第53話 金と銀

宿屋で目覚める朝…といってもベッドが4つ並んでいるだけの病室の様な安宿であるが、皆で旅行気分を味わえて楽しかった。


しかし、隣の部屋に村長達を起こしに向かうと、大人の四人は、マジで病室の様なテンションで、天井を見つめて何かブツブツ言っていた。


僕が、


「皆さん、僕達ダント兄さんの商会に顔を出した後に馬と荷馬車を購入しようかな? と思っていますので、」


と言うと村長さんが、天井を見つめたまま、


「承知した。」


とだけ言って、奥のベッドからタクトさんが、


「昼には村に出発するから一旦帰ってこいよ。」


とだけ言っていたが、誰一人まだベッドから出てくる気配はないので、カトル達を連れて、ダント商会に向かった。


今回の宿はダント兄さんの店に近く、皆で散歩気分で十分ほど歩いて、開店前の準備で店先を掃除している兄さんに、


「お~い、兄ぃさぁ~ん。」


と呼び掛けると、ダント兄さんが掃除の手を止めて、こちらを一瞬見て、また掃除を始めようとして数秒止まり、再びこちらを見ながら、


「ケン!?」


と、変な声を出しながら、ホウキを捨てる様に置いて走ってきた。


ダント兄さんは、


「どうしたんだ、また農業指導かい?」


と聞くので、僕が、


「ほれ、挨拶を」


と三人に促すと、


「カトルです初めまして。」

「サーラスですぅ。」

「ナナです。」


と三人は礼儀正しく挨拶をした。


ダント兄さんは、


「もしかして、カッツ会長やアンジェル様がおっしゃっていた新たらしい家族かい?」


と驚きながらも、


「ようこそ、我が家へ、長男のダントだ。

あっ、今奥さん連れてくるね。」


と言って、


「リリーちゃぁ~ん、新しい弟と妹達が来たよ。」


と楽しそうに事務所の方へ走って行った。


リリーさんにも三人は歓迎され、三人も、「リリーお姉ちゃん、これから宜しくお願いします。」と挨拶をかわしていた。


因みに前月売り出したミンサーとパスタマシンは、かなりの売れ行きで、パスタ生地のレシピ付きのパスタマシンは特に売れているらしく、ダント商会と木漏れ日亭のゲットさんの共同開発という事にしたパスタやミートボール等のレシピも商業ギルドで売られているらしい。


ダント兄さんは、


「ほれ、ケンの分だ。」


と言ってミンサーとパスタマシンを一台ずつ渡してくれた。


僕が、弟達に、


「やったね、家でパスタが食べれるよ。

皆帰ったらパスタを作って、燻製小屋も大きくしたらソーセージっていうのも作ろう。」


というと三人は聞きなれない料理に首を傾げていた。


ダント兄さんが、


「この後の予定は?」


と聞くので、僕は、


「今回は商業ギルドに来たついでに、兄さん達の顔を見に来たんだ。

昼には集落に向けて帰る予定だよ。」


と兄さんにいうと、ダント兄さんは、


「へぇ、商業ギルドねぇ…」


と何か考えていた。


僕が、


「ベーコンと燻製の技術を登録して…」


と言うと、兄さんは何か思い出した様に、


「変な職員さんが居ただろ?女性の!」


と聞いてくる。


「うん、確かに変な女性が居たよ。」


と言うと、ダント兄さんは、


「あの人って、仕事が出来るんだけど、冗談のセンスが壊滅的な上に、滑ると真顔になるクセが有るだけで、良い職員さんだから嫌わないであげてね。」


と言っていた。


いや、別に嫌わないが、あまりお近づきにもなりたくないクセの強いキャラクターである。


このままここに居ても開店のお邪魔になると思い、


「では、僕達これから馬と中古の荷馬車を買いに行きますね。」


と言うと、リリーさんが、ダント兄さんに


「ほれ、こんな時でもないとケンちゃんに恩返し出来ないでしょ!」


と言って兄さんのお尻を叩き、僕達はキンカ号の引く荷馬車で馬魔物を扱う牧場へと送ってもらった。


ご予算はアルからもらった小金貨の残り、大銀貨六枚だ。


村長さんの話では、中古の荷馬車込みで安ければ大銀貨4~5枚と言っていたので何とかなるだろうと思って来たのだが、甘かった。


倍近くする…ギルド銀行で金を下ろせば何とかなるが、これは困った…と、渋い顔をしながら馬を眺めている僕を見てダント兄さんが、


「いくら有る?」


と小声で聞くので、手で6を作ると、


「任せろ!」


と言って牧場主に近寄り、何やら話しはじめた。


暫くすると牧場主は上機嫌になり、


「カッカッカ!そうだろう、そうだろう。」


と笑いはじめ、


「お前なかなか面白いな、よし中古の荷馬車を付けて大銀貨八枚でどうだ?」


と提案してくるが、ダント兄さんは、


「安い、実に安いが持ち合わせが足りませんので、もう一声、どうか!」


と、頭を下げる。


牧場主は、


「小金貨一枚の名馬を大銀貨八枚に負けてやったんだ、もう値下げは出来ないぜ

それより安いのが欲しけりゃ、数日前迄名馬だったオスを分けてやるよ。

まだ若いし、契約魔法師に従魔の印まで刻まれた最高の馬魔物だったが、納品間際に悪いもんでも食ったのか、ふらついてすぐに倒れて使い物にならなくなりやがったヤツならば、大銀貨一枚で中古の荷馬車も付けてやる。

馬の皮なら引き取り手もあるし、古いが頑丈な荷馬車だけでも大銀貨一枚はするぜ。」


と言っている。


しかし、ダント兄さんは僕のスキルについて話した事があるので、僕に近づくと小声で、


「病気や毒なら直せるんだろ?」


と聞くので、僕が首を縦に振ると、ダント兄さんは、


「其では荷馬車を乗り手が引っ張って、日にちが掛かります。

そんな長旅でいちいちテントの出し入れは辛いので、どうでしょう、荷馬車を幌付きのモノにしていただけませんか?

いや、無料とは言いません、弱った馬を寝かせて運ぶ為の寝藁を荷馬車に半分ほど購入するとして、大銀貨一枚と小銀貨八枚…いや、このさいだ大銀貨二枚でどうです?」


と交渉する。


牧場主は厄介払いが出来ると快く、その条件で商談が成立した。


それだけでは悪いと、牧場主は中古の他の馬車の魔石ランプまで幌馬車のオマケに付けてくれ、藁を積み込んだ馬車の横にフラフラと足取りもおぼつかない馬魔物を連れてきて、


「コイツの首元に有るのが従魔の印だ。

これに魔力を流せば流した人間を飼い主と認めて一生尽くすんだが、多分一週間とは持たないかもな…」


と皮肉を言っている牧場主に大銀貨二枚を渡して、従魔の印に魔力を流し、我が家の馬として迎え、ついでに、


「クリーン」


と小さく唱えると、馬魔物の足はしっかりと大地を掴んで立っており、彼は頬擦りをして僕に感謝してくる。


呆気にとられた牧場主が、我に返るなり、


「詐欺だ!」


とか騒ぐが、ダント兄さんは、


「正規の取引で、そちらも納得した上で代金も受け取ったでしょ?

購入後に聖人様が奇跡の御技で病を治しても、それと取り引きとは別の話ですよ。」


と牧場主に言って、僕は病み上がりの馬に馬車を引かせるのは心苦しいので、幌馬車にマジックバッグの口を当てて、ニュルンと異次元へ収納し、馬魔物に


「よし、帰るよギンカ」


と名付けて、新しい我が家の一員を連れてきキンカ号の荷馬車で宿に向かった。


帰り道でキンカの手綱を持つダント兄さんが、


「何で名前をギンカにしたんだ?」


と不思議そうにきくので、僕は、


「だって爺さんご自慢のキンカは、小金貨一枚で買った名馬なんでしょ。

だったら僕は、大銀貨一枚で安く名馬を買ったって自慢したいじゃないか。」


と答えると、


ダント兄さんは、荷馬車を引くキンカに


「おう、キンカ、子分が出来たと思ったけど、安くてお前ぐらい名馬だって張り合いたいんだとよ。」


と告げ口をすると、キンカは不愉快そうに「フン」と鼻をならし、ヘソを曲げたのかツンとソッポをむく。


手綱だけ荷馬車に繋げてお散歩状態のギンカが、ご機嫌をとる様に「ブルルルッ」と必死にキンカに話しかけている。


それを見たナナちゃんが、


「ギンカは悪くないのに可哀想、」


と言っているのを見たダント兄さんは、少し反省したのか焚き付け過ぎたとションボリしていた。

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