのだが、
古い付き合いのラックスは勿論、初見の僕まで、
「あの子を嫁に貰わないと、あれ以上ガーランドの事を心配してくれる女性は現れないかも知れないぞ…」
と真剣に提案してしまう程にお似合いだった。
マリーさんも、
「本当に、もっと言ってやってください!」
というと、常連さん達も、
「ユミルちゃんが悪ガキのガー坊の監視をしてくれたなら町も安泰だ!」
と、楽しげに囃し立て、ユミルちゃんと呼ばれたお嬢さんは、恥ずかしそうに、
「いやだ、モウ!」
と、持ってたトレーでガーランドをシバき上げながら照れていて、シバかれたガーランドは迷惑そうにしている。
『なんだよラックスだけじゃなくて、ガーランドも中々やりおるわ!』
と思いながら、マリーさんの美味しい手料理をいただいた。
そして、マリーさんから、
「あの時のベーコンの業者さんが、まさか息子を立ち直らせてくれた聖人様だったなんて…」
と言われた僕は、
「いや、聖人様って呼ばれ方、あんまり好きじゃないので、『何でも屋のケン』と呼んで下さい。」
とお願いすると、マリーさんは、
「じゃあ、ケンちゃんってよんじゃおっ」
と楽しげに話している。
それを見たガーランドは、困った顔で、
「お袋…」
と呟いていたのだが、同時にラックスが不思議そうに、
「兄貴、決闘の時も思ったんッスが、『何でも屋』って何ッスか?」
と聞いて来たので、僕は、
「あぁ、お金をもらって困り事を解決したりする
仕事だよ。」
と説明すると、ガーランドはゴクリと唾を飲み込み、
「殺しとかもするんですか?」
と神妙な顔で聞いてくる。
僕が、笑いながら、
「基本としては衛兵にご厄介にならない事をポリシーにしているから、大悪党でも無い限りは殺さないし、大体は草引きや畑作業とか、屋根の修理なんかがほとんどだよ。
まぁ、変わった所では、農業指導とか、新メニューの提案なんてのも有ったなぁ…」
と説明すると、ガーランドはホッとしたようで、続いてマリーさんが、
「じゃあ、ベーコンはケンちゃんが作ってるの?」
と聞いて来たので、
「僕も作れますが、今は兄妹達が手分けして作っていますよ。」
と答えると、マリーさんは、
「生より日持ちするし、焼いても煮ても美味しいからもっと欲しいのにあまり数が出回らないのよ…」
と相談された。
僕は、
「そうですね…キチンと作り方を覚えてくれて、粗悪品を販売しないのならば、ドットの町のお肉屋さんに作り方を伝授してもいいですよ。
燻製の作り方だけならば既に公表してますからね。」
と答えたのだが、それを聞いたラックスが、
「はい、兄貴、はい、はい!」
と挙手して何かをアピールしているので、
「はい、ラックス君」
と指名すると、
「兄貴、是非その大役はウチの親父の肉屋に任せて頂けないッスか?
オイラの兄貴も、ただ肉屋を継ぐのは嫌だと言っていたので新しい事をさせてやりたいんッスよ!!」
とラックスは頭を下げた。
あぁ、ラックスの実家は肉屋なのか…と思いながら、
「よし、何でも屋ケンちゃんの正式依頼として、マリーさんからの、ドットの町でのベーコンの供給量を上げる依頼をお受けします。
報酬は、今晩泊めて頂ける事…ってのでどうです?」
と僕が提案すると、マリーさんは、ニコニコしながら、
「安いもんさね、明日の朝ごはんも、お昼のお弁当のサンドイッチも付けるわよ。」
と快諾してくれた。
翌朝ガーランドと一緒にマリーさんの朝ごはんを食べて、ラックスの実家に向かうと、中々立派な肉屋に案内された。
ラックスが既に店の前に待っていて、
「兄貴ぃぃ!」
と手を振った途端に、店の中から真っ赤な血のついたエプロン姿のおっさんと青年が現れて、
「ラックスが迷惑をおかけしたのにも関わらず、我らにベーコンなどの燻製商品の作り方を教えて頂けるそうで、何とお礼を申してよいものやら…」
と頭を下げたおっさんも青年も糸目だった。
糸目兄も、
「ミンサーを購入して腸詰めを作ってみたのですが、完成品を食べた事が無い上に、燻製の製法を商業ギルドで使用料を払ってチャレンジを繰り返しても、まだ安定して上手に出来ないのです。
弟から昨夜聞きました、発案者のケン殿のお知恵をお借り致したい。」
と頭をさげた。
糸目ファミリーの肉屋は、解体場も併設している程大規模な物で、加工は勿論、燻製が出来る小屋まで作って有った。
糸目兄に、
「一度作った腸詰めを食べさせてくれませんか?」
とお願いした僕に、待ってましたとばかりに糸目兄は、
「今、茹でております。」
と試作している腸詰めをグラグラとナベで茹でていた。
ラックスは、
「最近、朝も昼もコレで少しウンザリしてるんッスよ…」
と呟いている。
そして、出された腸詰めは、必要以上にミンサーで磨り潰したペースト状の中身に、茹ですぎて美味しい肉汁が無くなった残念な感じだった。
糸目兄が、
「親父が飲み屋で食べたという腸詰めとは比べ物にならなくらいな代物らしくて…お客に出せる所まで行かないんです。
せめて親父が食べたという『本物』が食べれたらと思うのですが、親父は何故かその店に俺を連れて行ってくれないんです…」
と涙ながらに訴えて、糸目親父は少し気まずそうにしていた。
僕は、マジックバッグからサーラスが作ってくれた遠征用食材の腸詰めを取り出して、
「お鍋借りますね。」
と言って、沸騰寸前のお湯で煮込まない様に加熱した腸詰めを糸目親子とガーランドに渡して、
「食べてみて。」
と促すと、「旨い旨い」と食べる小太りと糸目だったのだが、糸目兄は、
「俺の作ったものは手間隙かけたゴミだ…」
と膝から崩れ落ち、糸目親父は、
「おっ、シンディーちゃんの腸詰めと同じ味だ!」
と驚いているが、『シンディーちゃんの…』というフレーズに僕は、一瞬、凄く嫌なイメージが頭を過り、少し苦い顔をしながら、
『そりゃあ、息子を連れてソーセージ食べに行くには、色々な問題がある場所ではあるな…』
と、糸目父が息子にどこで食べたかを秘密にしていた理由を理解した。
僕は、
「これは、僕の弟が解体して、妹と協力して作り、燻製上手な妹が仕上げた腸詰めです。
ベーコンもこの二人が作っています。
どうでしょう?冬の間ウチの集落に燻製の修行に来ませんか?」
と提案すると、糸目兄は食い気味に、
「是非、是非お願いします!親父、良いだろ!?」
と僕にすがり付き、糸目親父も、
「こちらからお願い致します。」
と頭を下げていた。
まぁ、この肉屋で販売用の燻製の技術や、ベーコンのレシピを使ってくれたら、ほんの少しだが特許使用料が入るのでウチとしても有難い。
『さぁ、あとは任せたよ我が家の燻製コンビ!カトルとサーラス!!』
と心の中で頼み、
『スマナイ…丸投げは最近のお兄ちゃんのマイブームかも知れない…』
と、少し謝罪もしておいた。
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