第36話 涙の別れと恥ずかしい思い出

農業指導が無事に終了した。


本当の事をいうと、既に僕が教えれる事などほとんど無いと思われる。


なぜならば、僕が農家の爺さんから習ったことは大概伝えたし、あとは皆さん本業の農家なので、発芽したジャガイモは立派にそだてるし、連作障害対策の転作も、


「あの作物とこの作物は葉っぱの形が似ているから同じグループかもしれないな…」


等と意見交換をして、既に僕が知らない領域の話まで共有しドットの町の農業のレベルは各自が行っていた少し前より確実に上がったと思う。


すべての畑からジャガイモが収穫され、使った種芋の数と出来たジャガイモの数を集計すると、豊作の年程の収穫が得られたらしい…

まぁ、元の一個の種芋から一つの苗では無くて、半分にして二つの苗になるので倍の収穫になるのは当たり前と言えば当たり前である。


講義も終わり、農家の方々に


「師匠の教えを守り、飢えに苦しむ事のない未来を我々が作ります。」


と言われ、中には、


「太陽の神バーニス様と月の神ノックス様に感謝致します。

我らに知恵を授けるべく賢者様を遣わせて頂き…」


と祈りだす農家さんまであらわれた。


『あの~、僕、バーニス様とノックス様には会ったことってありませんよ。アマノ様ならこの間会いましたけど…』


と、思いつつ僕が、


「止めてください、僕は賢者ではありませんので…」


と言うと、他の農家の方から、


「そうだせ、師匠は賢者様ではないぞ、教会が認めた聖人様だぜ!」


と言い出した。


あぁ、忘れてたわ、その設定…面倒臭いなぁ…

と、そういえばそんな設定が盛られてた事を思いだし、


「賢者様と聖人様はどっちが偉いんだ?」


等と言っている農家の方々に、僕は、


「確かに僕は、先日神々より祝福を受け、マジックバッグという沢山の物が入る鞄を授かりましたが、ちっとも偉くなど有りません。

僕は、皆さんこそ称えられるべきだと思っております。

なぜならば、皆さんは今から一緒に手を取り合い、飢えに苦しむ人々や、貧しさに悲しむ人々に生きる為の活力を届けるべく、様々な作物を作るという正に崇高な仕事にその身を捧げられるのですから…」


と声をかけると、方々からすすり泣く声が聞こえ、


「師匠、見ていてください!」とか、「師匠の教えを胸にがんばります。」などと農家の皆さんから熱い気持ちをぶつけられ、みんなで、


「よし、これからが本番だ!!」


との掛け声で農業指導が締め括られた。


ファーメルの菜園担当のマットさんも、


「師匠、グスン…わだじも、がんばりまず…」


と泣きながら終了の挨拶をするためにファーメル家の当主ニックさんの部屋に僕を案内してくれている。


若い方の菜園担当のリードさんまで、


「ケン師匠、良い〆の挨拶でした。」


とウルウルしている。


いやいや、リードさんはシッカリとマットさんのツッコミ役をしてくれないと…と呆れながら、感動にむせび泣く二人に挟まれたまま屋敷の中の応接室に通され、もう結構お馴染みとなった僕の知る唯一のお貴族様のニック・ファーメル騎士爵様へと農業指導の終了の挨拶を行う。


ニック様からは労いの言葉と、講師料を頂いた後に、


「ケン殿、この後少しお茶に付き合ってくれぬか?」


とお茶のお誘いを受けた。


ファーメルご一家とのお茶会かと思ったが、ニック様とサシのお茶会で、少し驚く僕に、


「すまんな、本来ならば酒でも酌み交わしながらユックリと語りたいのだが…」


と言いながらお茶を配り終えたメイドさんに、下がる様に指示を出すニック様に、一瞬、ファーメル家御用達の夜の狩場の看板とセクシー・マンドラゴラ姉さんの顔が過って、『まさか、ニック様は僕を…』と、肌寒い筈なのに汗が一筋流れた。


僕が、


「お気遣いなく、酒はまだ飲めない年ですし、飲まないと決めております。」


と、少し緊張気味に答えると、


「飲まない…それは、前世に関係が?」


と、僕の秘密を知るニック様が聞いてくるので、出されたお茶を飲みながら、


「はい、恥ずかしながら嫁と娘に捨てられて、酒に逃げた過去が…いや、前世がありましてね。」


と答えると、ニック様は、


「これは、聖人さまにもそのような…」


と、楽しそうに笑う。


その後、ニック様に僕の悲しい前世を語ると、


「話を聞けば気の毒な…まさか聖人様といえど、前世では嫁を寝取られ酒に溺れ、一人寂しく死ぬとは…そなたの弟子や信者には聞かせられんな…」


と、哀れんでくれた。


「弟子を正式に取った覚えもないし、信者は益々取った記憶など無いですよぉ~。」


と反論すると、ニック様は、


「そんな事言うとマットが泣いてしまうぞ。」


と言って、また笑っていた。


そして、ニック様は、


「聖人様の恥ずかし話を聞かせて頂いたので、私も少し恥ずかし話をさせてもらおうか…」


と言い出したので、思わず、


「ニック様の恥ずかしいって、夜の狩場が御用達の話ならば知っていますよ。」


と答えると、ニック様はお茶を吹き出しながら、


「あれは違うぞ!いや、違わないが、」


と慌てだす。


しかし、諦めた様にニック様は、この辺境伯領の少し昔…というか今も続く辺境伯領の話をしてくれた。


ココの町を領都に持つ辺境伯家には三人の息子がいて、人々からの評判が良く優しい 長男ライアス様と、切れ者だが自分勝手な次男ボーラス様と、至って普通のニック様という三人… 将来は少しの衝突が有ったとしても仲良く辺境伯領を盛り立ててくれるはずと皆が思っていたのだが、問題は年の近い長男と次男が同じ女性を好きになった事から様々な歯車が狂ったのか、はたまた止まっていた歯車が動きだしたのか、二人の間に因縁が生まれ、令嬢が長男を選んだ事により、次男の長男への憎しみが更にその因縁を色濃いモノに変えてたそうだ。


長男はこれ以上次男を傷付ける事を恐れて、次男を避けてしまい、

次男の方は、長男は勿論、辺境伯家を継ぐから長男を選んだと思い込み令嬢にまで恨みの矛先を向ける程で、最後には辺境伯家を継ぐべきは自分だと言い出し、一部の家臣と手を結び長男ライアス様を追い落とそうとしはじめた。


しかし、根っからの切れ者の次男は何の痕跡も残しておらず、数名の家臣の処分でこの騒動は終わったかのように見えたのだが、三人がそれぞれ成人して、長男は父の代役として中央へと出向く様になると、再び次男が、この期に勢力を伸ばそうと動き出し、その動きを察知した辺境伯派閥の貴族からの報告で辺境伯様の知る所になり、悩んだ辺境伯様は、辺境伯領の東の端の町の代官に次男を任命し、陛下より賜った任命権により準男爵を与えて、辺境伯家とは別の貴族家の当主として、次男を本家から遠ざけ、しかもその町の事実上の管理者に辺境伯様の弟、つまり叔父さんを据えて次男の監視を依頼したのだとか…体の良い軟禁である。


何だかキナ臭い話しに少しうんざりしている僕に、ニック様は、


「確かに聞いていて楽しい話ではないな…話していても楽しく無いので、可哀想と思ってもう少し付き合ってくれ。」


と言って話を続けた。


問題は15年ほど前に、お目付け役の叔父さんが急死した事に始まるらしく、邪魔な重石が無くなった次男は、書類上は町の全権を握る代官であり、これをチャンスと町から叔父さんの派閥を追い出し、叔父さん側の住民まで、罪をでっち上げ、次々と…

しかし、胸くそが悪いが、町での権限を持つ次男は止まらない上に、辺境伯は自分の息子を叱る事を諦め、何か領都にしない限りは放置して、行動を起こすならば軍を用いて全力で磨り潰す為に間者を放っているという…


「父ちゃんなら、ひっ叩いて何とかできませんでした?」


とうんざりしながら僕が聞くと、


「貴族のしがらみが有るらしい…」


とニック様は答え、第一夫人と第二夫人の実家を巻き込んだ代理戦争の状態を嘆いていた。


『そんなの知らんがな…』と言いたかったが、この事が僕の…いや僕達兄弟にも関係が有るとうっすら気が付いてしまったのだ。


なかなか大きな町から次男が敵派閥となる者を追放して、逆らう者には罰を与え、少なくなった住人に重い税金を科す。


勿論、町を捨てる人も続出し、行くところが無い者が各地の集落に等に流れる。


数年で食べて行ける様になる村人など稀なので、口減らしが…と、最悪な連作により僕達兄弟は巡り会ったのかもしれない事を知り少し憤る。


『なにやってんの!?辺境伯さん!!』


と、未だ見ぬお貴族様と、べつに見たくないニック様の上に兄に呆れてしまったのだった。

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