第35話 最後の農業指導へ
秋の収穫時期が訪れ、アルの畑はエリーさんの指揮のもと集落総出の豆の収穫が始まった。
アルが戻るまでのアルの畑の作物は集落で分配する事になり、各家の冬の蓄えに回るので皆生き生きと畑作業を行い、
「これが終わったら豆料理で一杯やろうや!」
と、おじさんチームが騒いでいる。
今年の集落は豆と肉は潤沢に有りそうだし、隣村で物々交換すれぱ、ジャガイモや玉ねぎなど、保存のきく野菜も沢山蓄えられそうだ。
アルの学費を貯めるのに、この畑を頼らなくても良くなったのが大きく、いざとなれば、僕が出稼ぎで魔物を倒しても良いということで、今では心配事もなく稼業の何でも屋に打ち込める。
そして、薬草集めは三兄妹が完璧にこなしてくれるので、益々僕は、何でも屋の仕事に力を入れて、庭掃除は勿論、収穫の手伝いや、最近では牧場から森狼を追い払う依頼まで入るのだが、加えて言うと洗濯業務はやっていない!
いくらスキルがもらえたからと言ってクリーンで洗濯をしてしまうと、あまりの白さに注文が増えて、『洗濯屋ケンちゃん』として名が売れる可能性がある…もっと『何でも屋ケンちゃん』が浸透してからなら考えなくもないが…
しかし、小さな隣村であるが、顧客が前よりも増えて、今では離れた集落に住んでいる僕も家族の様に迎えてくれる村人が増えてきたのが何より嬉しい。
これは、風呂が完成した翌日、いいもの製作所のメンバーを隣村へ送る為にミロおじさんがチェリー号を出してくれて、帰りにマチ婆ちゃんを連れて帰って来て、婆ちゃんにゆっくりと風呂を楽しんでもらい、翌日またチェリー号を出してもらいマチ婆ちゃんを隣村まで送ったのだが、その後、マチ婆ちゃんの店のご近所さんや、何でも屋の常連さんが馬車を出して、お風呂を見物に来ては浸かって帰っていくという事が続いき、
やがて噂が広がり、お風呂に入ってみたいが、知らない人の家には行くのは気が引けるので、知り合いを探すと僕の顧客の爺ちゃんや婆ちゃんに行き着き、
「一回はケンちゃんの何でも屋を使ってやってよ。」
みたいな宣伝をしてくれている事が大きく、今月に入り何でも屋の仕事は急に忙しく成り、予約も沢山入っている。
ステータス補正のおかげで仕事は楽にこなせるし、早く終わる事もあるので、収穫の手伝いなど時期の被る依頼は掛け持ちをする事まで出てきた。
お風呂見学に来た人は、もれなくマダム・マチルダの石鹸のテスターも兼ねていて、そちらの評判も良く、練習でエリーさんが少量であるが、自宅でセッセと作った石鹸をマチ婆ちゃんの薬屋で販売してみたが、村の奥様達からの熱い支持を受けて品切れが続いている。
まぁ、マチ婆ちゃんは自分の名前の入った石鹸を売るのが恥ずかしいとボヤイていたが、売り切れ続きの棚を見て、まんざらでも無い様子だった。
そして、先日、初めて隣村の村長さんが集落にやって来て、
「足の悪い村人が、こちらのお風呂に浸かると少し足の具合が良くなったという噂や、新しい石鹸の効果で肌がすべすべになったという話が流れて、我が村にもお風呂なる物を作って欲しいという声が高まっているのだが…」
と相談されたので、
とりあえず風呂に一度浸かって現物を実感して貰うと、村長さんは、
「建設費はかなりかかるのだろうか?」
と、真剣に相談された。
『確かに徒歩で三時間で馬車でも1~2時間では冬場は湯冷めしてしまう。』
と考えて、村長さんと取引をしたのだ。
隣村は管轄的にはドットの町の管轄だが、村を守る兵士を出して貰えない代わりに年貢も無いというモグリな村であり特産物も無くて、不作の年には近隣の村と同じく口減らしも行われる放置された様な名前も無い村である。
そこで、僕…というか、いいもの製作所の三人の職人達が、
「村を巻き込みデカい事をしたい!」
と言っていたので、隣村の土地の多くを切り開いた先祖を持つ村長さんというポジションの大地主さんをリーダーにして、隣村を一つの会社として機能させて、飢饉に強い村にしようという計画だ。
まずは村人の結束を固める為に、公衆入浴施設を作り、村人の為に解放し、村人で管理運営をする。
そして、村長の呼び掛けで、『マダム・マチルダの石鹸』を村の特産品にして、生産を村人で行い、それを元手に次々と特産品を生み出す強い村にしましょう!
と村長に伝えてみたのだ。
村長さんは、「うーん」と唸った後に、
「少し村の者と相談したいので、時間が欲しい。」
と答えたので、
「僕も来週から半月程留守にしますし、帰ってきてから決めましょう。
既に今年の冬の手仕事で石鹸を作る予定にしていますので、どんなモノか見た後で来年からでも僕は、構いません。
べつに、お風呂だけを注文してくれても大丈夫ですし、一度話し合ってみて下さい。」
と僕がいうと、村長さんは、
「では帰って来たら、すまないが連絡をくれると有難い。」
と言って馬車で帰って行った。
そして、僕は来週からの最後の農業指導の準備を始めたのだが、エリーさん達が心配そうに我が家を訪れ、
「村長さんは、なんだって?」
と聞いてきたので、僕は、
「村人からお風呂の要望が出たから聞きにきたらしいので、村を丸ごと商会というか工房のようにして、手の空いた村人で石鹸など特産品を生産して飢饉がきても食べ物を蓄えれるぐらい強い村にしませんか?
って伝えたんですが、一旦持ち帰ると言われました。」
と伝えたると、エリーさんは、
「大丈夫よ、いざとなったら隣村の女性陣を抱き込んで、この集落で石鹸を生産します。
絶対にアレは売れます!」
と笑っていた。
ミロおじさん達は、
「デカい風呂を作るのか?手伝うぜ!」
と、言いながら既に完成後の酒盛りの話題をはじめている。
それからエリーさんは、
「来週ドット行きでしょ? これをアンジェル様にお渡しして。」
と、石鹸職人エリーさんの力作、マダム・マチルダ印の石鹸を10個と手紙を僕に渡して、
「まだ、数は作れないけど、マチルダさんの薬屋に納品に行った時にトトリさんとも相談して、この冬に沢山作って、お金持ちや貴族の奥様を顧客に取り込んでやりましょうっていう作戦の第一歩です。」
と言っていた。
凄いやり手だ…リリー姉さんもそうだが、多分商人向きの性格はエリーさん譲りではないかと確信した。
確かにアンジェル商会やカッツ商会を絡めたら、材料の植物オイルなども安定して手に入るかも知れない…
エリーさんからの気持ちと石鹸をマジックバッグにしまい、引き続き出張の準備に取りかかると、おじさんチームが、
「帰って来たらまた冬越しの肉集めに行くから、ケンも頼むぜ!
あぁ、村に風呂を作るならば、またニチャニチャ狩りもだな、ケンは休み無しだな…がんばれよ。」
と笑っていた。
そうか、風呂を作るのにニチャニチャもだが、錬金ギルドでニチャニチャ粘液を粘土状にする素材も必要だな…帰りに購入してこよう。
などと、しているうちに旅立ちの日がやって来た。
今回の農業指導で講師の依頼終了する。
ジャガイモの収穫をしている各農家の畑を視察して回り、最後に来年の作付けの為の講義をして、農業指導は全て終了となり、あとはファーメル家が今回参加した農家と実験などをして資料を作成し中央に報告する流れだ。
これで、あとはアルが魔法学校にお嬢様と入学出来れば本当に無事に完了で、何でも屋に集中出来る。
冒険者の様に金を目的に依頼をこなすのでは無くて、やっぱり、僕という人間を頼りにしてくれて、ちょっと困ったからと依頼してくれる仕事では、金額や仕事内容ではなくて、満足感が違うのだ。
やはり、前世で家族に恵まれなかったからか、他人から感謝されたり、家族の様に色々相談されたりと、人と繋がれる幸せが実感できるから、この仕事が好きなのだろう。
それに、恩人である何でも屋の社長の意思を継いでいる感覚があり、この仕事を誇りに感じているのだ。
ファーメル家からの迎えの馬車に乗り込みながら、
『さぁ、しっかり終わらせて次に進むぞ!』
と意気込みながらドットの町へと向かった。
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