第44話 ドット町の日陰の住人

ペル村からのスタンピードを懸念した報告を受けて、溢れた魔物を騎士団で減らせば良いと判断したのが、そもそもの間違いらしく、


あの魔物達は大きな宿りバチの群れを恐れて森の住処から逃げて来た魔物という根本原因から確認していれば、もっとやり方が有ったはずだと、騎士団長さんがニック様にこんこんと叱られていた。


スタンピードの心配のなくなったペル村は、何時もの静けさを取り戻し、分け前の肉を渡そうとしたのだが、既に森の入り口付近に溢れた魔物のおかげで村には肉が大量にあるので、今回の騎士団の獲物の皮の加工をペル村の革細工工房に委託して工賃を払う事で話がついたらしい。


そして僕とは後日話し合いを持つといわれて解散となった翌朝、僕はもう一件の『後日の話し合い』の為に、カッツ商会の中にあるアンジェルお姉さんのお仕事部屋にきている…

何時もの様に僕の横には、


「これ、自分が同席しても良いヤツですかね?」


と、心配そうに座っているピーターさんだったが、アンジェルお姉さんに、


「後程エリステラに会いに行きますので、どうぞ居てくださいまし。」


と、ファーメル家への通信手段として座らされてる様だった。


さて、僕は何故ここに居るのか? ということだが、


「エリーさんに私、投資いたします!」


とのアンジェルお姉さんの宣言から会議が始まった。


「これを見てくださいまし。」と言ってアンジェルお姉さんがテーブルに広げたエリーさんからの手紙には、


石鹸を作る為に、ハーブ園の運営、マチ婆ちゃんの薬屋の傘下に香りの抽出工房の準備、石鹸の製造工房は勿論、塩や植物油の買い付け…

将来的にはオリーブなどの生産まで自家製を目指すプランが書かれていた。


アンジェルお姉さんは、


「ここまでの才能を眠らすには惜しい!

エリーさんに投資して、エリー商会としてこれらの計画を実現して欲しいのです。」


と熱く語り、その上で、


「商会の補佐に、私の部下を一名とは別に、ファーメル家からも文官職を一名、エリー商会に出向させます。

これはエリステラからの提案で、ゆくゆくはエリーさん達の村を整備して、現地で働く文官職の橋渡しになることも目指して…というのは建前でエリステラがエリー商会に私と同じく出資するので、石鹸を一部、優先的に販売して欲しいとの意味で、その為ならば、ファーメル家の力も投入するとの意思表示です。」


とアンジェルお姉さんは言われた。


それならば、石鹸の特許を持っている『いいもの製作所』はエリー商会の開発部門として囲い込んでもらえるかな? 等と思いながら、その後の話を聞いていると、


アンジェル商会は、材料の買い付けや領都の大商会がエリー商会にちょっかいをかけない様にする役目と、

ファーメル家は、貴族世界への石鹸の売り込みを担当してくれるらしい、騎士爵では他の貴族からの善からぬ圧力に耐えられないが、実家の辺境伯家も巻き込んで強い後ろ楯になってくれるように動いてくれるらしい。


いきなりデカい話になったが、エリーさんの熱意とこの能力は確かに眠らせておくには惜しい。


『もう、村の発展はエリーさんにまかせるか?』


と考えているとアンジェルお姉さんが、


「で、ケン君に提案が有ります。」


と言ってくる。


僕は、何を提案されるのかビクビクしながらも、


「な、なんでございましょうか?」


と答えると、


「ケン君の集落に大工の方々を派遣します。

代金は私持ちでエリー商会の建物を建てますので、その大工の親方達に手紙に書いて有ったお風呂の作り方を教えてあげて欲しいのです。」


とお願いされた。


僕が、


「自然循環風呂の登録は商業ギルドにしてありますからワザワザおしえなくても…」


というと、


「大工の全てが文字が読める訳ではないの…現物を見なければ解らないし、一度作らないと解らない場合もあるのよ。」


と言っていた。


僕が蜂に刺されてる間に、よく知る大工さんに自分の家にも薪風呂が作れないか相談したらしいが、パイプは特許使用料を払えば何処の鍛治屋でもつくれるが、一般的家庭でそもそも湯船を作らないので、貴族の屋敷を建てるような大規模な工房しか湯船の作り方を知らない上に、理屈が解らない物を作れる訳がないと言われたらしい。


僕は、


「理屈が解れば作れるんならば、明後日に帰る予定ですが、それまでなら説明会を開けますよ。」


と提案すると、すぐにアンジェルお姉さんは、


「誰か、いませんか?」


と職員さんを呼ぶと、「失礼します。」と入ってきた青年は、


「あれ?ケンさんじゃないっすか。

セクシー・マンドラゴラ姉さんの所以来っす。」


と頭をさげた。


アンジェルお姉さんは、一瞬「セクシー・マンドラゴラ姉さん…」と呟きこちらを冷たい目で見るが、すぐに素になり、


「明日の午前中に大工の親方達を集めて下さい。

薪で沸かす家庭用のお風呂の作り方の説明をしましす。」


と言って、伝言を頼んでいた。


アンジェルお姉さんは、


「聞きたいことも有りますが、今はファーメル家との話し合いが先ですわね。」


と言ってピーターさんにアポイントメントをたのんでいた。


すぐにお屋敷に行く事になったアンジェル様から解放された僕と、ピーターさんは、


「さて、これからどうしますか?」


というが、僕はアルとの買い物で財布がお寒い状態で、ピーターさんも給料日前と、何とも悲しい状態であり、


「昨日の分配金はまだですし…散歩しながら宿に帰りますか…」


と、歩き始めた。


暫く町をぶらぶらしながら、安い屋台の串焼きで買い食いをして昼を済ませていると、


「ひったくりぃぃぃ!」


との女性の悲鳴が響き、その声の方には、倒れている女性の少し先をボロい服をきた少年が買い物鞄を抱えて走っていた。


「僕行きます!」


とだけ言い残しぼくは、ピーターさんを残して少年を追いかけた。


「えっ、ちょっ…」


と慌てるピーターさんを無視して、トップスピードで人の隙間を掻い潜り、角を曲がり少し安心したであろう少年を取り押さえた。


「いってぇな!離せよ馬鹿野郎!!」


と騒ぐ少年に、


「悪い事するだけあって、口も悪いな糞ガキ。」


と言ってやると、少年はしばらく暴れたがやがて観念し、


「見逃してくれよ…妹が居るんだ…」


と泣き出した。


泣く少年の手の間接をキメて、押さえつけている自分に罪悪感を覚えるが、悪いことは悪いのだ。


そうこうしていると、


「大丈夫ですか?こちらです。」


と倒されていた女性をエスコートしながらピーターさんが走ってきた。


ピーターさんに少年をお願いして、女性に、


「大変嫌な思いをさせました。

大切な買い物カゴも壊し、食材もダメにしてしまい申し訳ありません。」


と言って懐から全財産を出して袋ごと女性に渡すと、


「まぁ、こんなに!」


と言った女性は、


「後はお任せしますわ。」


と言って帰って行った。


ピーターさんが、


「お金無かったんじゃ?」


と僕に聞くので、


「小銀貨二枚程度はまだ有りましたが、ついさっき財布ごと無くなりましたよ。」


と、うんざりしながら言って、地べたに座らされている少年に、


「妹は本当に居るの?」


と聞くと、涙目でコクリと頷く、


「じゃあ案内宜しく、まぁ、変な気を起こして逃げても僕は、あっという間に追い付くから観念しなよ。」


と言って少年を立たせて案内をさせた。


そして、案内された場所は下水道道の中…

とても快適とは言えない環境の中で子供が2人座っていた。


彼らは兄妹では無く、どこぞの集落から捨てられた子供なのだとか…実りの秋なのに満足に食べれずに…と、ピーターさんと二人でやりきれない気持ちで子供達の話を聞いた。


まず、ひったくりの兄は遠くの集落で捨てられ、流れ流れて夏の終わりにここに来たのだとか、

そして、次男?の犬っぽい獣人の子供はある意味ここで一番のベテランで、刃こぼれして冒険者が捨てたであろうナイフ一本で、暮らしているらしい。


下水道でネズミ魔物が倒せるのならば、冒険者になればいいのだが、問題はこの子が全く読み書きが出来ず、しかも受け答えまでタドタドしいのだ…


どの段階で捨てられたのか想像すると涙が溢れた…

因みにピーターさんは既にボロ泣きである。


最後の妹は、最近捨てられたばかりで、病気か何かで歩き難くなり捨てられらしい…

医者にかかるお金が無いという理由なんて…この子が悪い訳ではないのに…と、やり場の無い怒りが沸いてきた。

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