第57話 変わりゆく集落

滅茶苦茶疲れた…

帰りの馬車でも、興奮気味のファーメル家の方々の話し相手になりようやくドットの町まで帰ってきた。


往復一ヶ月の大旅行になってしまったが、結果としては大成功だといえる。


料理はポルト家の方々にとても好評で、あの贅沢なチーズパスタはわざと客前で作るパーティーの余興にオススメしておいた。


辺境伯家に料理を教えるというニック様からの依頼は無事に終了となり、レシピの事について色々決めなければ成らなかたのだが、下手にレシピを公開すると他家に情報が漏れて辺境伯家のパーティーでのインパクトが薄れる心配があるので、もう、まとめて辺境伯家のレシピとしてプレゼントしておいた。


ただ、僕のわがままとして、柔らかいパンが町のパン屋で手軽に買える様に数年後に一般公開して欲しい事と、

ハンバーガーの権利はマイクさんにあげて欲しいとお願いしておいた。


マイク料理長は研究熱心なので、いずれは僕の知るハンバーガーにたどり着き、なんなら、ビックマイクやチキンマイクナゲットなどを提供するMのマークのハンバーガーショップでも作ってくれたら最高だという淡い期待を持っている。


辺境伯様から、


「それでは対価に何を希望する?」


と聞かれたので、僕は、


「とりあえず、家族仲良くして、僕らが安心して暮らせるように頑張って頂けたら十分です。」


と言って帰って来たのだ。


帰りの馬車で、ニック様には、


「父上は、大金貨百枚と言われた方がマシだったかもなとボヤいておられたぞ!」


と楽しげにされていたし、エリステラ様も、


「あんなに仲良さげに話すサフィア様とカトリーヌ様を見たのは初めてですわ。

お二人で誰をまずは取り込むかと…」


と、奥様達の悪巧みを楽しそうに話してくれた。


ファーメル家のお二人にはとっては実りある帰省だったようだが、僕としてはココの町でアル会えたのだけが収穫だった。


アルは特待生として楽しくやっている様で、まぁ、使える魔法が魔法だけに実力では一般生徒の中に埋もれてしまうが、お勉強が苦手なギリギリ合格組からは神の様に崇められているらしく、休みの日にはその子達と狩りに行ってレベルを上げているらしく、ここ半年足らずで少し逞しくなった様に見え本当に心から嬉しい気持ちになった。


まぁ、得るものは少なかったが、今回の事で辺境伯家が団結して、領地の統治をしっかりとしてくれたらシモジモの民である僕やご近所さんが気楽に生活出来れば言うことなしである。


ファーメル家のお屋敷で、


「ケン殿、この度の依頼の成功報酬です。」


とトレーを手に爺やさんが現れ、上の布を取ると、なんと、今回の報酬は小金貨5枚だったのだ。


慌てた僕は、


「辺境伯様に、レシピの代金は要らないと格好をつけたのに、こんなに頂いては…」


と、辞退を申し出るが、ニック様は


「いやいや、あのレシピに正当な代金を払うならば大金貨がその倍の枚数でも足りない。

それは、一ヶ月そなたを拘束した分の正当な報酬である。

どうか納めて欲しい。」


と言われ、僕は、


「いやいや、準備金として小金貨一枚を既に頂いておりますし、貰いすぎですよ。」


と食い下がったが、


ニック様が、


「ならば、厄介な母上達の仲を取り持った褒美として、そなたに与える物とする!

ほれ、これで貴族からの褒美だから断れぬだろう?」


と、イタズラっぽく笑うので、仕方なく『有り難く頂戴いたします。』と言って受け取った。


本当をいうと、もうお金の必要があまり無く、なんならこんな大金を手にしてしまうと、何でも屋の仕事を怠けてしまうのでは無いかと考えてしまう。


やりがいの有る仕事だから金額では無い、しかし僕は前世で、嫌な事があると酒に逃げたダメ人間でもある。


あぁ、一ヶ月で小金貨五枚稼いだのに、今日は朝から働いて大銅貨三枚か…などと一瞬でも頭を過れば自分が嫌いになりそうなので怖い…

だが、そんな事をニック様に話しても仕方ないので、無い物としてギルド銀行に放り込んで帰る事にした。


集落までは、またファーメル家が馬車を用意してくれて1泊せずに夜通し走り翌朝には到着したのだが、

これは僕の知っている集落では無い…


馬車を降りて門を開けると、手前はよく知るウチの集落であるが、奥の左右にドットの町でもなかなか無いぐらいに立派な建物が建っていて、そして、なぜかトトリさんと三人の子供達まで集落に居るのだ。


入り口の門のところでボーッと集落の中を眺めていると、カトルが僕を見つけて、


「あっ、ケン兄ぃお帰り」


と、手を振って近づいてくる。


色々聞きたいが先に馬車の御者さんに御礼をしなければと思い、


「送って頂きありがとうございます。」


と頭をさげると、御者台の二人が口を揃えて、


「いえいえ、お館様に呼ばれた時は何時でも声をかけて下さい。」


と言って、集落の奥の建物へ向かって行った。


もう、プチパニックである。


迎えに出て来てくれたカトルに話を聞くと、この一ヶ月で、色々な事が変わったらしい。


まず、技術訓練出来ていたココの町の大商会の職人さんが帰った事で、我が家が新築物件へと引っ越しし、それにより空き家になった我が家へ、家庭教師に来たトールが泊まったのだが、翌日帰ると弟や妹も泊まりたがり、一度トトリさんも来て皆で泊まったらしい。


するとエリーさんが、トトリさんに「石鹸工房のお手伝いをお願いしたいし、どうです?集落に引っ越してきてくれませんか?」とスカウトしたとの事で、いずれは新築物件を建てるらしいので、仮住まい的な感じで旧我が家で暮らしているのだと…


『トトリさんはお洋服屋さんをしたいのでは?』


と疑問に思っていたが、エリー商会の衣類部門と兼任らしく、エリー商会の中の居住スペースに引っ越したリントさんとエリーさんの元のお家が、社員寮てきな場所になり、チェリー号か、ウチのギンカ号三日に一回職員さんを乗せて隣村まで行き来して、交代制で石鹸を作っているそうだ。


そして、現在石鹸工房には三人の職員さんが、同じ可愛らしい仕事着で石鹸の製造に励んでいる。


僕の知らない間にお隣さんちは完全に商会として機能しているようだ。


そして、先程の御者さん達だが、ファーメル家から派遣された駐在員的な方々らしく、


カトルの話ではどちらかが念話のスキル持ちらしい…何かあればファーメル家に僕が呼び出される未来がみえるよ…


しかし、トトリさん家が越してきて、カトル達は話し相手と、家庭教師と何でも屋仲間が増えて楽しそうだ。


ギースも


「こっちの方が薬草が沢山ある!」


と喜んでいたらしく、まぁ本人達が良ければ問題は無いのだけれど…と、そんな事を聞かされながら新しい自宅に戻る。


前の実家より少し広くて、こちらの家にも風呂が有る。


ニック様に蜂の巣退治のご褒美で建ててもらったが、何だか悪い気がする立派な作りに、居心地の悪さを覚えてしまう。


しかし、中の家具は見知った物で、いつものテーブルに座ると、ナナちゃんが、


「とーちゃん、お帰り。」


と言ってお茶を出してくれた。


そこでやっと、『帰ってきた!』と実感して、ナナちゃんに、


「ありがとう。」


と、礼を伝え、お茶をすするとナナちゃんが、


「とーちゃん、次はいつドットの町に行きますか?」


と聞いてくるので、僕は、


「さっき帰って来たばかりだから、当分行かないかな?」


と答えると、ナナちゃんは困った顔をして、


「それでは間に合わない…」


と悲しい顔をしたので訳を聞くと、もっと石鹸を量産したいが、香りの抽出が間に合わず、シータちゃんも正式にマチ婆ちゃんに弟子入りして、抽出を習ったけど機材が足りないのだとか…


「とーちゃん、ねぇ、とーちゃん。」


と袖を引きながらおねだりするナナちゃんに、抗える訳もなく、


「よし、錬金ギルドに行ってくるよ。

ナナちゃんは師匠からの紹介状もらった?」


と聞くと、ナナちゃんは、


「はい、」


と、紹介状をすぐさま渡して、ニコリと笑った。


あぁ、おねだり上手に育っちゃいそうだな…と心配になりながらも、ギンカで旅仕度をしていると、トールが、


「えっ、師匠、今戻られたのでは?」


と驚いているが、僕は、


「野暮用でドットまで行くんだ…

あっ!装備を買う約束だったね一緒にいこう!」


と、トール君を生け贄…いや、旅のお供に誘った。


しかし、トールは、


「えっ、良いんですか?母さんに聞いて来ます。」


と嬉しそうに走って行った。

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