第66話 皆さん事件です
天国のアボット爺さん…そちらは過ごし易いでしょうか?
幼い時に、爺さんが口を酸っぱくして言っていた
「女性には優しくしろよ、ましてや手をあげるなんて糞のやることだ!」
との教えを守れず、本日、無抵抗な女性に手を上げ、晴れて『糞』に成り下がりました…多分僕は地獄に落ちますので天国の爺さんに会うことは叶いそうにありません…どうかお体に気をつけて、お酒は程々にしてくださいね。
と、僕は心の中で、父親代わりのアボット爺さんに別れの挨拶をしながら落ち込みながら荷馬車に揺られている。
そして、殴られたシェリーさんは、何故あんなにニコニコしているのでしょうか?
馬車の中の皆さんの生暖かい眼差しが辛い…
身体強化全開でガードをしたシェリーさんだったが、ガードごと吹っ飛ばされて、しっかり青アザを作り鼻血まで出してしまった。
現在は僕のあげたハイポーションを握りしめて、嬉しそうに微笑んでいるのだ。
「あのぉ~、シェリーさん…そろそろポーション飲みましょうよ。」
と僕が必死に薦めるのだが、シェリーさんは、
「へへっ…もうちょっとこのままでいる。
ポーション貰っちゃったのと、いい一撃を貰っちゃったから…」
と訳の解らない事を言っている。
ヤバい、あの一撃でシェリーさんの脳ミソはサヨナラしたのかも知れない…
後悔と罪悪感で押し潰されそうになるが、そんな嫌な気分から解放されるカギを握る女性は、僕にダメージを与える方法を理解しているようで、ちっともハイポーションを飲もうとしない…
もう、訳が解らなくなりゲロを吐きそうなほどに気分が悪い。
気を効かせてくれた老師が、
「これ、いい加減に傷を治しなさい。
ケン殿が、若い女性に怪我をさせた事を悔やんでおられる。
シェリーも、ケン殿が苦しむのは本意でなかろう?」
と言ってくれると、シェリーさんは、
「ケンちゃんは、私が怪我してるのいや?」
と聞いてくる。
僕は、
「女性が怪我してるのを見て喜ぶ人間ではありませんし、ましてや、その怪我をさせたのが自分だと思うと責任を感じてしまい辛いです。」
というと、シェリーさんは、
「じゃあ、すぐ治すね。」
と言って、やっとハイポーションを飲んでくれた。
流石はハイポーションだ、飲んだそばからシェリーさんの青アザも綺麗になくなり、姉弟子のイリアさんにチェックをお願いした後に、
「ケンちゃん、ほら見て!」
とシェリーさんは僕に顔を近付けて治った事をアピールしてきた。
シェリーさんの顔の傷はハイポーションで消えたので一安心だが、僕の心の傷は消えそうにない…
しかし、シェリーさんは楽しそうに、
「師匠、私、目指す高みが見えました。
また、基礎からご指導宜しくお願い致します。」
と頭をさげ、老師は、
「ほほっ、これは良い目標が出来たようだな。」
と笑う。
その後、シェリーさんはモジモジしながら僕に、
「身体強化の使えないケンちゃんの一撃で目が覚めました。
私のは鍛えた拳では無くて、身体強化に頼った暴力でした。
まずは、身体強化を使わずに戦えるほど自分を鍛え直します…何年かかっても…
そしたら、その時は、…ケンちゃん…ケンちゃんに、私の全部を受け止めて欲しいんです。」
と言ってきた。
『あぁ、数年後に鍛え直したシェリーさんの全身全霊の攻撃を受け止めるのか…生き残れるかな?』
と落ち込む僕に、トールが小声で、
「師匠、どうされるんですか?」
と聞いてくるので、
「どうもこうも、殴った手前受けるしかないよね…」
と殴られる覚悟をした僕の台詞を聞いて、シェリーさんの姉弟子さんが、
「やったねシェリー!」
と喜び、兄弟子さん達がバシバシと僕の丸めた背中を叩きだす。
ついにはトールまで、
「師匠、おめでとうございます。」
と言っているので初めて自分が何やら不味い事を言ったのでは?!と気が付いたのだが…しかし、もう、遅い。
そう、この日僕は、お付き合いどころか、どつき合いしかしていない女性と婚約関係になったらしい…
マジでやらかした…
でも、よそのお嬢様を傷物にしたら責任を取るのがスジではある。
いや、どこらへんか愛の告白だったの?プロポーズを決めた覚えもキメられた記憶も無い!
お互いの関節ならキメたけど…などとグルグルと考えを巡らせていたら2日目のキャンプ地に到着した。
夕陽の中でシェリーさんはイキイキと兄弟子さん達と基本の型から始めている。
今さら、『さっきの無しで』とも言えず、モヤモヤしていると、老師が現れ、
「少しよいかの?」
と言って僕を連れ出した。
そして老師は僕に深々と頭を下げて、
「なんか、シェリーのペースに巻き込まれて驚きの結果になってしまったと思うが、ケン殿、どうかあの娘を受け止めてくれぬか?」
とお願いをしてくる。
話を聞けば、シェリーさんはスキル無しの半端者として、村は勿論家族からも虐げられて、6つの時に捨てられた過去があるそうだ。
下手に記憶がある状態で捨てられるのは、何も解らずに捨てられた僕より辛かっただろう…
そんな心の傷から、悪を嫌い、正義を貫く事にこだわり、それらを力でねじ伏せる毎日だったらしい。
老師は、
「あの、正義感は、自分を捨てたり、蔑んだ『悪』への、ある意味あの娘に掛けられた呪いのようなものだ。
しかし、昨日ケン殿に出合いあの娘は、自由に生きるという道を見つけたようなのだよ。
親としての願いというのかのう…いや、我が子可愛さのワガママかも知れないが、どうかこの通り。」
と再び頭をさげる。
親心は痛いほど解るが、女心というのか、なぜこうなったのかが未だに整理がついていない。
しかし、良く考えると、女性の心なんて理解出来た試しがないから前世で嫁と娘に出て行かれたのだろう。
なので僕は、考えるのをやめた。
僕は、老師に
「僕も捨て子でした。
しかも、兄弟全員捨て子です。
そんなウチの子になるのならば僕はシェリーさんを受け入れます。
まぁ、数年修行して、『やっぱり違うな』と思ったらドットの町のダント商会の会長の兄にでも手紙を渡してくれたら僕まで届きますから。」
と伝えると、
「感謝する。」
と言って老師はホッとしたように笑ってい、その後、暫く老師と軽い組み手をしながら過ごした。
まるで結婚の挨拶に行った時の義父と義理の息子の対面の時の様に少しぎこちない語らいでもするような時間が流れ、その日の夜はあまりにも疲れてしまい、見張りの順番をトールが変わってくれたらしく、明け方まで眠ってしまった。
明け方飛び起きて見張りに参加しなかった事を謝罪すると、兄弟子さんが、
「師匠と何時間も組み手すりゃ、俺なら3日は起きれない自信があるぜ。」
と笑って許してくれた。
ちなみに、この日の夕方に、ドットの町で見た乗り合い馬車を追い抜いた記憶もないし、食糧補給で立ち寄った村でも見かけなかったのだが、
その理由が、銀の拳のメンバーの馬車旅は、夕方は早めにキャンプをして稽古、翌朝も早起きして軽い朝稽古をしてから出発しているので、
『これは、乗り合い馬車に追い付ける旅のペースでは無い!』
と、この瞬間に気が付き、
『もしかして、次の日に出る乗り合い馬車の方が早くないか?』
と考えつつ、本当にこの銀の拳さん達の荷馬車に乗せられた事が自分にとって良かったのか悪かったのかと自問自答を繰り返していたが、ニコニコ笑うシェリーさんが視界に入り、
『ある意味、運命だったのかな?』
という結論で自分会議を閉会した。
そんな旅をしていた6日目、事件が起こる。
あと少しでココの町に着くであろう峠で破壊された荷馬車と数名の死体が打ち捨てられていたのだ。
これが転落事故ならば少ないとは言え旅人や行商が通る道、助ける者もいただろう、しかし、その馬車は馬魔物も無く荷馬車単体で道の脇に落とされて、幾つかの死体は確実に刃物で切られていた。
この世界には武器を使う魔物はいないらしいので、残念ながら人間に殺された事を示している。
つまりは盗賊の仕業…旅人や行商が助けもせずに足早に駆け抜けるのも仕方ないとは言え、襲われて間もない馬車を見つけてしまったからには黙っていられない…
それは、銀の拳のメンバーも同じだったようで、老師が、
「馬車を近くに止めて三人は馬車の警護に当たれ、賊がいる恐れがあるから気をつけて、あとの三人は生存者の確認を!」
と指示を出したあと、
「ケン殿はどうする?」
と聞かれたので、僕は、
「行きます。」
と答えて、トールには馬車の警戒を任せ、2メートル程の段差がある道の脇の林に飛び降りて、倒れた人を確認していく…
『斬られた後に投げ捨てられたのだろうか…』
と思うと悲しい気持ちになり、この世界が少し嫌いになった。
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