第55話 辺境伯様とご対面

今回の出張はニック様からの正式な何でも屋ケンちゃんへの依頼で、実家のポルト辺境伯家に行く事に成った。


仕事内容としては、中央でも見たこと無い料理をポルト辺境伯様のところの料理人さんに教えてあげる事になっているのだが、心配なのは中央の料理というのを全く知らない事である。


パスタ料理は絶対教えて欲しいらしいが、パーティー料理などよく分からない。


前世の何でも屋の仕事で普通にたこ焼き屋や焼きそば屋などの屋台の助っ人や、町内会の餅つき大会のスタッフに、地域の幼稚園でのバウムクーヘン作りのイベントをバウムクーヘンマシンというのを借りて行ったぐらいで、僕自身は酒のつまみを中心に男の料理しか作れないし、世間で流行ったキャンプの流れで、自宅の庭でパスタやピザを作り酒を飲んだ事が有ったので、パスタは麺からつくれる。


しかし、ピザの生地は作れるが、肝心なソースは市販の物を使っていた為に再現するのは難しいかも知れない、ピザソースは勿論ケチャップの作り方すらよくわかって無いのだ。


不安でいっぱいのままファーメル家の馬車で連行され、町を転々と経由し約一週間、正直この世界で馬車での旅好きの奴は居ないのでは無いか?と思うほどに腰にダメージを負いながらポルト辺境伯様の領都であるココの町に到着した。


ココ町の感想としては、広い、デカイ、ゴミゴミしているというあまり良い印象では無い。


ドットの町より遥かに大きくて広く、石レンガの壁に囲まれた大都市で、市民街に、職人街、ギルド関係の区画に、農業エリア、まだよく見えないが中央には一段高い石レンガの壁に囲まれた城の周りには貴族街が有るらしい。


入り口手前に広がる柵や石積の塀の牧場エリアから下町みたいなエリアの向こうに初めて石レンガの壁があり、それをくぐりやっと町に入れた。


そこでは、人が忙しなく行き交い、商人が冒険者相手に必死に商品を売り込んでいた。


『やはり都会は苦手だな』


と、まだ来たばかりなのに、もうウンザリしている僕ににニック様が、


「どうした、酔ったかな?」


と心配してくれたが、


「これから人の数に酔いそうですよ。」


と僕が答えると、ニック様は笑いながら、


「200を越える宿りバチの群れに飛び込むケン殿にも苦手な物が有ったようだな。」


とご機嫌に話すので、僕は、


「苦手な物なんて沢山有りますよ。」


と言って、ふてくされながら馬車の窓の外を眺めている。


そうこうしているうちに続いて高い壁に囲まれた中央エリアに馬車が侵入すると、ようやく辺境伯様の城が見えてきた。


まぁ、辺境伯様の城を見た感想は、『あんまり尖った屋根や塔が無いんだ…マリオのゴールの城みたいだな。』というぐらいで感動はそんなに無かったのだが、ただ、近づく度に、


『あれ?思ったよりデカいな』


となり、結局入り口に来た時に、3メートルを超える玄関扉に、


『ポルト辺境伯って巨人族かなにかかな?』


と不安になった程であった。


ファーメル家の後をついて歩き城の中に入って行き、ただただ広い部屋で、椅子に座る三名の前に案内されると、ニック様が、


「父上、サフィアお母様、カトリーヌお母様、

聖人ケン殿をお連れ致しました。」


と、紹介されたが、聖人ってもうよくない?ハードル上がるし嫌いなんだけどなぁ… と思いながらも普通サイズの辺境伯様達の前に進み出て、


「お呼びにより参上致したした。

何でも屋のケンと申します。

神より鞄を授かり聖人と呼ぶ方も御座いますが、できれば『ケン』と呼んで頂けると嬉しく思います。」


と挨拶をして普通では肩掛け鞄には入りきらないサイズの石鹸の入った木箱入をニュッと取り出して、


「何も無いド田舎の集落で、唯一自慢できる石鹸をお持ちしましたのでお納め下さい。」


と、差し出した。


奥さま二人はそれを見て、


「まぁ、あの石鹸ですね。春にエリステラさんがプレゼントしてくれたのですが、既にお友達に配り我が家の分が心許なくなっておりましたの。」


と、言って早速半分こにすればいいのだが、僕にはよく分からないが、何か静かな睨み合いが始まっているみたいで、


すごく気まずい空気の中で、


「サフィア御姉様は前回余分に一つ試供品を頂いたはずですわね。」


などと、女の戦いの火蓋が切って落とされてしまった。


確か第一夫人の息子の長男と、第二夫人の息子の次男がバチバチしてるんだっけ?

あれ?次男のだけがバチバチなんだっけ?と考えながらも醜い争いが今まさに始まっているのに、パパさんである辺境伯様は苦笑いしているだけだ。


『使えねぇオッサンだな…』


と思いつつ、女性の意識を別に向ける必要がある!と判断した僕は、女性が食い付きそうな話題を脳内の引き出しを空け散らかして、ようやく一つ見つけたのだ。


「奥方様、カリカリしては眉間に縦皺が入りお美しいお顔が台無しになっては勿体のうございます。

お二方共に春風の様な穏やかな日々を過ごして頂かなければ辺境伯様も心配されましょう。」


と、夫人方をヤンワリ諌め、辺境伯様に、『お前が何とかしろよ!』の意味を込めて、


「で、ございましょう?」


と賛同を求めてようやく、辺境伯様は、


「うむ、客人の前であるぞ。」


と言って奥様達の戦いは一時休戦となった。


しかし、変な空気は変わらずに漂っているので、仕方なく、奥様達の興味のわく話を始めてみる事にした僕が、


「石鹸を喜んで頂けた様で嬉しく思います。」


と感謝を述べると、第一夫人のサフィア様が、


「息子のニックの妻であるエリステラさんからの贈り物で、これまでの全ての贈り物の中でも最高に素晴らしいモノですわ。」


と答え、第二夫人のカトリーヌ様も、


「体を洗った後も良い香りと、しっとりした肌になる魔法の様な品で、もうこれ無しでは…」


と、二人ともに意見は一致している様子であったので、


「では、私から美しい髪を保つ秘密の方法をご紹介いたしましょうか?」


というと奥方様達は揃って前のめりになり、


「それはいかなる?」


と聞いてくる。


僕は、料理をすると聞いていたので材料や調理器具が入っているマジックバッグからボウルと卵にオリーブオイルと蜂蜜を取り出し、


「奥方様は髪の栄養は何かご存じですか?」


というと、奥方様達は首を横に振る。


僕が、


「口から入れた食べ物が体を巡り体を作るのですが、この秘密の方法をつかえば、髪に直接栄養を届けて艶のある髪に…」


と説明し始めるが二人は待てない様子である。


僕は、急かされる視線に、


「では、実際に」


と言って卵数個にオリーブオイルと蜂蜜を垂らして、混ぜ合わせる。


これは、前世の何でも屋の常連さんの一人であるお洒落な豪邸に住む小粋なおばあちゃんから習った方法である。


僕は、出来上がった卵液を手にもち注意事項をはなす。


1、これは新鮮な食材である事が大事なので作り置きをしないでください。


2、卵が肌に合わない方も居ますので痒みが出たら使用を止めて回復師などに相談してください。


3、この液を髪に馴染ませて、水を通さない素材で髪を包み2~30分待ったのち水かぬるま湯で、しっかりと洗い流して下さい。

熱いお湯では卵料理になってしまいますので注意です。


4、入浴中などにゆったりした気持ちで行うと効果的ですね、なので、この術を行う間は絶対にイライラせずに、穏やかな気持ちで過ごさなければ効果が半減しますよ。


5、普段の髪を洗う際も、石鹸をお湯に軽く溶かして優しく洗うと良いかと…けっしてゴシゴシと髪をもみ洗いしないように。


と告げると奥方様二人は料理長を呼び、卵とオリーブオイルと蜂蜜を持って来るように告げた後に、


「旦那様、それに聖人様…いえ、ケン様も失礼致します。」


と言って退室してしまった。


折角作ったヘアパックは勿体ないから、デカい部屋に案内してくれたメイドのおばちゃんにプレゼントすると、気を利かせた辺境伯さまが、


「メイド長も試して参れ」


と声をかけると彼女もイソイソと退室して行った。


辺境伯様は、「はぁ~」とため息をついた後に、


「見苦しいところを見せてすまない…」


と言っていたので、僕は、


「こんなガキの目から見てもアレはちょっと…

でも、言いつけを守ってくれるならば、髪の手入れをしている間は喧嘩も見栄の張り合いも無いでしょう。

辺境伯様に30分だけの癒しの時間をプレゼントです。」


とネタばらしをすると、ニック様は、僕のイタズラを理解したようで、


「なんと、注意事項に嘘を混ぜたと?」


と楽しそうにしているが、辺境伯様はピンと来ていないように首を傾げていた。


僕は、


「嘘とは心外な、4つ目の注意事項は、守ったほうが絶対いいけど、破っても髪とは別に関係が無いだけですよ。」


というと、辺境伯様はようやく理解したようで「ぶぁ」っと吹き出して、


「なんと、あの見栄っぱりの二人にいっぱい食わせたのか?!」


と、ご機嫌そうだ。


「いえ、いっぱい食わせたなどと、イライラが美容に悪いのは本当でございます。」


と弁解しながらも、


『おめぇがビシッと言わないからだろ!!』


と、心の中で抗議していた。

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