第50話 あの日の報酬

今年の冬は少し長く、3月に入ったのにまだ雪が残っていた。


今頃はアルはミリアローゼお嬢様と領都であるココの町に向かい、魔法学校の受験を受けている筈である。


アルの事なので心配はないが、むしろお嬢様が心配で、朝からため息をついている僕に、


「ケン兄ぃ、駄目、幸せが逃げるってエリーさんが言ってたの。」


とサーラスが僕のため息を注意する。


そうなのである、サーラスは毎日の皆とのおしゃべりとお勉強の成果で、かなり流暢に話せるようになり、語尾も良い感じに直ってきたのだ。


そんな朝の一時、ナナちゃんはエリーさんの自宅の石鹸工房に入り浸り石鹸を作るのを手伝っており、


サーラスは僕と食器の片付けを終えると、罠の見回りをリントさんと済ませたカトルと一緒にミロおじさんとレオおじさんのお手伝いに行く予定である。


そうこうしていると、カトルが、


「ケン兄ぃ、見て見て、今年初の角ウサギはオイラの箱罠で捕まえたよ。」


と、自慢げにリントさんとの罠の確認から戻って来た。


カトルは手際良く井戸場で解体をはじめ、サーラスは、


「じゃあ、そろそろねっ。」


と、昨年の冬ごもり用の狩りを少し手伝ったという名目で、ミロおじさんとレオおじさんにプレゼントしてもらった革製の部分鎧を着けて始める。


そして生まれ変わった彼女の『仲間』である大型ナイフを腰に下げて、


「よし!」


と気合いを入れるサーラスと、井戸場から帰ってきたカトルが、


「ケン兄ぃ、預かっておいて。」


とウサギ肉を渡してくるのでマジックバッグにしまいこみ、そして三人で丸太置き場に向かい枝打ちの手伝いと、丸太の隙間で冬越しをしていた虫魔物退治を開始するのだが、正直スキルという物の凄さをこの二人と居ると痛感する。


「ケン兄ぃ、その木の裏に二匹いるよぉ」


との報告をサーラスがしてくれ、


皆で倒した虫を解体して魔石を取り出したカトルは、解体した虫のおこぼれを貰おうとした鳥魔物が虫の死骸を突っついている隙にストンと矢を放ち鳥魔物を仕留める。


索敵や、集中の効果で、快適なド田舎ライフを謳歌している二人が、下水道にいた時よりも幸せに暮らしてくれている様に見えて、勝手に嬉しさを感じるのだった。


最近は隣村での木材の消費が上がり、おじさん達は集落の周辺の木を手当たり次第に斬り倒して数を揃えている様に見える。


おかげで枝打ちのアルバイトの僕達の仕事も忙しくなり、お駄賃も増えるので有難い…そんな生活を繰り返していた3月の半ば、集落に、今までに見たことのない数の馬車の一団が現れた。


先頭の馬車から降りて来たのはピーターさんだった。


「よっ!」みたいな軽い挨拶をした後に、


「身体強化班は切り株の撤去、土魔法師組はサポートに回れ!」


と指示を出すと、ミロおじさんと、レオおじさんが、


「おう、エリーさんから話は聞いてるぜ、こっちだ。」


と、切り開いた森へ騎士団を案内し、半日もしないうちにかなりの平地と立派なテントが建ったころ再び違う馬車が数台到着すると、騎士団長さんをはじめファーメル家の方々とカッツ商会の4代目とアンジェルお姉さんまで現れ、最後にアルがミリアローゼお嬢様をエスコートして降りてきたのだ。


ニック様が、


「何でも屋のケン殿、この度は緊急での蜂の巣駆除と、騎士団員の救出にその他諸々…何よりも我が娘を弟のアル殿と共にココ魔法学校に入学出来るまでにしていただいた御礼に参った。」


と言ってくれたので、『いくらくれるのかな?』と期待しながらも、


アルとお嬢様に、


「合格されましたか…おめでとうございます。」


と伝えると、ミリアローゼお嬢様は、


「はい、聖人様のおかげで合格できました。」


という、僕は、


「アルの教えを素直に聞いて、努力されたお嬢様の力ですよ。」


と伝えると、アルがほっとした顔で、


「合格したあと少し大変だったんだ。」


と、入学試験のエピソードを語ってくれた。


何でも、満点合格を決めたアルに学長が、授業料もすべて持つので王都の魔法学校へ編入してくれないか?と持ちかけてきたのだが、

ニック様は勿論、辺境伯様まで、


「娘 (孫娘)の卒業までの学力面の面倒を誰が見れるというのだ馬鹿者が!!」


と学校に怒鳴り込むという一悶着が有ったらしい。


ミリアローゼお嬢様が、


「お祖父様ったら酷いのよ、アル先生に、アノようなアホな孫娘をよくぞここまで…うちの家臣団に入ってくれぬか?って…アル先生を誘うのは仕方ないですが、『アホな孫娘』は酷いと思いませんか?」


とプンスカと怒っているが、その意見には僕も同意してるので、ニッコリ笑って、本人には否定も肯定もしないで濁しておいた。


そして、ただの合格発表でファーメル家の方々や騎士団がこんはド田舎に来た訳では無く、ついでに言えば、ニック様からのご褒美はお金ではなかった。


ミロおじさんとレオおじさんが斬り倒した集落の近くの森の切り株を騎士団の方々が魔法や力業で引っこ抜き、土魔法師が中心となり整地をして、堀や壁を作り始めている。


つまり、ニック様は僕の住む集落の整備を僕への報酬に選んだのだ。


これにはアンジェルお姉さんと、ニック様の奥さまのエリステラさんが大きく関わっていて、これにエリーさんを加えた女性三名が、中心となり、


ウチの集落に石鹸を生産する工房と、僕のアイデアを実現するための場所…簡単に言うと、いいもの製作所のメンバーが自由につかえる研究工房と、それらを管理するエリー商会の建物をアンジェルお姉さんの出資で建設することになり、その案に乗る形でニック様と騎士団長さん達が、


「捨て子を拾ったらしいから、ケン殿の家もでかくしてやるか!」


となったそうなのだ。


しかも、ファーメル家の別荘という名目で家を建てて、石鹸の開発や販売に奥様が一丁噛みし、誰かを配置する計画らしい。


自分の部下が赴任するならばということで、ニック様の号令で、新たに整備された集落のエリアに空堀や石壁を作るために土魔法師が派遣されているという状況である。


アンジェルお姉さんが連れてきた大工さんは、僕があの時お風呂の作り方を教えた大工さん達で、


「先生、奥さまの依頼でやって来やしたぜ!」


と僕に言って、早速弟子達と作業小屋を建てはじめている。


作業小屋で寝起きしながらエリーさんの商会の建物等を建てるのだそうだ。


騎士団の方々が作業を進める中で、大役を果たしたアルを労っている僕の後ろに並ぶ新しい家族が紹介を待っていたので、


アルに、カトルとサーラスにナナを紹介した。


アル生まれて初めて「アル兄ぃ」と呼ばれて、なんだかくすぐったそうにしていたが、ナナが僕の事を「とーちゃん」と呼んでいるのを聞いて、アルは、


「僕って、叔父さんでいいのかな?」


と、困っていた。


「えっ、アルお兄ちゃんで良いんじゃないかな?」


と僕がいうと、ナナちゃんは、


「アルお兄ちゃん。」


と可愛くアルを呼び、アルは、


「弟も妹も出来て凄く嬉しいよ。」


と言って、カトルとサーラスを呼んで、ナナちゃんと手を繋ぎ騎士団が建てた大きなテントに移動して、ミリアローゼお嬢様とお茶を楽しんでいた。


僕への蜂の巣退治の報酬はお金では無くて、建物やその建物の安全を守る壁と言うことは理解できたのだが、同時に、


『お金も欲しかったな…家族が増えて食品とかも掛かるし…』


と、内心少し残念な僕にニック様が近寄り、小声で、


「少し相談が有るのだが…」


と言ってくる。


僕は、少し皆から距離を置いて話を聞くとニック様は、


「実は、夜の狩場の面々が、アンジェル商会から許可を得てポテチを作れる様になって客も増えたらしいのだが、もう一つ何か名物の芋料理が欲しいらしいのだ…何とか知恵を貸して貰えないだろうか?」


とお願いされたので、最近カトルとサーラスとで作っているベーコンを使ったジャーマンポテトを提案すると、ニック様は、


「ぜひ、サーラスという娘を連れて『蝶』の面々に会ってくれぬか…無理を承知で頼む。

これは、新しいメニューへの報酬と町までの旅費だ。」


と言って小金貨一枚を僕に渡してきた。


ニック様は、


「アノ三人はアレでも私の部下だから、寂しそうにしているのを見ておれんのだ。

たまにはサーラスという娘と顔を出してやってくれ…宜しく頼む。」


と言われた。


よし、ダント兄さんの様子見がてら少し温かくなったら町に行ってみるか。

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