第34話 いいもの製作所

森の奥で人知れず魔物と戦う男が居る…

その男は他の魔物には目もくれず、ただひたすらに奴らを倒す。


そう彼の名はケン…

ニチャニチャスレイヤーのケンその人であるっ!


と、雰囲気を出してみたが、隣村で買い付けた空き樽をマジックバッグにしまいこみ、リントさんの仕事に同行して、いつものキャンプ地でリントさんの倒した魔物の運搬と血抜きのお手伝いをしているだけである。


これは、何でも屋の仕事ではなく、僕が無理を言ってついてきたのだ。


リントさんの罠にかかった獲物をマジックバッグにしまい、キャンプに戻り川で血抜きをして、内臓を取り出して川に浸けておくと、血の匂いを嗅ぎ付けたニチャニチャが集まってくる。


もう獲物本体は鞄の中なので、内臓に群がり始めるニチャニチャを僕が、倒しては空き樽に核を抜き取った粘液を放り込み何だか微妙に嫌なビジュアルの粘液満載樽が出来上がる。


対ニチャニチャ専用装備と、新に授かった状態異常無効スキルで、毒は勿論、溶解粘液すらも酸性の毒判定のか、服は溶かすが皮膚は溶けないみたいで、もうニチャニチャなど怖くはないのだ。


しかし、なぜこんな事をしているかというと、先日お土産配りの帰り道、村でベントさんに呼び止められ、そして、


「おっ、ようやく帰ってきたか、取り分の話し合いが出来るな。」


と拉致られ、鍛冶屋のベントさんと、錬金術師でニチャニチャコーティングが得意なウサギ獣人のタクトさんに、木工職人のプギーさん、それに僕という四人で、竹トンボと、扇風機の特許料の配分の話になったのだ。


正直、竹トンボがどこかの町で1つ作られて粒銅貨5つとかあまり興味が無いし、扇風機は完成図を見せたが、完成させたのは三人の職人さん達なので、僕は辞退したのだが、


「そうはいかない!」


と言われて、「では今回に限り三人で分けて下さい」と告げて、「つぎの発明品からは4等分で」と言って帰ろうとしたのだが、


「せめて、このチームの命名をケン君に!」


とか、


「次は何を作ろうとしているんだ?」


とか、


「手伝える事はありますか?」


等と言われて。


新に薪で沸かせる個人所有のお風呂が作りたいことや、そこで使う石鹸を作る計画を伝えると、


「それはどんな感じだ?!」


と身を乗り出して聞いてくる三人に自然循環式の薪風呂の構造を説明して、

ドットの町で使った石鹸があまりにも酷かったので新しい石鹸を作りたいと話す。


タクトさんの話では、ニチャニチャの粘液とレンガで釜戸が出来るし、町の錬金ギルドでは耐火レンガやニチャニチャと混ぜると加工しやすくなる特殊な砂状の素材が売っていて、まぜると粘土のように扱えて、熱を加えると硬化して耐水性もあるので、貴族の家では湯船に使われるらしい。


石鹸も錬金ギルドと商業ギルドの合作で、泡立つ樹液と、使われない魔物の脂身から生成されているらしく、中央でもあのもう一つな石鹸が使われているそうだ。


三人の職人は、


「よし、俺たちに試作は任せてくれ!」


と言ってくれて、


鍛冶屋のベントさんはお風呂の循環パイプの作成と、

錬金術師のタクトさんはドットの町へ買い出しに出てくれて、

木工細工職人のプギーさんは、僕がお願いしたモノの製作を開始してくれたのだ。


そして最後に僕は、このチームの命名を『いいもの製作所』と命名し、

現在、ニチャニチャ粘液の回収をしているということなのだ。


川の浅瀬に立ち、


「あぁ、猪魔物の小腸ってミンサーが有ればソーセージとかに使えそうだな…

でも、ミンサーも無いし、腸なんて日持ちしないだろうなぁ…」


と僕がブツブツ言いながら猪の処理をしていると、


「おーい、ケン君、いっぺん帰ろうか、」


と、リントさんが僕に声をかけてくれたのだが、


『あっ、マジックバッグって時間停止機能つきだ!』


と思い出して、猪の腸を友禅流しのように川で洗って直接鞄に放り込む作業に集中して気づかない僕を、かなり引いた表情でリントさんは見ていた。


ようやく冷たい視線に気づいた僕は顔を上げて、


「あっ!お帰りなさい。」


と言いながら川から上がると、リントさんは、


「あの腸、どうするの?」


と聞いてくるので、僕が


「えっ、食べようかと…」


と、答えると、リントさんは、


「お肉分けてあげるから…そんな…」


と、引いている。


リントさんのイメージでは、魔物の内臓は大都会のスラムの方々が召し上がる物らしく、可哀想な目で、


「リリー達を助ける為に無理な出費をしたんだろ?」


と、リントさんは、僕が金欠でいきなり狩りを手伝うと言ったり、臓物を鞄にしまうという行動に出たのだろうと、心底心配していた。


僕は、リントさんにニチャニチャの粒魔石をだして、


「いや、リントさん、僕はニチャニチャの粘液を大量に必要な案件がありまして、

リントさんから教えて貰った箱罠を、僕の鎧を作ってくれたタクトさん達が改良して強くて硬い箱罠にしてくれるのに沢山ニチャニチャの粘液が必要で…

あと、家にお風呂を作るのにもニチャニチャが…」


と、説明しているとリントさんは目の色を変えて、


「ケン君、お風呂ってあの魔道具でお湯を沸かすあれかい?」


と聞いてくるので、僕が、


「魔道具は高いらしいので薪で沸かすやつです。」


と答えると、リントさんは、


「あぁ、沸かして体を拭く釜戸か…」


と、ガッカリしてるので、僕が不思議そうに、


「えっ、浸かるタイプですけど?」


と返すと、リントさんは再び興奮して、ガバッと僕の両肩を掴みグワングワンと揺らして、


「出来るのかい?本当に、薪で」


と言ってくるので、揺さぶられながらも、


「出来ますよっ、ちょ、酔っちゃう!」


と抗議してようやく止めてくれた。


話を聞けば、エリーさんは、とある貴族の娘さんで、たまたま森で出会った狩人のリントさんと恋におちて駆け落ちしてこの集落に流れてきたらしく、ここでの生活に何の不満もないが、エリーさんがお風呂に入りたがるので、リントさんが、たまに樽にお湯を鍋で沸かして入れて、なんちゃって風呂で我慢してもらうのだが、用意は大変だし、徐々に冷めてエリーさんももう一つ楽しめないらしい。


リントさんは、


「私も手伝うから使わせて欲しい!」


と言ってくれてたあと、


「ケン君、もう近場のニチャニチャは粗方倒したのならば一旦帰ってエリーにも報告…いや、ミロさんとレオさんも巻き込んで凄いのを作ろう!!」


とノリノリな提案をしてくれた。


そこからはもうトントン拍子で話が進み、我が家の井戸横に、ミロおじさんと、レオおじさんの手により丸太の風呂小屋が完成し、いいもの製作所の三人が隣村から駆けつけてくれて、

屋根と目隠し壁だけの小屋に、おじさんチームも参加してものの数日で風呂が完成した。


井戸水を汲むのが少し大変だが、水がはられた湯船に、木工職人のプギーさんが作ってくれた風呂蓋が乗せられ、鍛治釜戸の専門家のベントさん作の焚き口に火がくべられる。


火が湯船の外に伸びたパイプを熱して暖かいお湯がパイプの上に移動し湯船に帰り、下のパイプから湯船の冷たい水が引き込まれる。


無事にお湯が沸いたのを確認して、一番風呂をエリーさんにお願いした。


勿論焚き口担当はリントさんである。


レディファースト的な意味が強いが、集落でこの世界のお風呂を知っているのはエリーさんだけだ。


つまり、エリーさんが満足すれば既存のお風呂に対抗できる事になる。


夫婦仲良くお風呂を楽しんでいる間にオッサン達は、


「おつかれ、おつかれ!それじゃあ飲みますか!!」


と酒盛りをはじめた。

元より呑み仲間だったらしく、仲良く飲み始めた皆に、僕のとっておきを振る舞っておいた。


それは、リントおじさんが僕を哀れに思って分けてくれた猪魔物のバラ肉で、それを塩漬けした後で塩抜きをしてから燻製にした自家製ベーコンである。


酒飲み達が一仕事終えて、ベーコン片手にワインを飲んでキャッキャと騒いでいると、湯上がりホカホカのエリーさんが現れて、


「ケン君、これは何?!」


と、石鹸を握りしめている。


「石鹸ですけど?」


と、とぼけて答えると、エリーさんは、


「これは石鹸ではない…石鹸以上のナニかよ!!」


と騒いでいるのを見た いいもの製作所のメンバーが、小さくガッツポーズを作る。


そう、これはマチ婆ちゃんが香りを抽出したハーブの香りを使ったオリーブオイルと灰のアクをベースにした植物石鹸なのだ。


しかも、木工職人のプギーさんに作って貰った木型で形成した可愛い丸みの有るフォルムに、『マダム・マチルダ』と刻印され、塩も配合されているので汚れ落ちも抜群な逸品である。


「これ、私買う!どこで売ってるの!!」


と言っているエリーさんを見て、ベントさんが、


「どうするよ、これは特許申請してから、村の専売にしないか?

薬屋のマチルダ婆さんが居ないとダメだし、村で作って売り出そうよ、ケン君。」


と言われて、


「そうですね、村の特産にして売り出しても良いですね。

でも誰か管理してくれる人が必要ですね。」


と僕が話していると、エリーさんが、


「何?ケン君達が作ってるの!」


と食いついてきたので、僕は、


「マチ婆ちゃんと共同開発だけど、試作品しか無くて生産の目処も立ってないんだ。

冬に隣村で、農家の方に冬の手仕事として…」


と言っている最中に、エリーさんが、


「私が作る!いっぱい作るから、一部リリー達に扱わせて、お願い!」


と興奮気味に言ってくれたので、マチ婆ちゃんと、エリーさんに、トトリさんと三兄妹の薬草の取りに行けない冬の手仕事として作りはじめて、来年以降お客さんの反応を見つつ生産量を増やす計画にした。


その後おっさん達が代わる代わる風呂を楽しみ、ユックリと風呂を楽しみたくて順番を最後にした僕の番がやってきた時には、風呂のお湯が少なくなっており、酒を飲んで風呂に入ったおっさんは酔いが回りダウン気味なので、再び井戸で水を一人で汲み上げ、薪もくべなくては入れる状態では無かった。


体力的にはステータス補正のおかげで問題無かったが、精神的に削られ、焚き口に竹筒を近づけ「ふー、ふー」とやりながら、せめて井戸に手押しポンプでもつけたいな…などと考えていた。

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