第74話 長いデートコース

自分の素性を告白した結果…やはりこの世界で、『前世持ち=賢者』のイメージが強いらしく、


「凄いね!」


とシェリーさんに言われただけで、ドン引きされなくて良かった。


本物の賢者様は、滅ばされた魔法文明の記憶持ちで、生き残った子孫に消えさった文明の知識を授ける為に神々と交渉して、魔石ランプなどの魔石回路を使った簡単な魔道具の知識と、ポーション類の創薬の知識を伝えた錬金術師の祖である。


本当に墓でもあったら参りたい気分だよ。


そんな訳で、シェリーさんに違う世界の記憶がある事を告げると、1番最初にされた質問が、


「前の世界では婚約者ってどんなことするの?」


と聞かれ、


『えっ!清い交際だったり、同棲したり、それこそ… 』


などと頭の中を軽くピンクに染めていると、シェリーさんが、


「ほら、私達って旅先で婚約したからまだしてないでしょ?」


と言われて、もう脳の芯までまっピンクになりそうな僕にシェリーさんは優しく、


「ねっ、だから教会に行って鐘を鳴そうよ。」


と耳元で囁く。


僕は頬を染めて、焦りながら、『えっ、何…何かの隠語なの? 教会で鐘を鳴らすって…』と興奮してドキドキしていたあの瞬間の自分を冷静になった現在、ジャイアントスイングでもかましてやりたい…

結局、本当に教会に来て礼拝堂の中にある小さな鐘を二人で鳴らしただけだった。


お祈りの列とは別の列だったので、本当にサクッと順番が来て、「カランコロン」とヒモを二人で引っ張るだけの儀式…ド田舎の僕は知らなかったが、これは『誓いの鐘』という儀式らしく、神様の前で何かを誓う場合に鳴らすのだそうだ。


『婚約の誓い』は勿論、『もう浮気しません!』とか『酒を止めます。』なんて場合もあり、男女ペアの場合、隣にいる女性が笑顔か、鬼の形相かで誓いの内容を察する事が出来るらしい。


新しい異世界の風習に驚いていると、鐘の横に立つ案内係の神官さんに、


「えっ、嘘…私って、ケン様の婚約の誓いに立ち会えたのですか?!」


と言われて顔をさしてしまい、そこからはもう教会は騒がしくなり、数日前の再放送の様に妖怪小鹿ジジイがプルプルと現れ、先日の様に本殿へ移動して、貴族の方々がするという『正式バージョンの婚約の誓いの儀式』を始められてしまった。


と言っても普通は歌われて神々の石像の前で祈れば終了となるのだが、やはりと言えばそうなのだが、再び白い部屋に飛ばされた。


…今回はなんとシェリーさんも一緒にだ。


シェリーさんはあまりの事に声を失っているので、


「シェリーさん、落ち着いて下さい、ほら神々ですよ。」


と声をかけると、武の神ジルベスター様に、


「あれだよ、ケン君、普通は神様だからビックリしてると思うぜ。」


と呆れられた。


奥様の知識の神ラミアンヌ様から、


「お嬢さん御免なさいね、急に連れてきて、ここの部屋は時間が止まった空間にあるからユックリと心を落ち着けると良いわよ。」


と優しく声をかけてもらいやっとシェリーさんは、


「はい…お初にお目にかかります…シェリーと申します。」


と何とか自己紹介をすませた。


それからアマノ様が、少しでも落ち着ける様にと、指を鳴らしてシェリーさんにホットココアを出して、ユックリと僕とアマノ様の事情を説明してくれた。


シェリーさんは、話を聞いたあとココアに口をつけて、


「ケンちゃんの居た世界って、こんなに美味しい物が有るんだね。」


と感心しているのを聞いた兄弟神のバーニス様とノックス様が、


「ほれ、未来の嫁が羨んでおるぞ、アマノ君と相談してソレの原料も作り出してやるから頑張って作ってみよ。」


と嬉しそうに語る。


僕はアマノ様に、


「カカオってあの集落で作れますか?」


って聞いたらアマノ様は、


「多分無理だろうね…もっと暖かい地域でないと…」


と答えるとバーニス様達はがっかりしながら、


「南の大陸の候補と繋がるのはまだ先だしのう…」


と残念そうにされていた。


幸運と商業の神様のエミリーゼ様が、


「今回呼んだのは、新たな作物を作らせる為じゃないだろ?しっかりしてくれよ…」


とジョッキを片手に兄弟神のオッサンを叱っている。


エミリーゼ様は、


「アタシも猫の獣人だからシェリーちゃんに親近感を覚えるねぇ。

ケンちゃんの婚約祝いに何かを送ろうと考えて来てもらったけど、アタシ閃いちゃった。

旧魔法文明の魔道具の『運命の腕輪』をプレゼントするのはどう?」


と神々に提案すると、ノックス様が、


「あれは一対の腕輪を着けた二人のスキルを共有する腕輪だろ?

ケン君は身体強化が使えないし、シェリーちゃんはクリーンを使えないから勿体なくないか?」


と難色を示している。


しかし、ラミアンヌ様は、


「いや、ナイスアイデアかも、シェリーちゃんはケンちゃんの最強クラスの状態異常無効スキルが使えて、ケンちゃんはシェリーちゃんの水魔法スキルを借りられるわ。」


と言っている。


最終的にはアマノ様の、


「私の生まれた地球でもですし、転移先のミスティルにも婚約した相手に指輪を送る風習がありましたし、シェリーさんは拳法家ですので、指輪は殴り合いには向きませんので、腕輪というのは良いアイデアかと…」


との意見で運命の腕輪という旧魔法文明の魔道具…現在の王国では国宝とされる旧文明のアーティファクトが、神様の指パッチン1つで現れた。


過去に地上で作られた物であればいくらでも作り出せると言った言葉を思い出しながら、神々からの、


「では二人ともお幸せにね。」


との言葉で送り返されたのだが、困った事にいつもの様に、神様からの贈り物があと便で到着するのだ。


本殿の神々の石像が光り、並んで祈っていた僕とシェリーさんの元に現れた腕輪に神官長がまた感激の涙を流して小鹿の様に震えだしたのは言うまでもない。


しかし、困った事に今回はシェリーさんまで、聖人認定を受けてしまったのだが、神様からの贈り物が僕と二人で一つの物だった為に、僕と一緒に居る時だけ発動するという変な聖人様という括りになってしまった。


まぁ、シェリーさん本人からは、


「別に『聖人』にメリットを感じないから呼ばれなくても構わない。」


と言われて、小鹿ジジィが違った意味で震えて泣いていた。


この日、シェリーさんと僕はこの世界で正式な婚約者として神々と教会に認められたのだが、そんな事よりも、僕の隣で自分の左腕の銀色の腕輪を見ながら、ニコニコしながら歩いているシェリーさんを見て、僕まで嬉しい気持ちになっている事に幸せを感じた。


「見てケンちゃん、銀の拳に相応しい腕輪だし、私とケンちゃんのお揃いだし最高だね。」


と言っているシェリーさんに、


「神官さんが鑑定してくれたけど、銀じゃ無くてミスリルらしいよ。

装備者の魂を繋げる効果があるんだって。」


と僕が言うと、シェリーさんは僕の手を急に取り、


「ほら、これで、心も魂も手も繋がったよ。」


と言って二人で夕暮れの町を手を繋いで歩いて宿まで帰った。


まぁ、宿屋に戻ると待ち構えた銀の拳チームと魔法学校入学待ちチームにネホリハホリ聞かれ、楽しい夕食の一品の様な扱いを受けた。


しかし、シェリーさんが、


「教会で神様に会っちゃって、腕輪貰っちゃった。」


と報告すると、銀の拳の兄弟子さんや姉弟子さんは、


「また、またぁ!」


と信じてないが、入学待ちチームは僕が祝福されて米を貰った現場に立ち会っている為に、


「あぁ、またか…」


と落ち着いた反応であった。


トールが、槍使いの兄弟子さんに、


「本当ですよ。」


と真剣な表情で伝えてようやく、


「トールが言うなら間違いないな…」


と、信じてくれたので、一週間ほどのあの旅でトールは絶大な信頼を勝ち取っている事を知った。


その夜はシェリーさんと遅くまでウチの部屋の居間で、色々な事を話した。


もう神々の世界で丸一日分ぐらい、腕輪で共有したスキルの事や、これから僕がやりたい事に、彼女が今から目指す事など全部話した筈なのに、次会えた時には何がしたいとか、次に会うまでにシェリーさんに食べさせたい地球の料理の話とか、二人っきりでは意識して話せないと思っていたが、何故か話題が絶えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る