第42話 ヤツの名は

その日の夜キャンプ地にて、凸レンズの説明や、太陽光を使った戦法について、水魔法師の三名は勿論、ミリアローゼお嬢様も参加してもらい講習会を行っている。


アルは僕の説明をメモに書き残し、後日僕の代わりに分からない点があればメモを頼りに答える担当であるが、何故か後ろの方に騎士団長まで座って講義を聞いているのは何故だろうか…

あれか、僕みたいなのが何か変な事を教えないか不安なのかな?

それか、さっきニチャニチャスレイヤーなどと適当な事を言って、はぐらかしたからかな?などと気にしながらも、講義を進め、


1、レンズで太陽を見ない。

2、可能な限り山や森など火事が起きてすぐ消せない場所では使用を控える。

3、真似されやすいから人前で乱用しない。


という3つのお約束をしてもらった。


「最後に何か質問は?」


と僕が聞くと、騎士団長が手を上げて、


「太陽光が当たらない日陰に居るヤツはどうやって倒す?」


と、意地悪な質問をしてくる。


あぁ、やっぱり僕の事を嫌いなんだな…騎士団長さんとは距離を置いたほうがいいのかな?

と考えつつ、


「騎士団皆で鏡でも持って太陽光を反射させて一点に集めてから垂直に立てた水レンズで光を更に集束させたら、日陰や屋内の敵にも使えないことも無いと思います。」


と答える僕に、騎士団長さんは続けて、


「その決まりを破ったらどうなる?」


と聞いてくる…何だよ、そんなに僕が信用ならない?

約束破ったら命を半分頂く!とか言うと思った?!

と、少し凹みながらも、僕は、


「別にどうもしません、レンズで太陽光を見たら失明する可能性があるのでオススメしないだけです。

まぁ、大型魔物とかには先ずは目を狙うって作戦もアリですし、悪魔の発想ならば、敵の拠点をまず燃やすって選択肢もあります。

ただ、水操作が出来れば誰でもすぐに使えるので、直ぐに真似されますよってだけです。」


と答えると、


「うむ…」とだけ答えて騎士団長は黙ってしまった。


もう、怖いよお…何か僕、騎士団長にやらかしましたか? と思いつつその日はお開きとなった。


信用されて居ない様で、少し寂しい気持ちで朝を迎えたのだが、眠れなかったのもあり、装備も整えてテントから出ようかどうか悩んでいる時に、甲高い笛の音が鳴り響き、外から


「緊急救難信号! 北東の方角、偵察班本体からと思われます!!」


と聞こえる。


その音に目覚めたアルが、


「ケン兄ぃ、何?これ??」


と半分寝ぼけながら聞いてくるので、


「なんか、緊急事態らしいからアルは装備を整えてミリアローゼお嬢様と合流して。」


と、僕が指示しすると、


「うん、ケン兄ぃは?」


と言われたので、


「分からないけど様子を見てくるよ。」


と言ってテントから飛び出した。


テントの外では、


「索敵持ちは何人いる?!」


「はい、三名であります。」


などと聞こえて、真ん中の大きなテントの前で騎士団長が、


「索敵持ちを一名含む五人一組の三組に別れて、救難信号弾の元に迎え!

あくまでも人命最優先だ!!

やべぇヤツがいたら倒さなくて良いから逃げろ…仲間を頼んだ。

残った者はお嬢様の警護と戦闘準備だ、あと、もしもの時の為に応急処置の準備を!!」


と指示を出している。


少し離れた森の入り口まで救出部隊を乗せた馬車が出発し、


『では僕も様子を見てくるか…』


と準備体操を軽くした後に森に向かおうとすると、騎士団長が、


「聖人様、何処に行かれるおつもりで?!」


と大きな声で呼び止められた。


「いや、ちょっと様子を…」


と、答える僕に、


「あなた様は何を考えておられる!守るべき対象が増えれば騎士団員が迷惑だ!」


と叱られてしまった。


シュンとなりながら中央テントでお嬢様と待つ事に成ったのだが、僕の隣でピーターさんがピリピリしながら報告を待っている。


そして十分ほど過ぎた頃に、ピーターさんが、


「第一救出部隊、偵察班を目視で確認!

おい、どうした!? 報告をつづけろ!!」


と取り乱すと同時に新たな救難信号が2つ上がり、


焦るピーターさんが、青い顔をしながら、


「第二救出部隊か!!

どうした?!ハチ…蜂か?蜂がどうした。

…おい!」


と叫ぶと同時に最後の一組の救出部隊からと思われる救難信号が射ち上がった。


それは一ヶ所ではなくて、少し離れた位置から発射され、合わせて煙が三本立ち上ぼり、秋の空にユックリ溶けて消えていった。


ピーターさんが、


「団長、未確認ながら敵は『蜂』の可能性、最後の報告の言葉が『蜂だ!大量の蜂…』でした。」


と騎士団長に報告して、それを聞いた騎士団長は、


「くそ!あと何人ついてこれる!?」


と怒鳴っているが、総勢50名の内、20名近くが森の中で救難信号を上げる状態で、


五名は運搬担当の騎士に五名は回復魔法師なので、大量の蜂との乱戦は向かない…十名はお嬢様の護衛やピーターさん達通信班だ。


騎士団長さんと突撃できるのは十名前後…玉砕覚悟で最低限残して突っ込んだって、既にそのぐらいの人数が負けて救難信号を上げている…


どっちにしろ見込みが薄い…


現状を把握して苦々しい顔で考えている騎士団長は、


「すまん、俺のワガママだ!皆の命を俺に…」


と、馬鹿な答えにたどり着いたので、トップスピードで駆け寄り膝カックンしてやり、愛のあるチョップも後頭部に入れてやった。


ビックリして固まる騎士団長の前に回り、


「ぶぁっかもぉぉぉぉん!」


と波平バリに怒鳴りつけ、


「団員の命を預かる騎士団長が焦って突撃?

少し頭を冷やせ!

通信部隊が居るのならば、本部に残した団員もよべるし、

蜂が敵と解ったのならば、蜂が嫌がる虫除けの香を馬車いっぱい持って来させても良い!

ちなみにだが、てめぇの見栄や、意地の為に死んで良い命なんざ、ニチャニチャの魔石程も無いわい!!」


と、さっきのお返しとばかりに、少し強めに叱ってやった。


騎士団長は膝をついたまま、


「ですが、聖人様…」


という騎士団長に、


「あと、僕の事を聖人と呼ぶな!

頼まれたなら、悪事以外なら何でもこなす、

何でも屋のケンちゃんだ!」


と啖呵をきって、周囲の騎士団員に、


「えー、騎士団長が熱くなっているので、このまま風に当てといて下さい。

僕は、今から蜂の巣駆除に参りますので、」


と宣言すると、騎士団長が、


「しかし、聖人様…」


と、懲りもせずにまた呼んだので、


「聖人っていうなと言ったそばから…

ちょっとじゃない、しっかり頭を冷やせ!!

僕は、神様にサービスで毒が効かないスキルを貰いました。

この中で蜂の毒に対抗できる唯一の駒ですよ、使わないでどうします?

でも、毒は効かないけど、針刺されたら痛いのは変わらないんだからね!

因みに蜂の巣駆除は危ないから、成功報酬ははずんでよ!!

ピーターさん!ニック様にもその点は宜しく!」


と言って、全力で森へと駆け出した。


背中にアルの、


「いってらっしゃ~い」


という、呑気な声を聞きながら、


「アル!お嬢様をちゃんと守れよぉぉぉぉぉ。」


と後ろ手に手を振って走りつづけた。


あれ、僕って馬より速くね?と思いながら走ること暫し、どう考えてもヤバい光景が目に入ってきた。


アイツ…知ってる。


魔物図鑑に載ってたから、『いつか、蜂の巣駆除依頼が来るかな?』と思いつつ、図鑑を広げて生態を読んで、


「あぁ、コイツは無理だ…」


と、自分で結論を出した蜂の魔物で、ケツのパーツだけでもラグビーボールサイズの脚長バチっぽい黒い蜂の魔物…『宿りバチ』で間違えない。


毒で相手を麻痺させて、生きたままの生物に卵を産みつけるキモキモ生物だ。


秋に多くの獲物に卵を産み付け、越冬用の巣に溜め込む習性がある。


麻痺しただけの生き物は、ヤツ等の卵を宿したままその体温で冬の巣の暖房になった後に、春にはめでたく卵が孵り、幼虫の餌に早変わりするという最悪な効率主義の蜂野郎である。


到着した現場は、戦闘が有った様で何匹か地面に転がる蜂に、数匹の蜂に運ばれて行く騎士団員も見えるが、蜂は完璧に激オコモードで、イライラしながら辺りを警戒している。


多分、偵察の騎士団員がたまたま巣の近くに来て襲われて、その後の救出班が蜂の巣を突っついて、こうなってしまったのだろう。


まだ騎士団員が数名地面に転がっている状態を少し遠くで眺めながら、


「どうすっぺかなぁ…?」


と一人、木の陰で呟くのだった。

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