第61話 めでたい話ではあるけれど

集落の近場の森のボスともいえるブラッドベアが縄張り争いをしなくなるどころか二匹揃って仲良く居なくなり、森の獲物がまた前のように帰ってきた。


むしろ、怖いブラッドベアが居なくなったので中途半端にイキり散らかした森狼などが我が物顔で今は幅を利かせてるようである。


冬ごもり用の肉は、リントさんのアシスタントにカトルが付き、ミロおじさんとレオおじさんにはサーラスとギースの身体強化組が付いて、鹿や猪の魔物をメインに倒してくれているので十分に確保できており、僕とトールは別行動でイキり散らかした狼達の駆除をメインにしている。


あのブラッドベア狩りでトールはレベルアップしたのか、魔力が満タン状態で三回程度、アースウォールという幅1メートルの高さ2メートルの土の壁を生成出来る様になった。


しかし、狩りの時に小石を飛ばすのにも魔力を使うので、実戦では一回程度しか安定して使えないようだ。


だが、これで入学試験の時にアピール出来る魔法が増えたのは有難いし、入学後の冒険者活動も楽になるだろう。


しかもトールは槍の技スキルも身につけたらしく、風切り音がするぐらい素早い突きを繰り出せるようにもなっている。


ちなみにだが、トールは現在、二代目の槍を購入して使っている。


初代の首の曲がった槍はお父さんの仇を仕留めた槍として、トールの家に魔よけ代わりに飾ってあるのだ。


ベントさんが、初代を直すついでにをブラッドベアの牙等を使い強化しようか? と提案してくれたのだが、トール本人が、


「お父さんの仇の素材を使った武器に命を預けるのは…」


と言っていたので、ベントさんの鍛治屋の倉庫に有った槍のパーツを出してもらい、木工職人のプギーさんが選び抜いた木材を磨き上げて、ソコにベントさんが作った槍の刃などのパーツを取り付けて、仕上げにタクトさんがニチャニチャコートしてくれた特製の槍である。


命名『ニチャ薙ぎの槍』は集団でニチャニチャに囲まれても、奴らの粘液でニチャニチャする事無くニチャニチャを薙ぎ払える(木製パーツの部分のみで刃先はコーティングされないので粘つく) という効果を持つ槍である。


そして、ニチャニチャコートは優秀なので、少々狼の牙を受け止めてカジカジされても大丈夫であり、現在も森狼達をトールはニチャ薙ぎの槍で蹴散らしている。


そんな訳で、現在マジックバッグは狼を含めて獲物がいっぱい入っていて、来年2月にドットの町でトールの冒険者登録をして、獲物を売り払ったらその足で受験へと送り出す予定にしている。


乗り合い馬車でココの町に向かい2月の末に受験をして、合格すれば三月の内に入寮で4月から学校となる。


あと、3ヶ月足らずで可能であればトップで通過させてやりたい。


幸い我が家にはアルが使っていた過去問題集があり、現在のトールの模擬テストの点数が70点前後なので、よっぽど何かがない限りは合格は出来そうである。


あと数日、12月に入れば肉集めも終了し、冬ごもりが始まる。

そうなると、冬の手仕事の時期であり、今年の僕の予定は、卵鳥の小屋の制作と、子供達(特にトール) の学力アップに使うと決めている。


あとは、僕の使わなくなった荷車を綺麗に手直ししてカトルにプレゼントでもするかな?

などと考えながら最近めっきり手応えを感じなくなった森狼をニチャニチャコートの棍棒で打ちのめし、


「トールいくよ。」


と言って蹴り飛ばし、トールがトドメをさす。


この世界の経験値のルールを知らないが、何か倒した人がいっぱい貰えそうな気がするので、トールに譲っているのだが、端から見れば弟子に押し付けている様に見えるかもしれないので、狩りが終るとマジックバッグからお茶等を出して、ちゃんとトールを労う。


トールは、


「師匠、なんか気を遣わせてるみたいなので…」


と拒否するのだが、


「ええぃ!黙って労われるのだぁ!!」


と、サーラスが、カトルと協力して作った角ウサギの腸に、タックルボアのひき肉とスパイスを混ぜて詰めたソーセージ試作第一号で作ったホットドッグも出してやった。


僕も並んで食べたのだが、燻製具合も上手で実に美味しい。


サーラスは益々燻製が上手くなるし、最近では燻す木材にもこだわって、ミロおじさん達の枝打ちのアルバイトの時に切った木材を銘柄毎に倉庫に一部仕舞っている。


ベーコンも、最近味が一段と上がった様で、お客さんがベーコンを求めて来ると、セクシー・マンドラゴラ姉さんもベーコンの納品に行った時に喜んでいた。


ちなみにだが、何だかんだで村長達はあの刺激が忘れられずにミロおじさん達も誘いあれから後も何度か夜の狩場に飲みに行ったそうだ。


そして、シンディーさんが、レオおじさんがバッチリ好みのタイプらしく、また来て欲しいと言っていた。



そんな年の瀬を過ごし、卵鳥の小屋が完成した1月のある日に、とても嬉しいニュースが飛び込んできたのだ。


それは、ニック様の出世である。


昨年の冬は長く、ここより遥か北の地域では作付けの遅れに、天候不順が重なり小麦等を中心に深刻な食糧不足になる地域が多かったのだが、ファーメル家から出された種芋倍化法を使い、中央から種芋を送りギリギリ今年の冬前に沢山のジャガイモが収穫出来たらしく、北部の貴族の方々の後押しもあり、なんと、ニック様は辺境伯領地の町の代官でありながら、国王陛下より直接『男爵』を賜ることになり現在は王都で行われている新年のパーティーに参加しているそうだ。


辺境伯様は部下を貴族に任命出来る権利を国王陛下からもらって、その枠内で貴族を割り振っているが、ニック様は国王陛下の指名で男爵となるので、辺境伯領の男爵よりも、ちょこっと上等に見える。


ニック・ファーメル男爵の誕生であり、飢えが凌げた北部の民は、この冬お世話になっているジャガイモを男爵芋と呼んで感謝してるらしく、パーティーに同行したピーターさんからの念話で聞いた話をファーメル家の別荘の管理をしている配下の方が教えてくれたのだ。


まぁ、北部の貴族さんが味方になってくれるから、田舎貴族と馬鹿にされることも無いだろう…男爵芋なら良いが、語呂が良いからとあんな頑張り屋なニックさまが、芋男爵などと中央のお高くとまった貴族に馬鹿にされるのは気の毒だからな…

この世界に醤油やみりんがあれば、肉じゃがでも作って、ニック様の料理として広めたのに…ジャガイモで出世したニック様のニックじゃがとして、学生さんなどに人気が出そうだ。


しかし、出世は大変おめでたいが、気になる事が無い訳では無い…それは、ニック様のお兄ちゃんの準男爵の次男坊が、今までニック様やドットの町にちょっかいをかけなかったのは、自分より下な騎士爵だったからと、ドットの町の規模が自分が滅茶苦茶にしている町より小さいから見下していたからで、ニック様が男爵になったら次男坊の嫉妬の的にならないかな?

あー嫌だ嫌だ、お貴族様ってだけで面倒なのに、嫉妬深い男って…ニック様も厄介なお兄ちゃんを持って可哀想だが、だけど、それよりも可哀想なのは我が弟のアルである。


ミリアローゼお嬢様が騎士爵家のお嬢様だったから、ド平民の我が家のアル君にも、もしかして万が一のチャンスがあったかもしれないが、


ターゲットは重度のお兄ちゃん好きなだけでもハードルが高いのに、男爵令嬢となればもう無理かもしれんな…

すまんお兄ちゃんではどうとも…と、遠い空の下にいる弟に思いを馳せながら、今晩の晩御飯のポトフモドキをコトコトと煮込んでいるのだった。

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