第73話 イライラの訳
合格発表が有った翌日、改めてディアス君達から入学金の件で御礼を言われた。
僕は、
「気にしないで、盗賊に奪われたお金が数ヶ月後に返ってくるんだし、あのお金は臨時で入ったあぶく銭だから、無理に返済しなくても卒業後に就職の報告がてら持ってきてくれればいいよ。」
と言ったのだが、ディアス君達は、
「そうはいかない!」
という。
しかし、一般家庭で入学金を捻出するのは大変な苦労である。
奪われた分が返って来るのは数ヶ月後で、あと数日で到着する彼らの家族から取り立てるつもりは無い…
散々悩んだ挙げ句、トールの発案で、
『三年間で隙間時間で冒険者仕事をして稼いで、卒業時に返済。』
という案に決まった。
彼らは全員魔法使いであり、安全圏から魔物を倒す事も可能である為に危険は少ない。
その上に、数ヶ月後に奪われたお金が戻ってくれば、装備にも回せる余裕が生まれるので稼げるだろうという事で、四人は冒険者ギルドに登録してパーティーを組む流れになった。
全員で冒険者ギルドに向かうと、ドットの町より遥かに大きなギルドの建物の前に人だかりが出来ていた。
荷馬車からはみ出る獲物を積んだ冒険者達が人だかりの中を進み、「凄いな!」とか、「ありがとうよ!」などと称賛の声を浴びている。
そして、その冒険者とは『銀の拳』だったのだ。
老師達はココの町の近くの温泉が有る村からの依頼で、冬場の寒さを凌ぐ為に村の温泉の排水が流れ込む池に住み着いたてしまった『オンセンサラマンダー』というサンショウウオの魔物であるレイクサラマンダーの亜種を温泉のある村からの依頼で討伐してきたらしい。
オンセンサラマンダーのブヨブヨの皮膚は刃物を通さず、打撃と魔法でのみ討伐が出来る魔物らしいので、銀の拳に持ってこいな敵ではあるが、基本的に水の中にいる為に打撃も与え難い厄介な魔物であると図鑑で見た事があるが、多分力任せに引きずり出して、ゼロ距離魔法パンチで仕留めたのだろう。
遠巻きに凱旋パレードのような銀の拳の荷馬車を見ていると、
「ケ~ンちゃ~ん」
と、叫びながらジャンプしてくる茶色い影がセミの様に僕にしがみついた。
ステータス補正が無ければ吹っ飛ばされて大惨事になりそうな勢いでのジャンピングハグに一瞬肝を冷やしたが、ニコニコしている猫耳娘のシェリーさんに、
「お帰りなさい。」
とだけ伝えると、
「ケンちゃんが待ってるから、もう、頑張っちゃった。」
と嬉しそうにゴロゴロ言っているシェリーさんに、老師が、
「あとは手続きしておくから、ギルド食堂で待っておれ。」
と手を振りながらギルドの裏手の買い取りカウンターへとパレードをつづける。
トールも気を遣い、
「登録は僕達で出来ますので後程。」
といって四人で冒険者ギルドに入っていった。
僕とシェリーさんは仲良くギルド食堂に向かい、お茶をしながらオンセンサラマンダー討伐の話をしていると、知らない冒険者が、
「おっ、シェリーじゃねぇか!」
と、馴れ馴れしくシェリーさんの肩に手を乗せる。
シェリーさんは、嫌そうな顔で、
「楽しくお喋りしてるの、邪魔しないで!」
と強い口調で言っているが、しかし、朝から酔っているこの冒険者は関係ない素振りで、
「え~、良いじゃねぇか、一緒に飲もうぜ!」
とシェリーさんの肩を抱く。
シェリーさんがゾワリと毛を逆立てているその光景を見て、酷くイライラしてしまった僕は柄にもなく、
「おい、オッサン!
なに俺の婚約者に馴れ馴れしくしてるんだ?」
と一人称まで変えて凄んでしまった。
酔っぱらい冒険者は、
「シェリーの婚約者…?
お前みたいなガキが、笑わせるな!ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってな。」
と、テンプレート悪口を返してくるが、僕は、
「生憎、捨て子で、ママは居ないし、拾ってくれたのが爺さんだったから吸えるおっぱいなど無い!!」
と答えると、酔っぱらい冒険者は少し怯み、
「そ、そうか…何か、スマン」
と謝っていた。
酔っぱらいも興が醒めたのが、
「けっ!」
と吐き捨てて立ち去ろうとしたのだが、「婚約者」と言って庇った僕の言葉を聞いて、シェリーさんが
「ケンちゃん、おっぱいなら私のを吸えばいいよ!」
と感激ついでに、とんでもないセリフを言ったが為に何故かギルド横で、酔っぱらい冒険者に加え、加勢に入った三人の追加酔っぱらい冒険者と、四対一のケンカ?に発展しているのだ。
良くある酔っぱらいのケンカと周りは興味うすそうにしているが、問題は敵の四人が血の泪を流しそうな勢いの血走った瞳で僕を睨んで、呪詛でもかけているように何やらブツブツ言っている。
時折「モゲロ!」と聞こえる怨念の籠ったセリフだが、シェリーさんの、
「ケンちゃん、頑張ってぇ!」
の声援が、更に呪いを色濃いモノへと進化させる。
僕らを探して合流したトールにまで、加勢ではなく、
「師匠、また決闘ですか?好きですね…」
と呆れられて、僕の心はズタズタになった。
そんな心の痛みをぶつける様に、トップスピードで敵を倒したのだが、朝から飲んでる様な奴に僕のスピードが見える筈もなく。
一方的な戦いは、相手からすると体感的には「そっちはオラの残像だ。」みたいな感じの敵に倒された気分だと思う。
しかし、僕は気絶した四人にまだイライラが収まらないので、マジックバッグからロープを取り出し、彼女の居ない可哀想な冒険者を二組のペアにして対面で抱き合わせながら座らせ、ロープでグルグル巻きにして、お互いの顔を左右に傾け、二組の熱い口づけをかわすオブジェの様にして、その場に放置した。
『対面座位の刑に処す!』と心の中で裁きの名前を発表しながら、「フンス!」と鼻を鳴らしてギルド酒場に戻ろうと歩きだす。
道中でディアス君が、トールに
「お前の師匠さん、怒らすとおっかねぇな…」
と呟いていたが、ミラちゃんは、顔を真っ赤にして指の隙間から、
「わっ、凄っ、えっ!」
と、濃厚接吻オブジェを最後まで眺めていた。
彼女の性癖が歪まない事を神々に祈りつつギルド食堂へと戻り、僕らを探していた銀の拳のメンバーと合流した。
どこに行っていたのか?と聞く銀の拳のメンバーにシェリーさんが先ほどの「俺の婚約者」の話をすると兄弟子さんや姉弟子さんは勿論、老師まで、
「ちょっと見てくるかの…」
と見物に向かってしまい、暫くして帰ってきた姉弟子さん達は、
「ケンちゃん、なにあのエッロい罰は!」
と興奮し、兄弟子さん達は、
「目が覚めた四人が騒いでいたが、一人だけ向かい合って座らされて抱き合っている奴が、『なんでお前、固くしてるんだ!』って涙目で叫んでいたよ。」
と報告してくれた…性癖がネジ曲がったのは酔っぱらい冒険者の一人だったらしい…そして老師にまで、
「俺の初めてを奪いやがってと騒いでおったが、ケン殿は敵には容赦ないのう…」
と呆れられた。
しかし、シェリーさんだけは、
「ウフフっ、ケンちゃんが私の為に本気になってくれたんだよ。」
とニコニコしているのでヨシとした。
しかし、僕自身あんなにイライラした事に驚いている程である。
しばらく皆でお茶を楽しんだが、なんでも老師達は今日はココ町の僕らの泊まっている宿屋で1泊して、明日には北の方に旅立ち、来年まで帰って来ない長期遠征の予定らしく、気を利かせた兄弟子さんや姉弟子さん達の薦めもあり、本日はシェリーさんとデートをする事になった。
といっても出会って数日の女性と会話が続くのか不安になりながらも町をぶらつき、喫茶店で話し込むが、話が尽きない…というか、彼女からの話題が尽きない。
本当につまらない男だと思うが、気になる女性の前では聞き役にはなるが、自分からは上手く話せないのは前世からである…
しかし、この事から僕がシェリーさんの事を意識している…いや、好きなのだと痛感した。
明るくて、素直な性格に魅了されていると言っても言い過ぎでは無い。
『どうりであの時イライラした訳だ…』
と理解すると何故かスッキリした気分になった。
そして、散歩中の静かな町の広場で、ついにシェリーさんから、
「ケンちゃんの事も聞きたい。」
と言われて、彼女に正直に前世の記憶があり、神々にお願い事を頼まれた普通では無い男である事を告げた…『これで気持ち悪いと言われて捨てられても、秘密にしているよりはマシ』と判断したのだが、ただ彼女がどの様な反応をするかとても不安だった。
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