第82話 幸せの女神

稼いだお金を山分けしたのだが、小太りと糸目が泣きながら、


「兄貴、商業ギルドまで一緒に行ってくれませんか?」


とすがりついて来たので、仕方なく三人で商業ギルドのギルド銀行窓口に行って二人が銀行で口座を作るのを見守る事になった。


先ずは小太りから、例のジョークが壊滅的な職員のお姉さんの前に行って髪の毛を切ってカードを作ったのだが、ガーランドは女性と話すのは苦手なのか、


「はい、」「はい、」「ありがとう」と、言葉少なに窓口での手続きを済ませて一部を残して大金を預けて、何事も無く終了したのだが、次の糸目が凄かった。


あの女性のジョークに乗っかり、


「嘘、下の毛でもイケるッスか?」


と食い付き、良いリアクションをとっていると、いつもは『滑った!』と焦ると真顔接客になるギルド職員の女性が、「クスクスっ」と笑い、ラックスも、


「おっ、笑った方がベッピンさんッスよ。」


とサラリと誉めて、職員のお姉さんが頬を染めていた。


待ち合い用の長椅子に座った僕とガーランドは、ラックスのコミュニケーション能力に感心するしかなく、最後に窓口の二人が名前を教え合い、デートの約束までしていたのを見て、心の中で、『糸目先輩…』と勝手に呼んでいる自分がいた。


糸目先輩は、


「兄貴見て下さい、全身の色んな毛で作ったッス!」


と嬉しそうに話すが、僕と小太りは、「この毛も入れちゃうッスか?」とキャッキャとギルド銀行のカードを作った事よりも、あんな攻略が難しそうなレディーに対して、手際よくデートまでこぎ着けた事に只今絶賛驚き中なのだ。


そして、無事にギルド銀行カードも作れたので、今回の臨時パーティーを解散して二人と別れたのだが、二人は、


「装備を整えて、もっと強くなります。」

「そしたらまた、お供をさせて欲しいッス!」


と、僕が見えなくなるまで手を振っていた。


さて、あとはダント兄さんに大金貨一枚分のお金を渡して、カッツ商会でお酒を買えば用事は全て終了なのだが、それにしてもマンドラゴラに感謝だ。


鼓膜がやられてポーションを飲んだぐらいの出費でスケベ大根を収穫するぐらいの手間で荒稼ぎが出来るのだ…まぁ、創薬ギルドがあれをポーションにして売り切るまでは買い取り金額も買い取り資金も無いだろうから当面は使えない手だろう。


ダント商会に到着し、兄さんに少し多めにお金を渡して、今の家を改装して新婚さんにプレゼントするように伝えると、ダント兄さんは、


「このお礼はどうしたらいい?」


と言っていたので、


「集落で蜂蜜を作ってみてるんだ。

花畑はシータちゃんやウチのナナちゃんが作ってくれてるけど、果物とかってあんまり無いし、将来はお酒を作りたいか、これで葡萄を中心に果物の苗を集めてよ。」


と言って小金貨三枚を預けておいた。


ダント兄さんは、


「多い、多い!」


と騒いでいたので、僕は、


「なら香りが良い花の木や何なら家畜でも集落や村に無い物を買って来て!」


と丸投げした。


香りの良い花ならばナナちゃんも喜ぶだろうと考えていると、そこでナナちゃんからのおねだりである布の購入を思い出し、


「ダント兄さんあとは任せた!

買い物を頼まれていたのを思い出したから、買ったらその足で帰るから!

リリーお姉さんもまたね。

あと、お二人さん結婚おめでとう!」


と、世話しなくダント商会を飛び出し、


お手頃な酒を樽ごとヤケクソ気味に大量購入して、まだある小金貨で布をゴソッと購入して帰路についた。


マジックバッグに馬車2台がパンパンになるほどの酒樽が入っているが、何も入っていない様に軽いので、滑る様に道を駆け抜け、夕方前にドットの町を出発し、月が明るいので、夜通し魔石ランプ要らずで走り続けて、次の日の午前中に集落に到着した。


「馬より速いよな…これ…」


と、自分の身体能力に少し引きながら、トトリさんに帰宅の挨拶と、ウチの子供達の服を作ってくれる事に感謝を伝えて、大量の布と、手間賃として小金貨を使いやすい小銀貨百枚に両替した袋をドサリと取り出して、


「すみませんが、最近僕の服もキツく成りましたので、作業服と、よそ行きをお願いしても?」


とトトリさんにお願いすると、


「これでは、トールのお礼にと思っていたのに…」


と、お金を返そうとするので、僕は、


「はい、これはこれです!」


とお金を押し返しながら、


「ならばギースとシータちゃんにも僕からプレゼントという事にして、作業服と、よそ行きを頼みます。

皆お仕事を頑張っていますので…」


とお願いを追加しておいた。


ミロおじさんと、レオおじさんには卵鳥と蜂蜜のお礼にちょっと良いお酒を樽で渡して、喜ぶ二人に、


「花畑の近くに果樹園とかを将来的に作りたいんだけど…」


と相談すると、


ミロおじさんは、


「おっ、蜂蜜がまた複雑な味になるな。

丁度村で木材の需要が上がって、集落の近くに切り開いた場所があるからそこを果樹園にしよう!」


とノリノリで答えてくれて、


レオおじさんは、


「根っこを掘り返すの手伝うから、果樹園の中で卵鳥を自由に散歩させて良いか?数が増えて今の小屋では窮屈そうで…」


と逆に相談された。


まぁ、木を虐める虫魔物は玉蜜蜂がパトロールしてくれるし、卵鳥が散歩すれば、草の新芽を食べてくれるし、糞は肥料になるからむしろ有難いので、おじさん達と石垣に囲まれた果樹園を作る事にした。


それと、ちゃんとシンディーさんからの伝言をレオおじさんに伝えると、


「一人で大変そうだったのか…」


と心配していた。


これは、『愛なのか…』と思いつつも大人の恋に口を挟むほど野暮ではない…というか、この組み合わせにあまり興味がわかないのでスルーする事を決めた。



そして数日後、ついに大型蒸留装置でワインの蒸留を開始したのだが、いいもの製作所のメンバーが見学がてら手伝ってくれたので、寝かす分の樽を地下倉庫に入れた後に、満タンにならなかった半端分のを味見という事にして振る舞う事にした。


料理人のアイナさんに無理を言って魔法で出してもらった氷と、レモンと創薬ギルドで購入した炭酸水のボトルをマジックバッグから取り出して、完成間近な村の中心地の教会に村人を集めて、夏の終わりを楽しむ夕涼み大会を開いた。


子供達やお酒を飲まない人はスイカジュースと酒好きは、焼酎ではないレモンハイモドキを片手に乾杯し、茹でトウモロコシなどを齧りながら楽しんでいる。


僕は、新たに教会本部から送られて来たという神々の木像の前にレモンハイを供え、


「お盆って訳じゃないけど…」


と呟きながらアボット爺さんの為の酒と茹でトウモロコシを用意して、神々に蒸留施設が無事に動き、第一回目の蒸留酒が出来た事を報告した。


神官のノートンさんとシスターで治癒師のニーアさんも一緒に祈ると幸運と商売の女神…というか、お酒が大好きなエミリーゼ様の木像が光りだし、広場の村人も教会に集まりだして、「祝福だ!」「祝福だ!」と言いながら祈りはじめた。


すると神官のノートンさんが木像の前で集りはじめる光の粒を見て、


「これは!神様からのお言葉かも知れません!

私も人生で二度目なので自信はありませんが…皆さん祈りましょう!!」


と声を上げると、村人達も光の粒に祈りを捧げだす。


すると光の粒が一つになり空中を駆け回ると、礼拝堂の中に光の文字で、


『旨いが、もう少し濃いめでヨロシク。』


との文字が…


『居酒屋へのクレームかよ…』


と呆れる僕を他所に、酒飲みの村人が、


「エミリーゼ様が我らの酒を飲んで下さったぞ!」


とか、


「よし、濃いめのを御所望だ!」


などと騒ぎ、十人程が様々な濃さのレモンハイを一杯ずつ作り祭壇に捧げて祈りを捧げていると、端の方で祈りを捧げるウサ耳錬金術師のタクトさんの頭上に光の玉が移動して「パン」と弾けてタクトさんに光が降り注ぐ。


どうやら錬金術師のタクトさんの絶妙な配分がエミリーゼ様に届いた様で、祝福を受けたタクトさんは現在、他の酒飲み達に胴上げされている。


そしてこの日、この村…いや、この世界に正式に蒸留酒『幸せの女神』が誕生した。

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