第56話 酒飲み男のボッチ料理
あれからダダっ広い部屋で男性陣で暫く話している。
辺境伯様はご機嫌で部屋の端に控える近衛騎士団の方々に、
「今、この部屋でされた話は他言してはならぬ、皆も平和が続いた方が良かろう?」
と話し、楽しげに笑っているところに湯上がり艶々髪のサフィア様と、カトリーヌ様が現れ、
「何がそんなに可笑しいのかしら?」
と辺境伯様に問いただしている。
辺境伯様は変な汗を垂らしているので、僕は仕方なく
「聞いて下さいまし奥方様、辺境伯様は、『あのような食材で髪に艶が出るなど…』と申されて、笑われていたしだいで…」
とわざとらしく泣きついてみると、
「なっ!」と、僕の裏切りを恨む様な目をした辺境伯様は、
『旦那様!』
と奥方様達に叱られていた。
カトリーヌ様が、
「ご覧になられませ、この艶やかな髪を!
これに気づかないとは… 」
と呆れながら詰め寄り、サフィア様も、
「先ずはケン様に謝るべきです。」
と言ってくれ、辺境伯様は、納得はしていないが仕方ないので、
「すまん…」
とだけ言っていた。
その後、奥方様は二人して、如何にこの手入れ方法が素晴らしいかを話している。
そして、サフィア様は
「この髪の御手入れ方法はエリステラさんも?」
と聞くので僕は、
「私はこの秘密の技術をお二人だけにお教えしました。
それは、お二人にこの辺境伯領を導く為の翼になって頂きたいのです。」
と切り出すと二人の奥方様は勿論、辺境伯様まで息を飲み僕の話を聞く体制になる。
僕は、
「ニック様からも話を伺い、この辺境伯領が中央貴族の方々からやや下に見られている事…そして、辺境伯領内にも派閥が存在する事…
私は悔しいのです!
私達兄妹はもれなく全て捨て子でございます。
地図の上では辺境伯領となっておりますが、王国法も届かぬ無法の土地…
捨てられた事に今は文句を言うつもりは御座いません。
ただ、こんな無法の地の住人でも辺境伯領と運命を共にしている民でございます。
辺境伯領に強くなって頂きたいのです。」
と訴え、奥方様二人に、
「美は女性の武器にございます。
ただ、バラバラでは意味をなしません。
お二人にはこの技術で、辺境伯領の女性をまとめ上げて、軍を作って頂きたいのです。
武力で敵を倒すのではなく、美の力で辺境伯領を強い領地へ!
奥方様お二人が一対の翼となり、中央の女性陣もひれ伏す美の伝道師となるのです。」
というと、奥方様二人はお互いを気まずそうに見つめた後、
「どうすれば?」
と聞いてくるので、
「まずは、領地内の女性をまとめあげ、女性陣…それこそメイドに至るまで艶々にして、中央の方々にパーティーの時に見せびらかせば良い。
女性陣が一枚岩になれば、他領どころか王族の女性陣も仲良しになる事も簡単かと…」
と答えると奥方様は不適な笑みを浮かべ、
「サフィア御姉様」
「えぇ、カトリーヌさん」
と今度は何かを決意した様に見つめ合うとそこに、艶々髪のメイド長が現れ、それを見たサフィア様が、
「モアナメイド長、貴方も仲間に入りなさい、それとすぐにエリステラさんを呼んで来て下さい。
作戦会議です。」
と言って三人で部屋から何処かへ行ってしまわれた。
辺境伯様は、
「聖人殿はこの地に争いを呼び込むおつもりか?」
と呆れているので、
僕は、
「争いは既に起きておりますよ。
辺境伯様がもっと自信と勇気を持てば全てが上手くいく筈です。
敵をしっかり見つける事が出来れば、何も武力だけが解決方法ではないと思います。」
と、ひねくれた次男坊のせいで、領地が荒れているし、奥様方がいがみ合っている事を告げると、辺境伯様は、
「何が言いたいのやら…難しい事を言いよる。」
と言っていた。
『マジで勘の鈍いオッサンだな…』
と思いながらも、
「まぁ、とりあえず中央のお貴族様が腰を抜かす料理を出して、どんなもんだ辺境伯領は凄いだろうと腹の中で言ってやれるパーティーを目指しましょう。」
と言ってその日はココの町にあるファーメル家の屋敷に戻った。
道中ニック様に、
「母上達が手を取り合う様にしてくれたのだな…すまない。」
と頭を下げてくれた。
僕は、
「辺境伯様はピンと来なかったみたいですけどね。」
と残念そうに答えると、ニック様は、
「父上もきっと解っておられるさ…多分…」
と、最後に『知らんけど』って聞こえてきそうなセリフを放っていたが、多分あれは解ってないヤツの反応であるとは解る。
「もう、ニック様が辺境伯やったらは?」
と僕がいうと、
「やはりケン殿は、辺境伯領に平和では無くて争いを招きたいのですか?」
と真剣に聞いてくるので、
「成人の儀もまだなお子ちゃまには、なんの事やら解りませ~ん。
ただ、奥様も子供も仲違いしている家族を制御出来ないパパさんよりは回りが見えてるニック様が偉くなってくれたら、ウチ的には有難いのに…っていうお子ちゃまの意見ですよ。」
と答えると、
耳が痛いが、お子ちゃまはそんな事まで思い付かないよ…多分…
と答えてからため息をついていた。
翌日からは、料理長をはじめ沢山の料理人の方々に
男の酒のツマミの様なメニューを伝授するのだが、
既に木漏れ日亭のゲットさんに渡したペペロンチーノ等の料理は基本的に避けて、ショウガと塩胡椒ベースの唐揚げやトンカツも教えた。
しかし、そもそも醤油や米の無い世界では、丼物が全滅なのだ…つまり、前世が料理人でも無い僕のキッチンドランカー的な料理の知識ではあまり役に立たない。
でも、何でも屋の依頼で、知り合いの社長さんの広い豪邸の庭先にピザ釜を作くった事があり、その時のピザ釜キットの販売業者の人に勧められた小型の釜を田舎の一軒家である自宅兼事務所の無駄に広い駐車場の端っこに作って、『一人キャンプだぜ!』と言ってグラタンやピザにパンも焼いた事も有るぐらいコリにコリまくったのだが、ある日『いやいや、日常から一人じゃねぇか!』と急に冷めてそれ以来あまり使わなくなったアノ時のピザ釜経験がこのタイミングで役立つとは思わなかった。
そう、この世界での不満の一つである『黒パンしか見たこと無い問題』に立ち向かう事にしたのだ。
あんな防御力が高めなパンでは、子供や老人は厳しかろうと、あの時の記憶を元に、バターロールでもと考えたのだが、この世界で強力粉や薄力粉など小麦粉の種類が無いのに今さらながら不安を覚えたが、何とか柔らかいパンが完成した。
料理人の方々はとても驚いていたが、柔らかいパンがゴールでは無い…マジックバッグからミンサーなどのダント商会ご自慢のキッチン用品を取り出してひき肉をつくりはじめ、興味深々な料理人達の目の前でなんちゃってハンバーガーを作った。
なぜ『なんちゃって』かというと、マスタードもケチャップソースも無いので、料理長さんに、
「何種類か味の濃いめのソースってつくれます?」
とわがままを言って、こちらの定番ソースを用意してもらい、具材を並べて美味しい組み合わせを研究してもらったからだ。
完成したハンバーガーは料理長の名前「マイク」をもらいマイクバーガーと命名し、その後にベーコンレタスマイクバーガーでも作ろかな?とマジックバッグからカトルとサーラス特性のベーコンを取り出した時にふたたび料理人が食い付き、結局は、燻製の手順も説明する事になった。
一品閃いて教えようとすると、付属で調理器具の説明や、ハンバーガーの様に思い付いた料理を作る為に他の何かを作らないといけない日々が10日程続き、唐揚げを中心に揚げ物など酒に合うメニューに、燻製などのおツマミ類と、料理長が仕上げたハンバーガー類や、そこから派生したメンチカツも教え、今回のメインの料理は、辺境伯家に有ったデッカい丸のままのチーズの真ん中に窪みを作って熱々のクリームソースパスタをブチ込みチーズまみれにさせるという庶民には真似出来ないレシピを伝授して終了した。
正直、他領の貴族をビビらせるには柔らかいパンだけでも十分だろうが、辺境伯の料理は凄いと印象付けるのにはこれぐらいしても良いだろう… と、満足しながら料理長達と熱い握手を交わし、辺境伯様達が待つ試食会場へと料理と共に向かった。
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