第37話 知るという事
辺境伯様の領地はここ十数年、腹の中にいる虫に睨みを利かせながらピリピリしている状態で、ファーメル家も、周辺の村にお金と人材をさいて管理など出来ず、親父さんの方針で騎士団を強くして、次男への抑止力としているそうだ。
まぁ、町から追われた難民みたいな村人から税を取れないし、取るのは可哀想というのも解るけど、お貴族様が自分の領地を住み難くしてどうすんの? と呆れるしかなかった。
因みにでは有るが、セクシー・マンドラゴラ姉さん達は、辺境伯様からニック様へ与えられた『蝶』という凄腕の諜報部隊である…らしい…
『いや、あんな目立つ諜報部隊って!!』
と、ツッコミたい自分を押さえるのが大変だった。
セクシー・マンドラゴラ姉さんは東の端の町出身で、弟がこの町に逃げてきた事もあり、ドットの町に転属願いを出したからファーメル家のお抱えとなったみたいだが、
「ボーラス兄様は、私を下に見ているから、敵対する価値も、ましてや仲間にする価値も無いと放置しているので、探りを入れたり入れられたりとかは無いのだ。」
と、ニック様が言っていたので、セクシーマンドラゴラ姉さんは、最近は本業の諜報より副業のバーの方が忙しいみたいだ。
情報の受け渡し場所として『夜の狩場』が機能しているのは理解したが、いまだにセクシー・マンドラゴラ姉さん達が諜報部隊という事実を飲み込めないまま男同士、サシでのお茶会が終了した。
お屋敷の玄関ではピーターさんが待っていてくれて、
「宿屋までお送りしますよ。」
と言われたので、僕は思わず、
「えっ、農業指導は終わりましたよ?」
と、護衛などの任務も終了したのでは無いかと思っていたら、ピーターさんは、
「いえ、家に帰られるまでが農業指導ですので、滞在中は護衛させて頂きます。」
と、遠足みたいな事を言い出す。
「僕にばかり構ってくれて、騎士団のお仕事は大丈夫ですか?…嬉しいですが…」
と、通常業務の心配を僕がすると、ピーターさんは、
「騎士団員は沢山おりますので大丈夫です。
むしろ、前回の事もありデスマッチカウで儲けた団員は勿論、あぶれた団員からも、護衛を申し出る者が後を絶えません。」
と、笑っていた。
お言葉に甘えて、カッツ商会へ送ってもらい、マジックバッグから石鹸と手紙を取り出して、
「アンジェル奥様にこれを」
と、商会の職員さんに託して、続けてピーターさんと一緒にダント商会に向かって貰うと、店の前には張り紙がしてあり、
『ピーラーとスライサーの次回入荷予定』
と書いてあり、その横には、
『来春、新商品発売予定!
ゴルツ工房と、人気レストラン木漏れ日亭の共同開発…』
などと煽る張り紙まである。
店舗には数名のお客様に、知らない女性が接客をしていた。
「ごめんください、会長か奥様おられますか?」
と、その女性に聞くと、
「はい、奥で接客中でございます。」
というので、僕は、
「では、また明日以降に…」
と、出直すむねを伝えいると、店舗から事務所に続く扉がバン! と開いて、エプロン姿のダント兄さんが現れ、
「やっぱり!ケンの声だと思ったよ。」
と言いながら僕に抱きつく…正直、粉なら何やらで汚れてる兄に抱きしめられて複雑な気分だったが、
「ケン」と僕の事を呼び抱きつく兄をみた女性店員さんは、
「会長、この方がケンさんでしたか…
すみません私、少し前からこちらの商会でお世話になっておりますゴルツ工房の孫でイリアと申します。」
と、2つ折れになりそうな勢いでペコリと頭を下げる。
「あぁ、兄がお世話になっています。」
という僕に、イリアさんは、
「はい、お世話して…いや、こちらこそ…というか、ケンさんならば先に言って頂ければすぐに会長と奥様を…」
と慌て散らかしていた。
店番をイリアさんに任せて、僕とピーターさんが事務所に入ると、リリー姉さんと、見知らぬコック姿のお兄さんと、その奥にはアンジェルお姉さんまで座っていた。
全員と挨拶をすませると、コックさんはあのレストランの料理長のゲットさんで、現在試作品のパスタマシンとミンサーのテストがてら実演販売の為の練習を兼ねて一緒にミートボールと、ニンニクと油と唐辛子のパスタ、いわゆるペペロンチーノを試作しているのだそうだ。
僕は、
「こちらにアンお姉さんが居たのを知っていたらカッツ商会に寄ってエリーさんからの届け物を頼まなくて良かったですね。」
と言いながらパスタマシンとミンサーを確かめていると、
アンジェルお姉さんは、
「えっ?エリーさんから!
私、少し席を外しますが、必ず試食に戻りますからっ!」
と言い残して行ってしまった。
皆とアンお姉さんを送りだして、作りかけの料理を見ていると、料理人のゲットさんが、
「なんとも便利な調理器具を発明して頂き、ありがとうございます。
今回の作品も素晴らしい。」
と誉めてくれた。
「いえ、いえ」と言いながらテーブルを眺めると、ひき肉が山の様に有る。
思わず「これは?」と聞く僕に、リリーお姉さんが、
「女の私にも出来るかな?ってやってみたら楽しくって…つい…」
と恥ずかしそうに話していたので、ミンサーは女性でも使えた様だ。
ゲットさんが、沢山のひき肉をペンペンと叩き、
「今晩の店の一品として何か考えますので大丈夫ですよ。」
と笑っていたので、僕は、ハッと、あることを思い出して、
「このミンチでソーセージ作ってみません?」
と提案して、ダント兄さんに、
「ミンサーの絞りだしノズルって出来てる?」
と聞くと、ダント兄さんは、
「ゴルツ工房に抜かりはないよと」
と金属製のノズルを振ってアピールする。
ゲットさんは、
「レシピを見せて貰いましたが、なかなか小型や中型魔物の内臓が…その…手に入りませんので…」
と申し訳無さそうに答えた。
僕は、
「良いの、良いの、知ってるから、解体の時に捨てちゃうからね、手に入りにくいよね。
でも内臓も美味しいんだよ。」
というと、ピーターさんはもだが、狩人の娘のリリー姉さんまで疑いの目であった。
知ってたよ…食べる文化無いもんね…と思いながら、マジックバッグからあの時の猪魔物の小腸を昔見聞きした知識を総動員して、脂身を処理して塩漬けにしてから塩抜きしておいた物をとりだした。
まぁ、生の内臓を直入れしているのが気になって、いずれミンサーが貰えたとき用に保管したものだが、鞄からヌチャっと現れた腸に一同ドン引きだったが構わずに、ひき肉にマジックバッグからハーブ等を取り出して混ぜだすと、ゲットさんが、「はっ!」と息を吸い込み我に返り、
「今のは何を混ぜました?」
と聞いていきたので、僕は、
「本当ならば、燻製したいけど、街中では『火事か!?』と、騒がれるから、今日はハーブソーセージにして茹でようと思ってます。」
と言ってハーブの説明をしようとするが、
「燻製?」
と、料理人のゲットさんが首を傾げてしまう。
しまった、燻製も一般的では無かったか…田舎だからご近所皆が知らないだけだと… と後悔しながらも、マジックバッグからミロおじさん達から守り抜いたベーコンを取り出して、
「もう、それだけしか有りませんが、燻製という調理法のタックルボアのばら肉です。
良ければ少し切って軽く焼くと美味しいですし、今から作るパスタに混ぜても香りが楽しめますよ。」
と言いながらもひき肉に塩や卵白などを混ぜ込みミンサーでもっとなめらかにしてから、
「この下処理をした腸もそのボアのですが、僕が思っていたよりも太くて分厚いので、燻製して丸かじりには向かないかもしれませんね。」
という僕の言葉をメモしながらフンフンと鼻を鳴らすゲットさんに向けてのお料理教室のような時間が過ぎて、
ようやく全てがセットされたミンサーから絞り出されて生み出されるフランクフルトっぽい太さのハーブたっぷりの肉に、リリー姉さんが興奮して、ゲットさんより先に、
「私やりたい!」
と食いついてきた。
そして、代わる代わるミンサーのハンドルを回して出来上がった少し不揃いな腸詰めを臭み消し用の野菜とコトコト茹で始めた頃にアンジェルお姉さんが戻って来たらしく、遠くから響くアンジェルお姉さんの足音でダント兄さんが、
「ヤバいぞ、お怒りだ…」
と、青い顔になったと同時に、
「ケン君!これはどういう事!!」
と、アンジェルお姉さんが、ご機嫌斜めのご様子で事務所へ入って来た。
えぇ…僕ですか? 何が何やら全く解らないよ…
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