第79話 兄夫婦との語らい

まだ暑い夏の終わりの日差しの中、僕はドットの町を目指して走っている…馬車でもなく、ギンカ号に股がっつる訳でもなく、マラソンでだ。


ドットの町に行く準備をしていると、ナナちゃんに、


「とーちゃん、トトリおばちゃんが服を作ってくれるから布を買って来て。」


と可愛くおねだりされた後に、


「ご近所さんも使うし、師匠の所に行く用だからギンカ持っていっちゃ嫌だよ。」


と言われた為に、己の足で、スタミナ自慢の品種の馬魔物でもノンストップで丸一日かかる町を目指して走っているのだ。


そして、今、僕はこの状況で驚いているのだ。


「これ、馬…要らないかも…」


と…走りながら呟き、無理の無い旅の予定で、いつものキャップ地で野宿をしたが、走っていても疲れる感じがあまりなかったので、次はノンストップで走り切って所要時間を確かめてみようかな? と思いつつ昼前にドットの町に到着した。


サーラス特製のベーコンを納品するのは、カッツ商会とダント兄さんの店と夜の狩場の三ヶ所である。


カッツ商会には、冒険者ギルドでマジックバッグの中の魔物を買い取ってもらってから出来たお金で樽の酒を買いに行く予定だし、夜の狩場の仕込み時間は夕方頃で多分今は無人だと思うので、先ずは久しぶりのダント兄さんとリリー姉さん夫婦の顔を見に行く事にした。


トールとココの町に行く時に顔を出した以来かな?ダント兄さんはたまに村に来るから何回か会っているが、リリー姉さんは半年振りになる。


路地を曲がり、兄さんのダント商会が見えてくると、行商人らしいお客さんが店先で、


「これを5つと、これを10…」


と、大量購入してくれていたので、邪魔にならない様にしばらく様子を見ていると、次のお客さんの接客にダント兄さんが入ったのを見て、


『これは待っていたら日が暮れる…』


と思い、


「やぁ、ダント兄さん。」


と声をかけると、ダント兄さんは、


「三名様ほどお待ちなので、順番…ってケンじゃないか!」


と、忙し過ぎて僕をすぐに認識出来ない様だった。


僕は、


「お客様のお相手をしてて、僕はベーコン持ってきただけだから、リリー姉さんに渡して…」


とダント兄さんに話している最中に、お客様が、


「ちょ、ベーコン入ったの!?三本買うわ!」


と『マリーの酒場』と書かれたエプロンをした女性が手を上げると、次々に購入希望者が現れて、ダント商会に卸す分があっという間に売れてしまった。


僕もベーコンをマジックバッグから出すついでに会計を手伝い、ダント兄さんと二人でお客様をさばききり、ホッと一息ついて、ダント兄さんに、


「いつもこんな感じ?店員雇わないと…」


という僕に兄さんが、


「ウチ店員をしてくれていた二人が結婚するんで今日と明日は休みだよ。

リリーちゃんもあまり働けないし…」


という。


僕は、驚きながら、


「えっ、あまり働けないって病気かなにか?」


と、『これはクリーンの出番か!』と焦っていると、事務所の方からリリー姉さんが、


「あら、ケンちゃんいらっしゃい…

あなた、ケンちゃんに手伝ってもらってたの?今日と明日は私も手伝うって言ったじゃない!」


と言いながら出てきたリリー姉さんのお腹は膨らんでいた。


「えっ?!」


と驚く僕にダント兄さんは、


「あっ、ケンには言ってなかったか!?」


と、言い出して、


「冬前には生まれるんだ。」


と報告してくれた。


とりあえず、驚きながらもリリー姉さんに座って頂き、二人に「おめでとう」と伝えてから、改めてしっかり驚き直した。


ダント兄さんは、


「ケンの留守中に解って報告したから、ケンも知ってると思ってたよ…テヘッ!」


と、おどけて見せる。


僕は、


「まぁ、村も冬前にアルの婚約発表と年明けには騎士爵を賜ってアルが代官に成るからね。

皆やることいっぱいだから…」


と軽く呆れながらも納得していると、リリー姉さんが、


「えっ?婚約発表!?アルちゃんが…えっ貴族…」


と、プチパニックを起こしていた。


するとダント兄さんは、真っ青になり、


「落ち着こうか、リリーちゃん。

ごめんよ、言うの忘れてた…テヘッ!」


と…いいわけをしている。


兄よ…昔からそういう所があるから仕方ないが…と呆れつつ、


「しかし、年明けには赤ちゃんが生まれて、アルがお貴族様の仲間入りして、ミリアローゼお嬢様と婚約して、僕の婚約者も長旅から帰ってくるから、一度皆でご飯にしよう!」


と僕が言うと、ダント兄さんもリリー姉さんも、


「婚約者?」


と言いながらキョトンとしている。


あっ、そういえばダント兄さんに言うのを忘れていたのを思いだし、僕は、


「あぁ、僕も言ったつもりになってたよ…テヘッ!」


と、おどけて見せるが、何故か二人に滅茶苦茶詰められた。


『ダント兄さんとやってる事は変わらないのに…』


と、この世の理不尽を感じながらも、順を追って出会いから話す羽目になり、案の定といえば案の定で、殴ったくだりで、リリー姉さんに子供の時のように、髪の毛をグシャっと掴まれ、


「コラ!女の子を殴るなんて!!」


と叱られながら頭をグワングワンと揺すられた。


『頼む禿げないでくれ!』と、自分の毛根に願いをかけつつリリー御姉様の罰を甘んじて受け入れていると、やっとダント兄さんが、


「お腹にさわるから…」


と止めに入ってくれた。


結局、たまに来てくれるお客様の対応をしつつ全てを話し終えるのに夕方近くまでかかった。


夜の狩場とカッツ商会にベーコンを納めに行く理由で一旦解放されたが、話の流れから今晩はダント商会の事務所で1泊して明日は店員のアルバイトをすることにして、まず、カッツ商会に行ってベーコンを納品すると、


「良かった、木漏れ日亭からの注目に間に合ったよ。」


と喜ばれ、職員さんに、


「数日中に安いお酒を樽で数本購入したいので見繕っておいて下さい。」


とだけ告げて夜の狩場へと向かった。


店の前で軽く三度左胸を叩いて、「よし!」と気合いを入れて扉をノックしたのだが、しかし、夜の狩場には長身のシンディーさんだけが、開店準備をしていて、


「あら、ケンちゃんじゃない!

マン姉ぇ達は組合の寄り合いがあるから暫くシンディーちゃんの一人舞台なのよぉ~。」


と忙しそうに一人でおつまみを作っていた。


シンディーさんは、


「ベーコン持って来てくれたの?有難いわぁ~。

ちょっと何かおつまみを追加で頼まれてもベーコンを炙って出しとけば問題ないし、マン姉ぇみたいにジャガイモ料理上手じゃ無いから…」


と、一人で切り盛りする苦労を語っていた。


僕は、サーラス達にお願いして作ってもらっている腸詰めの在庫をマジックバッグから取り出して、


「茹でて出しても、焼いて出してもおつまみになりますよ。」


とシンディーさんに渡してから、


「またレオちゃんに遊びに来てって言っておいてねぇ~!

シンディーちゃんが鳥料理作って待ってるからねぇ~って!!」


と伝言を頼まれてダント商会へと帰った。


その夜は、ダント兄さんと二人でゆっくり話したのだが、今回従業員が居ないのは、ダント商会のビジネスパートナーである鍛治工房のゴルツさん家のお嬢さんと、元は行商をしていた青年がこの店の従業員として出会い、愛を育み、晴れて結婚して現在親戚と式の為に教会を訪れたり、ご近所に挨拶をしている為に二人いた従業員がゼロなのだとか…


ダント兄さんは、


「同い年なのに店を持っている俺の事を師匠と慕ってくれているんだけど、結婚祝いに何をしてやれば良いだろうか?」


と悩んでいるので、僕は、


「村にかなり広い土地を用意してあるから、兄さん達がそこに本店を建てて、ここを支店として新婚さんにあげたらは?」


と提案すると、ダント兄さんは、


「借家のこの店を丸投げしてもお祝いにはならないよ。

ギルド銀行で金を借りて本店の建設を始める事にしたから、これ以上は借りられないし…ここの大家さんは、大金貨一枚で売って構わないと言ってくれたんだけど…」


と話してくれた。


僕が、


「足りるか解らないけど、金の事は任せてくれないか?

一応この物件を買い取る方向で話を進めて欲しい。」


と伝えると、ダント兄さんは、


「ケン、悪いよ!」


と拒否しようとするので、交換条件を出しておいた。


1、村の商人を目指す若者の育成。

2、アルを将来財政的に助けれる様に頑張る。

3、マチ婆ちゃんに赤ちゃんを抱っこさせる。


の3つを条件に大金貨一枚を用意する約束を交わした。


ギルド銀行の残金と相談で足りなければ冒険者仕事に出掛ければなんとかなるだろう…

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