第33話 やっぱり田舎が落ち着く
やっと帰って来た。
締め切っていた自宅の窓を開けて風を入れ替えつつ、静かな集落の空気を吸い込んだ。
かなり色々あり疲れた出張だったのに、最後の『聖人』のくだりは完全に余計だったと思う。
ファーメル家での夕食ではアンジェルお姉さんやダント兄さんまで呼ばれていて、勿論アルも参加して、『賢者だと思ってたけど聖人ってどういう事?お食事会』が開かれて説明を求められた。
どこまで説明するか迷いながら、
「とある事故を起こした前世の僕は、その事故の結果を悔いて闇に取り込まれそうに成った所を、その事故の当事者の神様に助けて頂きました。
本当に訳の解らない事を言っているのは自分で理解しています。」
と、事のあらましを話しはじめた。
こちらでいう馬車での事故を起こした事や、色々な世界の神様が関わってくれた事、そして、神様から罪は無いと言われたが、自分が許せずに闇に食われそうな自分を救う為に急遽この世界に転生した事を伝え、
そして、今朝、自分の事故で迷惑をかけ、他の世界に飛ばされ勇者と成った神様見習いの男性本人から許しをもらった事を説明した。
あまりにも多い情報量に皆が固まる中で、あまり興味が無さそうにお食事をされていたミリアローゼお嬢様が、
「つまりケン様は、しなくて良い反省をして神様から心配されていただけですね。
良かったですわね。
ようやくご自分を許してあげられて、おめでとうございます。」
と、声をかけてくれた。
突拍子もない話で固まっていた部屋の中で、予想していなかった人物からの的確なまとめを受けて、皆が話を理解出来た様で、会の主催者のニック様が、
「では、ケン殿は聖人や賢者として大きな使命がある訳では…」
と恐る恐る聞いてくるので、僕は、
「はい、全く有りません。
自由に楽しく生きなさいと言われたぐらいです。」
と答えると、ニック様はホッとしたようで、
「あぁ、何か不吉な事や、神の試練から人々を導く為に遣わされたのかと心配したが…」
と、深々と椅子にもたれ掛かり脱力していた。
ダント兄さんが、
「じゃあ、ケンは神様と話したんだ。」
と聞いて来たので、
「そうだよ、見習いの神様や他の世界の神様だから教会の神々の像みたいな方々では無かったけど、神様の世界に招待されたんだ。」
と答えると、兄は満足そうに「ケンは凄ぇな!」と言ってくれ、アルは、
「ケン兄ぃ、神様からプレゼント貰ったんだよね?」
と、聞いてきたので、
「生き物以外なら、いっぱい入る鞄とスキルを貰ったよ。」
と僕が答えると、アルは、
「どんなスキル?」
と、興味が有るようなので、食卓を見回すと、ミリアローゼお嬢様が、ちょうど肉料理のソースを跳ねさせてドレスに染みが出来て、
「イヤだ、またやっちゃった…」
と悲しそうにされていたので、これはクリーンを使うチャンスでは? と思い、お嬢様に許可をとり、もう、染みだけでは無くて服全体的にクリーンを掛けてあげると襟元のソースジミは綺麗さっぱりなくなり喜ぶミリアローゼ様にその後三着程クリーンを依頼されたが、このままでは『洗濯屋』の2つ名が付きそうなので、それ以上はお断りさせていただいた。
そんな食事会が終わり、ニック様から、
「本日、ここで聞いた事は他言無用だ!
ケン殿は、貧しさに悩む人々を救う賢者から、神々の祝福を受けて聖人になられた…
ただそれだけの目出度い事が起こったという事で人々には希望を与えて貰う事をお願いしたい。」
と頭をさげられた。
中央を捨てた人々が流れ着く最果ての地であるこの地で、作物が不作で有れば繰り返される口減らしが無くなる様に人々の希望になって欲しいと大層なお願いをされて一瞬困ったが、
僕も何でも屋である…それくらいの依頼は引き受けてやる! と意気込んで、
「はいっ!」
と答えて帰って来たのだが、正直何をして良いかなんて解らない。
自宅の窓から裏庭の井戸を見ながら、
「まずは井戸周りの草引きからはじめるか。」
と、自分に提案して、トボトボと裏庭に回り、伸びた草を引っこ抜きながら、
「大きな事は出来ませんが、小さな事からコツコツと…自宅に風呂でも作るかな?」
とブツブツ言いながら井戸周りを綺麗にして、軽く体を洗ってから、ご近所へお土産を配りに向かった。
リントさんとエリーさん夫婦には、ダント商会での話をしてリリー姉さんの無事を報告し、ピーラーとスライサーをマジックバッグから取り出してエリーさんに渡した。
「この商品でダント商会にお客さんが沢山来ているよ。」
と伝えると、二人とも安心していた。
それから、ミロおじさんとレオおじさんの家に向かい、マジックバッグから青い自称猫型の有袋類ロボットからドアが出て来る時の様に、ヌッとワインの樽を出すと、二人は腰を抜かしていた。
「神様から貰っちゃた。」
と、自慢気に鞄を見せると、二人のおじさんは、アホの子を見るみたいに生暖かい眼差しで、
「そうか、良かったな。」
とだけ言ってくれた。
あとは、マチ婆ちゃんの飴と、トトリさんに生地を届ける為に隣村に行くだけだが、鞄に入っているので、このまま走って行く事にしたのだが、
先に爺さんに報告するために丘に向かい、ドットの町で買った焼き菓子を爺さんと兄弟の墓に供えて、
「爺さんのおかげで生きて罪を償えました。」
と手を合わせてから、マチ婆ちゃんの薬屋を目指した。
道中、足取りが軽いのは、気持ちの問題では無くて、アマノ様から貰ったステータス補正のせいだろうし、ほぼ手ぶらで荷車要らずなのも何とも楽だった。
薬屋に到着し、マチ婆ちゃんに、木箱に並んだら4つの飴と瓶を見せると、
「数が多いね。」
と言われたので、セクシー・マンドレイク姉さんの話を、実演販売から話して、妹さんの店でオマケして貰ったことを告げると、マチ婆ちゃんは楽しそうに笑って、ハーブティーを入れてくれた。
マチ婆ちゃんに預かっていた飴代のおつりをわたすと、
「お駄賃だからケン坊が、貰っておきな。」
と言ってくれて、グイグイとおつりを押し付けてくる。
渋々受け取り「ありがとう。」と婆ちゃんに告げると、「あいよ」とだけ答えてハーブティーをすすっているマチ婆ちゃんに、
『何か出来ないかな?』
と考えながら僕もハーブティーに口をつける。
マチ婆ちゃんブレンドのハーブティーは爽やかな香りがして、昔から大好きだ。
頭の片隅に自宅に風呂を作る計画や、あの宿屋の少し獣臭い石鹸の事などが有ったのか、ふいに、
『こんな良い香りの石鹸ならば最高なのに…』
と考え付いて、思わず
「これだ!!」
と叫んでしまった。
急に叫んだ僕に驚いたマチ婆ちゃんが、
「な、なんだい!」
と胸を押さえて飛び上がりながら、驚かされた事に抗議している。
僕が、マチ婆ちゃんの寿命が縮まったんじゃないかと心配すると、
「そんな事でアタシは死なないよっ!」
と、更に膨れてしまったので、
「マチ婆ちゃん、長生きしてね。」
と可愛くおねだりすると、先程の飴玉を僕の前に一粒置いて、嬉しそうに
「味見しょっか。」
とイタズラっ子みたいに笑っていた。
飴玉を放馬りながら、
「マチ婆ちゃん、あのハーブティーの香りって集められる?」
と聞くと、婆ちゃんは、
「匂いかい? まぁ、香水を作る薬師も居るからね、出来ない事は無いと思うけどねぇ」
と答えてくれたので、
可愛く「マチ婆ちゃんお願い。」とおねだりして香りの生成をお願いした。
「じゃあ、マチ婆ちゃん、お代を」
というと、「家族から金が取れるか!」とまた拗ねてしまったので、婆ちゃんに抱きつき、
「ありがとうねマチ婆ちゃん。」
と僕がいうと、またニコニコして、
「えっと、香りの抽出の手引きは…」
と作業をはじめて、
「3日もありゃ出来るから、三人に顔を見せてやんな。」
と送り出され、三兄妹の家に向かった。
あとは、トトリさんに生地と、三人には飛びリスの隠れ家のクッキーを渡せばお土産配りも終わりだな…
さぁ、お風呂にとりかかるぞ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます