第62話 トールの登録なのにお約束は…
時間というモノは残酷なぐらいに正確に流れ、遂にトールが旅立つ日がやってきた。
といっても、ドットの町にすらビビるトールを大都会であるココの町に一人で送り出すのは可哀想なので、僕もトールと一緒に行って、合格発表などを見届けてから戻る予定で旅支度をした。
まぁ、マジックバッグだから何時もと同じ格好ではある。
家の事はカトル達が分担してくれるし、トトリさんやエリーさんも気に掛けてくれるので心配ないし、本業の何でも屋もそろそろ畑作りの手伝いのシーズンだが、馬用の農具を装着したギンカが軽くおさんぽ感覚で畑を往復すると耕され、サーラスとギースが身体強化の修行とお肉集めの狩りでレベルが上がり、並みの大人以上の働きを見せていたので、春まで留守にしても大丈夫だろう。
あと、カトルは最近リントさんと一緒に集落の外で畑を作っている。
ブラッドベアの時に使った先祖から教わった麻痺毒の矢が余り効果がなかったのが悔しかったのか、リントさんが「毒草を栽培します。」と宣言したからだ。
お肉を食べる為に狩りをする狩人が毒まみれの肉を卸す訳にもいかず、早く効いて、直ぐに消える毒が良いのだが、今回の様に大きめの敵に対応できなかったので、毒性の強い物や麻痺だけでは無い毒を研究するのだそうだ。
まぁ、丸太置き場の隣で毒草畑をつくり、虫除け草や殺虫草も育てくれるらしいから、匂いを嫌がり丸太置き場の虫魔物が減ってくれたら嬉しいかな…と、そんな感じで、集落は順調に動いている。
卵鳥も新居で卵を温めはじめたので帰る頃には数が増えているだろう。
卵鳥のペアは住む場所が変わってストレスだったのか卵をなかなか産まないと悩んでいたのだが、何の事はない、馬小屋に寝床をつくり放し飼い状態だったので、僕の知らない所で生んで、レオおじさんにおいしく召し上がられていたことが判明した。
レオおじさんは鳥の卵も好物らしく、
「庭先に産んで温めてなかった卵が、有ったから…」
と犯行を認めたレオおじさんには、罰として僕が留守中のベーコンの納品業務をお願いしておいた。
これでシンディーさんとの約束も守れたし、あとは、エリー商会の石鹸工房の従業員の送迎用の馬車をいいもの製作所に依頼した。
やはり片道一時間ちょっとだが、毎回整備のされていない田舎道をガタガタと走るのは可哀想なので、板バネ式の通勤用の幌つき馬車を提案しておいた。
ちなみに代金はエリーさんが持ってくれたから問題ない。
既にエリー商会はマダム・マチルダシリーズの石鹸で、潤っているし、マチ婆ちゃんも有名になり、最近、弟子入り希望の何処かの貴族の娘さんの話が出ているらしい。
あぁ、マチ婆ちゃんに取り入って、マダム・マチルダの石鹸を優先的に手に入れたいのだろうが、そんな腹を見透かしたマチ婆ちゃんは、
「もう歳で、弟子を取るのをやめてたのに最近可愛いのが二人も弟子になったからもう手一杯さね。」
と、断ったそうだ。
そして本日、一回目のベーコンの納品に向かうレオおじさんの操るギンカ号に揺られながら、母や兄妹に見送られ涙を流すトールを見つめ、子供の成長の早さを感じながら出発た。
翌日の昼間、ドットの町の冒険者ギルドの前で下ろしてもらい、レオおじさんに、
「気を付けてな!がんばれ!!」
と励まされたトールは、
「はい!」
と、いい返事をして、僕はレオおじさんに、
「じゃ、おじさんも気を付けて」
というと、レオおじさんは、
「大丈夫だ集落まで一人で帰れる。」
と言っていたのだが、一人で帰れるかではなく、夜の狩場から無事で帰れるかの心配なのである。
そんなレオおじさんと別れ、冒険者ギルドに本当に久しぶりに立ち寄ると、
「嘘、音速の…」
「本当だ!」
との声がする。
トールの登録をしている間も、ヒソヒソと何か囁かれあまり気分の良いモノではない…
ついには、トールにまで、
「師匠って、何かやらかしたんですか?」
と、あらぬ疑いまでかけられる始末に、ションボリしながら、
「うん、何でもないし、何も悪さは…してない。」
と答える。
少し間が有ったのは、牢屋に入ったのは悪事にカウントするかどうか悩み、一旦目を瞑り『していない』な判定で押しきる覚悟に要した時間である。
登録も終わり、冒険者ギルドの中のクエストボードを眺め、トールと一緒にマジックバッグの中の獲物を求める依頼が無いかを確認すると、
森狼の毛皮十枚の納入と、ブラッドベアの肝の納入依頼が有ったので、カウンターで依頼を受けようとすると、以前僕に『危ない依頼を受けるな!』と遠回しに注意してくれた女性職員さんだった。
もう、既に何か言いたそうな顔で、
「こちらの依頼でしょうか?!」
と、後半すこし語気が強めだったが、僕は元気な子供みたい首を大きく縦に振り、
「うん!」
と無邪気に答えると、職員さんは呆れながら、
「失敗したら違約金が発生しますし、ブラッドベアは急ぎですので、報酬が高い分、違約金も高いですよ。」
と注意されたので、僕は、ニッコリ笑い、
「既に持ってたりなんかして…」
と鞄を叩くと、女性職員さんは、
「噂は本当だったんだ…駆け出し冒険者の音速のGは、神から祝福を受けた聖人で物凄い実力者だって…
ただの噂と思ってたけど、それが噂の神様鞄な訳?」
と聞かれ、
「マジックバッグですよ、滅茶苦茶入るアイテムボックスみたいな感じですかね。」
というと、職員さんは、
「では、直接解体場に行ってブラッドベアをお願いします。肝は鮮度が命なので。」
と言って裏手に案内された。
馬車で納品する窓口の奥の空間で、
「では買い取り依頼の品を」
と解体担当の職員さんに促されるままに、トール名義の角ウサギや森ネズミを山の様に積み上げた。
実はまだ角ウサギがマジックバッグの中に有るが、凄く嫌そうな顔を解体担当のおじさんがしたので出すのを止めて、続いて二人名義の沢山の森狼とブラッドベア二匹をズドンと出してやると、解体担当者は勿論ギルド職員の女性にも呆れられ、
「解体と計算に…一日くれ」
とだけ言われ、木札をもらって宿屋を取りに行くことにしたのだが、なんと、ギルドの買い取りの為に一日の時間を待たせる場合、ギルド指定の宿屋が半額になるサービスがあるらしく、トールと二人で冒険者ギルド横の宿屋に向かったのだが、チェックインをしている時に、
「よう、Eランクの偽物が!!」
と、よく分からない因縁を付けられてしまった。
暫く無視を決め込んだのだが、
「何が音速だ!この俺、高速のゴードン様こそGを名乗るのに相応しい!!」
とか騒いでいる。
『G』の屋号に未練もないし、宿屋の主人も嫌そうな顔をしてるので、
「あぁ、欲しければどうぞ。」
とだけそのゴードンさんに伝えて部屋に向かおうとしたのだが、
「お前なんかより兄貴の方が強い!」
「ドット最速は兄貴っすよ!」
と聞いたことのある声がして振り向くと、暴力で顔をジャガイモみたいに変えられた、名前すらまだ聞いていない小太りと糸目の冒険者が、高速のゴードンとやらの仲間引きずられて現れたのだ。
話をまとめると、前々から「音速のG」と呼ばれていた僕の噂を気に食わなかった他の町から流れてきたこちらの小柄な青年の、Dランク冒険者のゴードン君…通称なのか自称ななかは知らないが「高速のG」という丸カブリな2つ名の持ち主が、
先ほど僕を見かけた駆け出し冒険者が、自称子分の小太りと糸目に、
「音速のGさんが冒険者ギルドに来てますよ。」
と報告しているのをたまたま聞いてしまい。
「おい、ソイツの所に案内しろ!」
と絡んだのがきっかけで、小太りと糸目と喧嘩になり、現在に至るということらしい。
正直、音速のGの2つ名に執着も愛着もないが、僕を思って戦った小太りと糸目の心意気は汲んでやりたい。
しかし、こういうのって、冒険者登録をしたての人間か絡まれるってのがお約束でしょ?
なんでまた僕なのだろう… と落ち込む僕をトールが心配そうに僕を見るので、
「大丈夫だよ。」
とだけ言って迷惑にならない様に外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます