第59話 レベル上げと森の異変
季節は秋本番、隣村の畑の収穫の手伝いの依頼も家族総出で無事に終わり、いよいよ冬に向けての準備が始まっている。
シータちゃんとナナちゃんは集落の端にお兄ちゃん達におねだりして花壇を作ってもらい、花が咲くのを楽しみにしているのだが、しかし、そんなお花達は一部種を取る為に残し、あとは咲いたはしから摘み取られて、香りを抽出される運命である。
ギースはミロおじさん達に弟子入りして、身体強化をマスターするべく頑張っている。
一才年下だが、姉弟子というポジションのサーラスもギースに身体強化を教えようとするが、
「こう、グッとしたら、ガッとなるよ。」
と、あまり参考にはならないアドバイスをしている。
さて、問題はトトリさんから進学について許可がでたトールなのだが、トトリさんからは、
「たとえ入学しても毎月の学費は休みの日に狩りに出て稼げるぐらいに努力しなさい。」
という課題が出されている。
アルの話では、週に2日は休みがあり冒険者と二足のワラジで頑張る生徒も珍しくないのだとか…まぁ、アルの魔法は戦闘向きではないのでそんな生活は難しいが、トールならば鍛え方次第では可能性がある。
トトリさんは、トールに、
「あなたは凄く恵まれています。
ケンさんがあなたの進学を後押ししてくれて、学費も用意して頂けると言ってくれましたが、自分の力で出来る事は頑張らないと駄目ですよ。」
と諭していた…という事もあり、僕も生まれて初めてになる本格的な狩りに森に来ている。
肉集めの為のくくり罠での狩りでは無くて、レベル上げを目的とした冒険者の様な狩りする事にしたのだ。
と言ってもニチャニチャではない、何故ならばトールは毒も消化粘液もバッチリ食らうので、タックルボアというと猪の魔物を探して森をうろつき、タックルボア以外でも倒せそうな奴は片っ端から倒して、マジックバッグの肥やしにして、トールが12歳になる2月以降に冒険者登録をしてから換金してお金とポイントを稼ぐ事を目指している。
タックルボアは、見つたら背中を見せると襲いかかる習性が有るので落ち着いて対処すれば数が倒せる獲物であり、何故に罠を使わないかというと、実際に魔法学校に行くようになれば、休みの日のみの稼働の学生冒険者には罠師の戦い方では効率が悪いからである。
トールの使える魔法は土操作という、魔力を練り込んだ土玉や小石の軌道を変えるという基本の物で、あくまでも軌道を変えるだけなので、飛距離はトールの肩の強さに比例する。
だからまずは投石のフォームから指導し、近所の小型魔物からスタートして徐々に森奥に進む。
タックルボアは集落周辺に良く居る魔物なので、探すのは特別難しく無く、一日で2~3匹は狩れる。
昼は狩りで夜は勉強の毎日を続ける事5日目、あからさまに獲物が減っている事に気が付く、小型魔物も少ないし、タックルボアの成果はゼロだった。
「そんな日も有るさ。」
と言いながら帰った集落で狩人のリントさんも、
「ケン君、森がおかしいんだ…」
と首を傾げていた。
「どうおかしいんです?」
と聞くと、
「魔物が怯えているみたいで、警戒状態でほとんど罠に掛からないんだ…もしかしたら何か強いヤツが森の奥から出て来たのかもしれない…」
と答えるリントさんの言葉に、
「ヤバいヤツですか…お肉集め止めて様子を見ますか?」
と、提案すると、リントさんは、
「う~ん、全く足りないんだよねぇ…お肉…」
と困っている。
しかし、お肉が足りないという会話を聞いて黙って居ないチームがある…サーラス率いる身体強化チームである。
「えっ、肉…」
と落ち込むサーラスを見て、ミロおじさんは、
「何が居るからを確かめて、大丈夫そうならば、集落総出でパッと殺らないか?」
と提案し、レオおじさんも、
「サーラスは兄貴と二人で守るから、サーラスの『索敵』も使って森を調査してみようぜ!」
と言って、状況を理解しているか怪しいギースが師匠達の言葉に頷いて、サーラス本人も『任せて!』みたいに胸を張っているのを見たリントさんが、
「調査はしてみますが、実際にヤバいヤツだったら今年の冬は、木の実や畑の野菜をメインにして、角ウザキや森ネズミを集落周りで狩って過ごしましょう。」
と提案してくれて、皆も納得したので、翌日からサーラスの索敵を頼りに森の獲物をビビらせている敵を探す事にした。
その日は自宅で、辺境伯様の所で練習した柔らかいパンを焼いて、サンドイッチを量産した。
誰にも教えていない我が家の秘密のレシピである『クリーン』をかけた卵を使ったマヨネーズたっぷりの蒸したウサギ肉のスライスを挟んだハムサンド風のロールパンサンドだ。
それを紙にくるみマジックバッグに次から次へと放り込む。
これで、現地で火を使わずに食事が出来るので、かなりの時間短縮になり偵察範囲も広がるはずだ。
偵察班はリーダーのリントさんと、索敵スキル担当のサーラスにサーラスの護衛のミロおじさんとレオおじさんに、食糧と、もしも鹿や猪が獲れた場合の運搬担当の僕、そして、トトリさんが心配しつつも、
「あなたもしっかりお役に立ちなさいよ…でも無茶だけはしないでね…」
と送り出してくれたトールの六名のパーティーでの行動であった。
カトルと、ギースは今回はお留守番を頼み、集落を出発していつものキャンプ地を目指す。
道中でサーラスが、
「近くに居る獲物はじっとしてるみたい。
巣に隠れてるのかも…」
と言っていた。
リントさんも、
「獣道を通った新しいそうな足跡も無い…」
と、発動していない罠を見て唸っている。
ミロおじさんが、
「こりゃ、熊魔物でも彷徨いているのかもな…」
と言った瞬間にトールの体が強ばったのを感じた。
そう、彼らの父親は熊魔物に殺されたのだ…熊魔物と聞いてビビらないはずは無い。
ゴクリと唾を飲み込むトールは、自分を落ち着けるように「ふぅー」と鼻から息を吐き、「よし!」と小さく気合いを入れていた。
キャンプ地にて拠点を構え、いつもとは違う森の雰囲気に警戒を強めつつ長い夜を過ごし、翌朝一番に再び森の更に奥を目指し突き進むと、サーラスが、
「いる、あっち、戦ってる!」
と指さしている方向から、「がぁあぁぁぁ!」という獣の声が聞こえる。
サーラスの言葉が単語になってしまっている事から、かなりヤバいヤツの 反応が有ったのだろう。
レオおじさんは、声を聞き、
「熊だ、しかも複数いる…間違いねぇ。」
と言って、ミロおじさんもコクりと頷く…熊獣人のおじさん達が言っているのだから間違いないだろう。
リントさんが、
「熊魔物2体…厳しですね…」
と呟くが、サーラスが、
「でも、戦ってるよ。」
という。
確かにお互い熊が殴りあって、ボロボロで土手の上で「おめぇ、強いな…」などと青春していてくれていたらチャンスではある。
リントさんは、少し悩んだ後に、
「よし、遠巻きに様子を見ましょう。」
と言ってサーラスが示した方向へと音をなるべく発てない様に進んで行くと、森の奥の窪地で血の様に真っ赤な毛の熊が2頭が戦っていた。
縄張り争いなのか、はたまた何か気にくわないので喧嘩をふっかけたのかは知らないが、血の様に赤い毛をした熊は実際に地面に血溜まりを作りながら、お互いの爪や牙を使い、命を削り合っていた。
ミロおじさんが、
「ブラッドベアだな…」
と呟く、リントさんは、
「毛の色でわかりにくいが、あの一回りデカい方がかなり優勢だな…」
と分析している。
僕にはよく解らないが、経験豊富なリントさんは勿論、視力も強化出来る獣人チームは、この距離でも、傷の具合が解り、かなり頑張っているが片目のブラッドベアの方が優勢で、あの血の量であれば、もうすぐ決着が着くことを教えてくれた。
しかし、僕は片目の熊と聞き、ある事を思い出しトールを見ると、彼もその答えにたどり着いたらしく、
「お父さん…」
と小さく呟き涙をながしていた。
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