第51話 新しい旅立ちの決意
ニック様の計らいで、数週間ほど騎士団の土魔法師さんが中心となり堀や壁を作ってくれる事となり、アンジェル様が連れてきてくれた大工さん達が数ヶ月かけて建物を建ててくれることになっている。
現場はエリーさんが監督となってくれているので、正直僕のやることは無いようだ。
まさか、ミロおじさんとレオおじさんまで、エリーさんの仲間で、僕に内緒でこの工事の敷地の拡大と木材確保を請け負っていたとは知らなかった。
工事の着工を見届けたニック様達はテントで1泊して、明日にはドットの町にも戻るらしく、アルも今日は集落で過ごして明日出発してしまえば、三年は帰って来ない…もしかすると本当に家臣団とやらに入ればもう…
などと、少し切ない気持ちと、やっと爺さんからお願いされた魔法学校入学という課題をクリアしたという安心感がグチャグチャに成っていた。
アルと少し散歩しながら、
「魔法学校はいつからだい?」
と僕が聞くと、アルは、
「明日にドットの町に戻って、数日でまたココの町に出発して3月末には寮に入るらしいくって、
学校は4月からだよ。」
と、自分の畑を眺めながら答える。
僕が、
「やっていけそう?」
と聞くと、アルは、
「十分過ぎる程だよ。
何故か在学中にもミリアローゼ様の勉強を見て留年させなければ、辺境伯様からも金額は知らないけど、毎月お小遣いを出してくれるみたいだよ。」
と笑っていた。
アホな状態のミリアローゼお嬢様しか知らない辺境伯様は孫の将来の為と、ついでにファーメル家ではなくて、辺境伯家としてアルとの繋がりも持つ為の口実だろうが、アルお小遣いが増えるのは有難い。
お嬢様の入学というミッションをこなしたので、アルの学費はファーメル家が出してくれるし、入学金は満点を叩き出したアルは免除…あれ?もしかして、さっきの小金貨って!と思いつき、アルに懐から先程ニック様に頂いた小金貨を見せ、
「もしかして?」
と聞くと、アルは、
「あっ、もうニック様ってケン兄ぃに渡しちゃった?!」
と言っていたので、弟の判断で浮いた入学金を僕に還元したのだろう。
しかし、アルはこれから学生生活でお金が掛かるために返そうとすると、アルは、
「止めてよ。
それより弟や妹達の為に使ってあげて…僕は、もう十分してもらったから、少しぐらいはお兄ちゃんらしい事したいんだよ。」
と言ってくれた。
年末に僕が捨て子を引きとったと聞いていたが、実際見たことが無いまま、それでもお兄ちゃんとして何か出来ないかと考えた結果のこの小金貨なのだと理解して、僕は、
「ありがとう、あの子達の将来の為に使わせてもらうよ。」
というとアルはニッコリ笑って、
「さて、ケン兄ぃ!
僕は、弟や妹達って感じを楽しんでくるよ。」
と、言ってカトル達の元に行ってしまった。
その後はアンジェルお姉さん達にも挨拶をして回るが、アンジェルお姉さんはエリーさんとエリステラ様に、ミリアローゼお嬢様まで加わり何やら話し込んでいる為に、この状況であぶれていた4代目カッツ会長に僕は捕まり、
「ケン君…私は少し自信を無くしているのだ。
妻が私より才覚が有るのは知ってるよ…でもね、最近商会でも影が薄くなってしまって…私…何とかなりませんかね…」
と、ションボリしながら悩みを打ち明けられた。
いや、正直『知らんがな』とも思うが、最近は横柄な態度も無くて、良い子にしているみたいなのだが、何とかしようにも正直商売の話は良く解らない。
しかし、カッツ会長は日々無くなる自信と反比例して、妻がイキイキと毎日を過ごして、
「あとは跡取りだけだ!」
と焦る様になり、毎夜毎夜カッツ会長の得体の知れないお薬が増えているらしい…
『あぁ、あの時のマチ婆ちゃんの様々な魔物のイチモツをアレした薬か…』
と理解してカッツ会長が可哀想に思えてきた。
『デリケートな息子は心の状態一つで、すぐにニートになり人によっては自分の殻に閉じ籠り、独り立ち出来なくなるからな…』
と、カッツ会長の『会長ジュニア』の心配をしてしまう自分に呆れるが、やはり僕も男、前世でのアレでナニがアレな悩みは理解しいる。
テントの裏の地面に座り込み地面をホジホジしているカッツ会長に、僕が、
「アンお姉さんみたいにカッツ会長も工房を作って困っている人を積極的に雇って、感謝される商人になれば良いじゃないですか。」
と言うと、カッツ会長は、
「私には妻の様な思いっきりの良い判断も、アイデアもないのだよ…」
と相変わらずホジホジを止めない。
『こんな三十路男の愚痴など聞きたくないが、乗り掛かった船だ!仕方ない!!』
と決めて、僕は
「では、カッツ会長、水魔法使いの方を雇ったりできますか?」
と聞くと、カッツ会長は、
「学校に行く金が無いと、12の歳からウチに勤めに来ている水魔法使いの職員がおるが?」
と、ホジホジの手を止めてこちらを見上げる。
僕は、
「では、その職員さんを工房長に据えて、もうすぐダント兄さんが売り出すパスタマシンを購入して、パスタを造り、その人に『ドライ』の魔法っていう物体の水分を抜き取る水の基本魔法で、『乾燥パスタ』をつくりませんか?」
と提案すると、カッツ会長は、
「そのパスタとやらを私は知らない…知らない物に金を出すほどバカでは無いよ…」
と、再びホジホジし始める。
『あぁ、面倒臭い!商人としては正しいかもだけど、面倒臭い!!』
と思いながらも、僕は笑顔を絶やさず、
「では、ダント兄さんに現物を見せてもらってから考えて下さい。
乾燥パスタのアイデアはまだ誰にも教えていませんので、カッツ会長が、アンジェルお姉さんがまだ手を差しのべてていないドットの町に居る捨て子を率先して助けてくれるならば、そのアイデアをプレゼントしますし、その子達を食べさせた上でカッツ商会の名前が売れるアイデアをひねり出すと約束しましょう。」
と提案した。
すると、カッツ会長はホジホジを完全に止めて、スッと立ち上がり、
「私に出来ますでしょうか?」
と聞いてくるので、僕は、
「奥さまのアンジェルお姉さんは、母子家庭の母親の職場をメインに工房を開いております。
現在はエリーさんと手を組み石鹸の事業へと乗り出しますがそれも女性の働ける場所になるでしょう。
カッツ会長は、捨て子や孤児院の子供が腹一杯食べれる事を目指して、色々とやってみてはどうです?
ドットの町でそれが出来るのは、他の誰でもなくカッツ会長だけだと僕は思いますよ。」
と持ち上げてみた。
もしも、会長が「それって貴方の感想ですよね。」みたいな反応ならばきっぱり手を切るつもりでいると、会長は、
「私は臆病な性格でして…すぐにはお返事できませんが、ドットの町に帰り、ダント君…いやダント会長と話した後に決めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
と頭を下げていた。
出会いは最悪な印象だったが、あの態度も奥さんよりも自分を大きく見せる為に必死だったのだと思えば可愛くみえてくる。
アンジェルお姉さんはこの小動物みたいな頼りなさに何かのスイッチがガチャリと入ったのだろう。
すこし、やることが見えてきたのか、カッツ会長は、
「相談に乗ってくれてありがとう。」
と言って枝を一本拾いあげて、ブンブン振りながらご機嫌で歩いて集落の土魔法師による土木工事を見物に向かった。
「うん、約一年掛かったが、あの人の魅力がようやく解ったかも… 」
と思わず呟く僕は、下校中の小学生のように楽しそうに枝を振り回しながら、地面からせりあがる土の壁を、「おぉっ!」と声をだして見つめるおっさんを眺めていた。
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