第52話 ドット町まで家族旅行
工事が始まって、約1ヶ月で壁担当の騎士団の方々が引き揚げて行った。
正直、ウチの集落は、要塞かな?と思えるほどしっかりした壁で覆われ、小さいながらも立派な門が設置され、元のエリアもアルの畑も取り込む形で広い土地が確保されて、今は大工の親方達がエリーさんの商会や工房を作っている最中である。
現在完成しているのは、門などの扉を作る為に鍛治場が必要となり作った、いいもの製作所の工房と、作業後に入りたいという理由から真っ先に大工さんが頑張った大きな風呂の建物と大工さんの作業小屋程度である。
十人ほど入れるお風呂は、壁を作る為に汗をかいた騎士団の方々も大変喜んでくれて、
「あぁ、こんな遠征ならば一年でも構わないよ。」
とサッパリした笑顔で感想を言っていた。
春になり僕は、何でも屋の仕事が増え初めたのだが、昨年までの仕事とは違った仕事内容も増えてきた。
先ずは新しく開墾した土地で畑をするにも、家を建てるにも先ずは水を確保しなくてはならないので、『井戸堀りの手伝い』という依頼が何軒も入っている。
依頼主の皆さんは、可能ならば夏くらい迄に井戸が欲しいらしいのだが、いくら僕にステータス補正が有るとはいえ、依頼主を含め数人で井戸を掘ったとして、一ヶ所でも夏まで掛かってしまう。
これは、いけないと思い、いいもの製作所のメンバーに井戸を掘る『スイコ』と呼ばれる金属製の器具を作ってもらい、竹にニチャニチャコートをした物と、それを連結出来るように加工品してもらって試しに一度井戸を掘ってみた。
重さで地面に刺さり、中に土が入り込み、弁で土が出ない構造の鉄の塊を、櫓を組んで引っ張っては落とすのを繰り返す。
革製品に穴を空ける穴空けポンチのお化けの様なスイコが少しずつ地面をくり抜き、水脈までたどりつくと、水が染み込む様に小さい穴を空けてからコーティングした竹筒を打ち込み、そしてまえから構想はしていた手押しポンプをベントさん達に試作してもらった物を取り付けてみる事にした。
幸い近くに川も有るので、あまり掘らなくても水は出たが、井戸が出来るのに一週間ほどかかってしまった…前世であれば、電動工具などで井戸が掘れるので、何でも屋として早ければ1日も有れば手押しポンプの井戸を掘った事もあり、自分的には『かなり掛かってしまった…』と落ち込んでいたのだが、村長さんはそうではなかった。
「凄い、凄い!」
と騒ぎ出して、
「聖人様、この仕事を私に任せて頂けませんか?」
とお願いしてきた。
僕は、一応ビジネスプランを聞くと、
井戸を掘る機材や手押しポンプをいいもの製作所で名義で登録するのは勿論、
井戸堀り器具は1日単位でレンタルして、
手押しポンプは販売し、
手の空いた力自慢の村人をアルバイトとして雇うという井戸ビジネスを村長は提案してきた。
「2ヶ月ほどは井戸にかかりっきりになる筈が一週間前後で完成するとなれば皆飛び付きます。」
と熱く語る村長さんに任せる事にした。
現在馬用の大型農具や農耕馬のレンタル事業も手掛けている村長さんであれば大丈夫だろう。
無論受けた仕事はやり遂げるのがポリシーなので、今回の井戸堀りには僕も参加する予定である。
井戸堀りに作付けの手伝いの依頼で忙しい日々が一段落した春の終わりに、いいもの製作所のメンバーが、
「井戸堀り装置と手押しポンプの特許を取りにいくから一緒にドットの町に行かないか?」
と誘ってくれたので、セクシー・マンドラゴラ姉さんにサーラスを見せに行く約束もあるので、久々に家族みんなでドットの町に行く事にしたのだ。
村長が荷馬車を出してくれて、片道1泊2日で、ドットの町で1泊して翌日再び片道1泊2日という弾丸ツアーで、隣村から出発したのだが、
馬車の荷台でサーラスが
「セクシー姉さんに、シンディーに、チャチャに会える!」
と嬉しそうにしているのをカトルが、
「オイラ見たことがないけど、サーラスが良く言っているお姉さん達に会うのが楽しみだよ。」
とニコニコしている。
すると、鍛治屋のベントさんまで、
「えっ、セクシーな姉さんなんて俺も会ってみたいな!」
と乗ってきたので、あえて前情報を伝えずにいると、「よし皆で行こう!」と村長が提案し、はれて村長以下全員生け贄…もとい夜の狩場の蝶々達の元にご案内する事になった。
キャンプ場でナナちゃんは馬魔物に『この草たべる?』みたいにあちこちの草を摘んできては与えて、
「いいなぁ、お馬さん。」
と言っていたので、ペットでも欲しいのかと思いつつナナちゃんに、
「お馬さんは可愛いけど世話が大変だよ。」
と言う僕にナナちゃんは、
「とーちゃん、それぐらいアタシだって解るよ。
でも、お馬さんが居ると師匠の所に行くのも、師匠をおウチに呼ぶのも簡単になるでしょ。
それに、とーちゃんも町に行くのも楽にならない?」
と話す。
『えっ?可愛さより実用性ですか…』
と驚きながらも、集落でベーコンを作って町で売る手も有るし、少し考えてみるか…と思いながら久しぶりのドットの町に翌日の昼過ぎに到着し、宿を取った後にギルドが並ぶ中心エリアに向かう。
いいもの製作所のメンバーと村長は鍛治師ギルドに向かい特許の申請と現物を見せて使い方を説明しに行った。
そして我が家のメンバーは創薬ギルドに来ている。
それは何故かというと、
「こちらの器具を購入したいのですが、」
と職員さんにメモを渡すと、
「はい、マチルダ一級薬師様の紹介ですね。 少々お待ち下さい。」
と言って職員さんは様々な器具用意してくれている。
これは、ナナ専用の香りの抽出セットであるが、マチ婆ちゃんの紹介があれば、なんと会員価格で購入出来るのだ。
アルからのお金でナナちゃんに購入するのに、これ以上の物は無いだろう。
マジックバッグが有るのでガラス製の器具も安全に運べるので代金を払い鞄にニュっとしまいこむと、続いて、カトルとサーラスの為の買い物に向かうのだが、2人の買い物は簡単である。
現在ある小さな燻製小屋をアップグレードさせて、カトルが解体した肉をサーラスが燻製して、夜の狩場に定期的に卸せる様にしたいそうだ。
ダント兄さんの店でミンサーを分けて貰えれば、ソーセージ等も量産出来るし、その為の塩や加工用の樽などに合わせてカトルの装備や少し良い解体ナイフも買ってやるつもりでいる。
サーラスの『仲間』を少し羨ましいそうにカトルがしているのを知っているからだ。
僕達は買い物も終わり、皆と合流して商業ギルドに向かった。
これは手押しポンプや井戸堀り道具の作り方を公開する為である。
皆との会議の結果、これ程役立つ物を数が作れない村の鍛治屋の独占にしては勿体ないということに決まったからだ。
馬鋤という馬や牛に引かせる大型農具も公開するらしく、ベントさん達が何やら難しい手続きをしている。
僕達もベーコンの特許を取る事にして、合わせて燻製技術も特許を取るのだが、ややこしい手続きも、タクトさんがアドバイスしてくれた資料を渡して、現物を見せて、手順を説明出来きれば案外簡単に終了した。
商業ギルドの職員の女性が、
「え~っと、ベーコンという肉の加工食品はレシピを公開せずに、燻製という加工法を公開するのですね。」
と言ったので僕が、
「はい。」
と答えると、職員さんはハサミを用意して、
「では、髪の毛を十本程度お願い致します。」
と言われたが、そんな事タクトさんも教えてくれなかったので、ドキドキしながらチョキンと髪を切りトレーに乗せた。
「禿げてたらどうするんだろう…」
と素朴な疑問を呟く僕に、ニコリと微笑んだ職員さんは、
「上が無ければ下ですよ。」
と言ったのち真顔で作業を進めた…
僕の疑問はもしかしたらセクハラ発言だったのでは!?職員さんに嫌な思いをさせたかも…と反省していたら、職員さんは、
「別に良いのよ、君も下のヤツで…」
と、ニヤリとして僕を見つめる。
『おい、おい、とんでもねぇ職員だな!』と思いつつ、
「まだ小さい妹達もいますので…」
と、やんわり注意すると、また真顔で作業をし始める。
『なんだよこの人…こえぇぇぇよぉぉぉぉ!』
と心の中で叫びつつ、一刻もはやくこの窓口から離れる事に専念した。
髪の毛はどんな技術かは解らないが、カードに変化して、
「こちらが、商業ギルドカードになります。
ギルド銀行のカードの機能も有りますので失くさない様にお願いいたします。
再発行は少銀貨一枚になりますのでご了承下さい。」
と、何も無かったかのように説明する職員さんに益々恐怖しながら、
「ありがとうございました。」
と、イソイソとベントさん達に合流した。
すると、ベントさんは、
「ケン君もカード出来たのならばこの職員さんに提出して。」
と言われてカードを渡すと、窓口の男性が、
「ではお預かりします。」
と言ってカードを受け取り何やら作業をすると、すぐにカードが帰ってきた。
そのカードを見ると、大銀貨が八枚程が入金されているとカードに刻印されていたのだ。
「えっ、これは?!」
と驚く僕にベントさんは、
「ケン君は要らないと言ったが、やっぱり特許料や販売した物の取り分はしっかりもらってもらう事にしたんだ。
今までの分がそれだが、手押しポンプなんかは各地で使われだしたらもっと入るだろうから楽しみにしてくれ。」
と笑っていた。
無事に全ての予定が終了して、皆で夜の狩場へと向かい、サーラスちゃんが先に入店して、
「お友達連れてきた。」
と言ったらしく、村長達は漏れなく熱烈歓迎を受けて、一生の思い出に残る一夜を味わってくれいる最中に、僕達はお店の奥でジャーマンポテトの作り方をレクチャーして、サーラス達の作るベーコンの売り込みも出来たし、なによりサーラスちゃんが上手に話せる様になり、セクシー・マンドラゴラ姉さん達はとても喜んでくれた。
ただ、最終的に村長達の目は死んだ魚の様にくすんでいたが…良いか悪いかは別にして、きっと思い出にはなったはずなので、良いんじゃないかな?
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