第75話 馬車での移動が始まる
翌日、シェリーさん達、銀の拳の荷馬車は旅立って行った。
荷馬車が見えなくなるまで見送くると、少し寂しい気持ちになったが、役一年後の再会を約束しているので、その日を楽しみに待とうと頭を切り替えた。
僕の左手に輝く銀色の腕輪で、どんなに離れていても繋がっている事を実感できるのだ。
そして来週、みんなが入寮が出来るようになるまで、暇だろう思っていた僕だったが、そうは行かなかった。
初めはディアス君のお兄ちゃんと言う鍛治師の青年が到着して、ディアス君と二人で盗賊に殺された親戚の遺品の受け取りなどに向かい、色々な説明を受けたらしく、帰ってきたディアス君のお兄ちゃんは、
「この度は誠にありがとうございました。
殺された親戚の叔父さん家族にも、ディアスが魔法学校に入学できた事を報告出来るのがせめてもの救いです。
叔父さんは、ディアスに魔法スキルがあると解ってから、ずっとディアスを応援してくれたので…」
と涙を流してお礼を言ってくれた。
次に到着したのはミラちゃんのお母さんで、お父さんのトンカさんの退院前に到着し治癒院での家族の再会となった。
しかし、トンカさんも数日後には退院できる程に回復していたので、三人で楽しくお喋りが出来る幸せを噛み締めていたのだろう。
御見舞いから帰ってきた、ミラちゃんのお母さんから、
「聖人様に助けて頂いた事、感謝してもしきれません…主人もですが、娘の入学金まで…」
と、頭を下げられた。
そして最後は、薄々勘づいていたが、シルビアちゃんのご家は元貴族のご家庭だった。
昔の戦で武勲を立てたポルト辺境伯様の弟さんは先代の国王陛下からニック様の様に男爵を賜って辺境伯領の東の地域を治めていたらしく、その男爵様の部下の騎士爵家だったそうだ。
十数年前の次男坊のバタバタの際に、当主のお祖父様が次男坊の手の者にかかり、一家は町にも居られなくなったそうだ。
シルビアちゃんパパの話では、
「あんな糞野郎の下で働くのは嫌だし、煙たがっていた男爵様の部下だった我が一族の扱いなど、騎士爵家を継いでも先が見えておりましたので、全てを捨てて南部の集落に身を隠しておりました。」
と、次男坊のせいで貴族を辞めて元貴族となった経緯を話してくれ、それとなく、『弟が貴族になった時に、アドバイスしてくれると助かります。』とこっそりとアルの事を話して、お願いしておいたら、
「その様な楽しげな事に…我が里で暮らす元家臣が働きたがると思いますのでその時には是非。」
と言ってくれた。
今回、盗賊に殺されたのは元メイド長らしく、せめて遺品だけでも家族に届てあげたいので…と、ご夫婦はシルビアちゃんを連れて遺品の引き取りに向かった。
さて、ご家族の方々に三人を引き渡せたので、一安心だったのだが、数日経ってトールの入寮を見届け、いざ帰ろうとすると、お城から呼び出しが有った。
昨日トールの入寮に付き添いで行った時に、ミリアローぜお嬢様とアルに出会って、「明日か明後日ぐらいに乗り合い馬車で帰るよ。」と言ったのが駄目だったのかもしれない…などと悔やみながら現在、
「一言の挨拶も無く帰ろうとするとは…」
とチクチクやられている。
「そんな、平民が自宅に帰るだけで辺境伯様に報告も無いでしょう…」
と反論するが、奥方様達にも、
「ケン様、聖人という御自覚はありますか?
知らない間に聖人様に出て行かれたなどと住民に知れ渡れば、いい笑い者です!」
と叱られてしまった。
謁見の間で叱られてションボリしていると、ポルト辺境伯様が、
「では、我が家からのケン様への贈り物と言うか、助っ人だと思って欲しい。」
と言って数名の人間を紹介された。
まずは辺境伯家で文官として働いていたケビンさんで、辺境伯家での仕事を息子に譲り、弟子の賢そうな青年のコビーさんと貴族になるアルの為に働いてくれるという有難いお方である。
続いて以前会ったことのある料理長のマイクさんと弟子で娘のアイナさんで、僕が酒を作ると言うのを辺境伯様から聞くと、すぐに辞表を出して僕について行くと言ったらしく、チラッと辺境伯様に喋った蒸留酒の話にピントきてマイクバーガーの名声のお礼をするチャンスと思って飛び付いたらしく、娘のアイナさんは以前教えた柔らかいパンを極めたいという理由らしい。
そして手回しの良い事に、念話網ですでにニック様とも話がついており、現在集落と隣村の中間辺りに土地を整備する為に騎士団と魔法師団を派遣しているらしく、ケビンさん達は一時的にニック様の別荘で過ごして、新たに完成する予定の代官屋敷などの出来上がりを待つらしい。
しかし、問題はここからで、移住者はこれだけではなかったのだ。
次に現れたのは神官長である。
今日は辺境伯様の前だから膝もしっかりして小鹿では無い…今まで見た神官長さんの中でも一番凛々しい姿の神官長さんが、謁見の間に数名の神官さんやシスターさんと入ってきて、
「聖人様の村で教会を開きたく参上いたしました。」
といっている。
それは有難い、葬式も結婚も僧侶のアボット爺さんが引き受けていたが、現在は教会関係者も居ない為にドットの町に行かなくてはならないのだ。
「それは助かります。村や集落の皆も喜びます。」
と僕が感謝をすると、
あの時、僕とシェリーさんの誓いの鐘に立ち会ってくれた神官さんが、
「これから宜しくお願いします。神官のノートンと申します。
こちらは、妻の…」
と言うと、隣のシスターさんが、
「ニーアと申します。教会の治癒院で治癒師をしております。」
と自己紹介してくれた。
マチ婆ちゃんの薬屋で対応出来ない骨折も村で対応できる様になるな…有難い…と思っていると、辺境伯様は、
「ケン様にお願いが有るのだが…」
と気まずそうにしている。
僕は、これ以上何が起きるのか少し不安だったが、アルの為に人員をさいてくれた手前、聞かない訳には行かずに、
「なんでしょうか?」
と恐る恐る、そのお願いとやらを聞いてみると、
辺境伯様の亡くなった弟の男爵家のお抱え大工や商人などが町の入り口のスラムの様な場所で暮らしているらしく、腕は確かな職人だけでも移住させてくれないか?という相談だった。
僕は辺境伯様に、
「ウチの周辺はまだ開拓村扱いですよね。
ならば、切り開けば自分の土地ですし、工房も登録金無しで作りたい放題のはずですよ。
折角、技術が有っても開店資金がないから下請けや孫請の仕事しかしてないなんて勿体ない!
辺境伯様が馬車を出して下さるのでしたら、村は移住者は大歓迎ですよ。」
と言うと、辺境伯様はニコっと笑い、
「よし、あとはニックと相談するとして、開発資金は男爵になったニックへの祝いとして渡し、ニックが世話なったケン様と、近い将来には義理の息子になるアル先生…いや孫になるから今後はアルと呼ぼうか…その二人の為に使うと言う形でいこう。」
と楽しそうに話されていた。
そして、2日後にココの町から10台の荷馬車が出発した。
僕も便乗させて貰っているのだが、ポルト辺境伯家からの助っ人の方々は勿論、
辺境伯様が依頼して、移住者用の住宅を建てるココの町の大工さんの馬車が2台と木材や当面の食糧が3台、
あとは、移住希望者の第一団として、30名程の力持ちや大工さんが単身赴任的に乗り込み家族を迎える準備にあたるのだ。
これには村長もビックリするだろうな…なんせ、開拓村なのに公的資金が投入されて村が整備されるのだから、やりたい放題である。
それが証拠に、代官屋敷と教会だけでもドットの町と同じ程の規模を予定しているそうだ。
辺境伯様も奥様方も、
「これで、レシピや髪の御手入れに対してのお礼が出来ます。」
と話し、僕は詳しい金額はよく知らないが、将来アル知恵袋として活躍してくれる予定のケビンさんが、
「2~3年でドットの町にひけを取らない町が整備出来るかと…」
と言っていたので、町を作り始める事が出来るだけの額は賜ったのだろう。
まぁ僕は、何でも屋の仕事をしつつ、先ずは米作りとレモンハイの制作だな…と、荷馬車から外を眺めて、『帰ってから、いいもの製作所に蒸留器の作成依頼を出さないと…いや、香り抽出器が使えないかな?…でも、それだと大きさが…』等と考えながら馬車に揺られて、また片道一週間前後の旅をしている。
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