第67話 怒らせると怖い人

胸くそ悪い現場に出会した。


盗賊の仕業と思われる死体が10ほど転がる中で、


「師匠!息があります。」


との報告が入り、僕は急いでその声の場所に走り、その男性にクリーンをかけて傷口の消毒代わりとしてマジックバッグからポーション類を取り出して駄目もとで口に突っ込むと、かろうじて「ゴクリ」と飲み込んでくれた。


ハイポーションを二本飲み干して少し落ち着いた男性に事情を聞こうとすると、


「娘は?」


と目だけで辺りを見回す。


老師が、


「女性を誰か見たか?」


と聞くが、弟子達はみな首を横にふり『居ない』の意思を示すと、


老師が、


「必ず我らが連れ戻します。」


と言うと男性は安心したのか再び意識を失った。


弟子の一人に現場の片付けと、もう一人に男性の治療を任せ、鬼の形相で、


「シェリー、お主の五感が頼りだ、ついて来い。

上の者と合流して娘さんを助けるぞ。」


と言ってピョンと飛び跳ねる様に、上の道にもどった。


六人の弟子のなかで二人は崖下に残し、馬車の見張りに一名だけ残して、何処かに消えた賊を追うらしく、僕とトールもお手伝いに向かった。


馬車から奪われたであろう馬魔物の足跡や、馬車に残った香りを手がかりに、道を外れて走った馬の足跡を見つけたシェリーさんが、


「こっちです。」


と案内する。


警察犬みたいに感覚を研ぎ澄ませて突き進むと峠の中腹の洞窟前に数頭の馬が繋がれていた。


「あれです。」


とのシェリーさんからの報告を受けた老師は、


「ワシも魔法学校を出たので解る。

これは学生狩りじゃ、遠方から試験に来る学生は入学金も持っておる上に、本人も魔法使いであり違法な契約魔法で奴隷として売りさばく…」


と、静かに語っているが、あの時のブラッドベアなど比較にならない程の強者の殺気が漏れていた。


老師は、


「賊が何人おるか解らんが、生き残った男性が言っていた娘さんが奴隷契約をされる前に助けるぞい。」


と言って、弟子を引き連れて真っ正面から洞窟へ向かう老師達に、僕とトールもついて行ったのだが、ただただBランク冒険者の凄さを間近で見る観客のようになってしまった。


それもその筈、怒りに満ちた老師が殆どやっつけてしまうのだ。


「誰だ、てめぇ!」


と言いながら剣で斬りかかる盗賊をユラリとかわすと、トンと手のひらで体を触る。


すると、盗賊の足元に水溜まりがビジャっと現れ、触られた盗賊はカサカサになり絶命していた。


そこで、ようやく理解した。


老師が高レベルの水魔法使いで触れた場所からならば生きた者からでも水が生成できる上に、相手に触れるという最難関のハードルすら、培った拳法家としての身のこなしで難なく越えていく最強クラスの水魔法の達人なのだと…


カラカラになった仲間を見て、もう一人の見張りが、


「敵襲だぁぁぁ!」


と騒ぐが、老師達の歩みは止まらない。


老師が、


「話を聞く為に二~三人…それ以外は好きになさい。」


と冷たく言い放つと弟子達のも加わり乱戦となった。


槍使いの兄弟子さんは、一人で三人を相手にしてなぎ払い、


シェリーさんと姉弟子さんのコンビもシェリーさんが力で殴り飛ばし、姉弟子の方は老師のスタイルに近く、相手に触ると風魔法が発動したのか血しぶきが舞い上がる…ある意味老師よりグロい…


しかし老師はさらにすさまじく、迫りくる盗賊の太ももに指先一本触れただけで、太ももの一部を丸くミイラ化して壊れやすくしてしまう。


どこの殺人拳の伝承者だよ… と、あまりの強さに半ば呆れて見ていると、


「ケ~ン!」


と、リン…いや、シェリーさんの呼ぶ声がする。


シェリーさんの指さす方を見ると矢が僕に向かい数本飛んできて、そのうちの一本が僕の腕に刺さってしまった。


「くっそ痛てぇなぁ!」


と叫んではみたが、あの時の宿りバチの猛攻に比べれば屁でもない。


僕は、トールに


「弓使いは僕が倒すから援護たのむ。」


と言って敵の後方の弓使いの一団に、ニチャ棍を片手に走り込んだ。


しかしなぜか既に弓使いは半狂乱である。


「なんでアイツ死なないんだ?」


とか、


「お前のちゃんと毒矢を使ったのか?」


等と言いあっている。


追加で何本か弓矢を貰ったが、端から順にニチャ棍の餌食にして危ない毒矢はマジックバッグに隠してやった。


落武者の様に肩や太ももに矢を貰った僕を心配してトールが戦場を迂回して、


「師匠!」


と涙目で走ってきてくれ、僕に刺さった矢を触ろとするので、


「気をつけて、先に猛毒が塗ってあるらしいから。」


というとトールは真っ青な顔になり、


「師匠、死なないで!!」


と焦る。


僕は、トールに


「あぁ、矢の毒は効かないから安心して、でも痛くしないで優しく抜いて。」


と可愛くお願いしたのに、トールの奴は、慌てながらグン!と力いっぱい矢を抜き去る。


刺さった時より痛かったが我慢して、自分にクリーンをかけた後に、『あぁ、もうハイポーションないんだ…』とガッカリしながらポーションを飲んでいると、メイン会場の方で動きがあった様で、いかにも悪そうなボサボサ頭のオッサンが、


「この娘達が、どうなっても良いのか?」


などとやっている。


僕は、『人質作戦かよ』と呆れるが、少し様子がおかしいのは、三人のトールぐらい年齢の男女が自分でナイフを持って、それを自分の喉元に当てているのだ。


老師は悔しそうに、


「奴隷紋を刻まれてしもうたか…」


と言っていると、洞窟の中からべちゃっとした油髪の男が現れ、


「クックックっ、残念だったな、

ソイツらは私の指示ひとつで喜んで死ぬぞ、本当は魔力を流さない状態で売りさばいて儲ける予定だったが、金は手に入ったし、分け前を払う手下はお前らが減らしてくれたから兄弟で分けるだけだな…」


とご機嫌に話している。


油髪は、


「俺らが馬でトンズラする前に動いたらどうなるかな?」


と言いながら三人の人質の前に行き、


「いいか、お前ら、俺たちがあの馬で…」


と、言った瞬間に、「ゴン!」と油髪のコメカミにボールほどの石がクリーンヒットして、油髪はグルンと白目を剥いて倒れ、その瞬間にボサボサ頭は拳法家の師弟の餌食になっていた。


恐る恐るソーっと、トール君を見ると、


「アイツ馬鹿ですね、まだ逃げる為の指示を出していないのバレバレで…」


と冷静な判断で躊躇なく盗賊のコメカミを撃ち抜いたらしい…『トール、恐ろしい子!』と思いながらも、まだ生きている盗賊をフン縛る用のロープをマジックバッグから出して縛り上げたのだが、油髪は口に石を咥えさせてしゃべれない様にもされていた。 (これもトール)


容赦ないトールの行動に少し恐怖したが、同い年の子供…しかも同じ魔法学校を目指した男女が餌食にされたのだ。


これぐらい怒っても仕方ない…と理解した。


十人以上の老師に喧嘩を売り腕を無くしたり、足を無くした盗賊が血を大量に流しながらすすり泣き、痛みを訴えるが、老師はそれらの者に、


「お前達が苦しんで死のうがワシは知らん!

お前らがこれまでに助けてくれとすがった人にしてきた事を思い出しながら死ね!」


と吐き捨てていた。


老師の怒りもまだおさまってない様子である。


老師は未だにナイフを喉元に当てて涙を流す三人に、


「すまんの、これからココの町に行って教会の神官長様にこんな呪いまがいの刻印を消してもらうから、もう少しの辛抱じゃ。」


と優しく語りかける。


その台詞に僕は、


『刻印が刻まれてるの?体に…

それって汚れ扱いや、不要なモノ扱いにならないかな?』


と思いつつ、ナイフを首元に当てている男の子に近寄り、首筋の刺青のようなモノに、


「クリーン」


と、試しに一発かけてやった。


勘違いしないで頂きたいのは、彼をモルモットにした訳でなく、たまたま手前が彼だったのだ。


解放され驚く男の子よりも、老師達が、


「神官長様の魔法でしか…」


などと固まっているので、僕は、


「まぁ、出来るんだから仕方ないぐらいに思ってくださいよ。」


と簡単に説明しつつ、残りの女の子二人も解放してあげた。


最後の一人は先ほど助けた男性の娘さんだったが、後の二人は何日も前に連れてこられたので、付き添いの人が生きている可能性は少ないと思われる。


出来ることならば彼らにはこんな辛い事を忘れて魔法学校の試験に望ませてあげたい。


皆家族の希望を胸に馬車に乗ってきた地方の子供達なのだから…

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