第30話 暖かくなる懐と
もう、騎士団の皆さんはホクホクの笑顔で帰って行かれた。
勿論、僕もEランク冒険者に昇格した上に、懐も暖かく成ったのだが、ギルド職員のお姉さんには、
「いきなり危ない依頼を受けて!もしも達成出来なかったら違約金が必要だし、そうでなくても、いきなりランク不問のクエストとは言え、かなり難しいクエストを…、死んだらどうするの?!」
と、お説教も頂いてしまった。
あまり公には、「騎士団におんぶに抱っこでした。」とは言えないので、
「は~い、以後気をつけまぁ~す。」
と元気よく答えて逃げ帰って来たのだ。
現在は宿屋の井戸場で、ピーターさんが、
「ここの宿は井戸横の釜戸でお湯を沸かせるから有難いです。
騎士団の寮では、戦地で潜伏する時に敵に見つからないようにと、日頃から水で体を洗っているので…」
などと言いながら討伐の疲れを洗い流している横で僕もワシワシと体を洗っている。
しかし、井戸水で体を洗う日々から、お湯で体を拭けるという幸せに最初は感動したが、人間とは贅沢なもので、今では泡立ちがもう一つな上に、香りもいまいちな石鹸を見つめながら、
「最初は石鹸があるだけで嬉しかったが、風呂に浸かりたいなぁ…」
とつぶやく僕に、ピーターさんが、
「えっ?お風呂って、貴族の方々の屋敷にある温泉を模したアレでしょ。
あんな魔石をバカバカ使う贅沢品にケン殿は入った事が有るので?」
と聞いてくる。
『えっ?こっちにも有るんだお風呂…えっ!温泉もあるの!!』
と心の中で驚くが、『前世で』と言えない僕は、平静を装い、
「ド田舎の自宅に無いから、入ってみたいんですよぉ…ちなみに温泉って近いんですか?」
と聞いてみる。
ピーターさんは背中を濡らした熱い手拭いでワシワシとしながら、
「一番近いのだと、領都ココの町の近くですかね?」
と、答えてくれた。
「へぇ~、じゃあ、アルが魔法学校に受かったら見学ついでに行ってみたいけど、片道一週間近いと、大変そうだな…」
と僕が呟いていると、ピーターさんが、
「それとなくニック様に相談しましょうか?お屋敷にもお風呂があるはずですから。」
と、言ってくれたが、恐れ多いのでパスした。
そして、貴族の間でお風呂上がりに、その温泉地の名物である炭酸水で作った飲み物を飲むのが流行している事を教えて貰い、
『えっ?!ラムネだって作れる!!』
と喜んだ瞬間、少し引っ掛かっていた事がストンと納得出来てしまったのだ。
それは夏のはじめ、急遽住み込みのアルバイトをはじめたアルを一月ぶりに訪問した時に、
「ゴメンな、約束していた松の葉のシュワシュワが来年以降になってしまった。」
と謝ると、アルは微妙な表情で、
「気にしないでケン兄ぃ、僕、もう別に松の葉のシュワシュワ要らないから…」
と言っていたので、
あぁ、完全にアル拗ねてしまった… と思っていたが、あれは違う!
アルは、もう知ってしまったんだ…本物の炭酸の刺激ってヤツを…
そりゃあ、僕の可愛い弟はもう、あの駄菓子屋の粉炭酸よりシュワシュワしない松の葉っぱ汁では、もう満足出来ない体にされたのだ!!
と理解し、多分風呂の魅力もついでに知ってしまった弟に、複雑な感情のまま、『クソッ…あの頃のアルはもう居ないんだな…』と、哀しみつつ、自分は小さな桶のお湯を体にかけていた。
ピーターさんと裸の付き合いをしてから、二人仲良く一階の食堂で夕御飯を食べながら、あすの予定を立てる。
明日は最終日で教会で鑑定をしてもらった後で、買い物に回り、ファーメル家の方から報酬をもらったら集落に帰るだけである。
鑑定なんて、ものの数分後だろうし、冬用の生地を三兄妹に買って帰ればトトリさんが仕立てくれるはずであろう。
飴も買ったし、兄夫婦も心配ない。
弟も順調だし…
特に買うものも無いな…と思っているが、それでは明日の午前中で全ての予定が終わってしまう。
それは実に勿体ない!
僕は、ピーターさんに
「ねぇ、さっき言ってた炭酸水って何処かで買えない?」
と聞くと、肉をフォークで刺しながら、
「そうですねぇ、たしか錬金ギルドの創薬部門で買えるって聞いた事があります。
自分はシュワシュワするのはエールで十分なので買ったことは無いですが。」
と言った後で肉を頬張り平和な笑みを浮かべている。
懐が暖かいのでピーターさんも一安心なのだろう。
そんな理由から明日は教会の後は、軽くショッピングをしてから錬金ギルドという魔道具ギルドとボーションなどの創薬ギルドの2つが一緒になっているギルドのショップを見に行く事に決定した。
ちなみにマチ婆ちゃんはこの創薬ギルドの元偉いさんで、昔は中央近くの大都市にいたらしいが、都会が嫌になり田舎に流れ着いたのだが、息子さんも薬師に向いたスキルだったらしく独り立ちしてココの町で薬屋を営んでいるのだ。
いくらマチ婆ちゃんが、創薬ギルドの会員だったとしても、やはり田舎の村まで炭酸水が普及していなかったのか、マチ婆ちゃんの現役時代のトレンドが松の葉っぱのシュワシュワ止まりだったのか…
真実を聞くのは少し怖いので、わざとマチ婆ちゃんに炭酸水の話題はふらない事に決めた。
そして、翌朝一番にファーメル家の爺やさんが宿屋を訪問して、農業指導の代金を頂いたのだが、正直こんな財布の状態で町に出ると、スリが怖くてキョロキョロしてしまいそうだ。
ソソクサと懐に財布をしまって、服の上からポンポンっと叩いて確認し、小さく「よし。」と呟くと、
爺やさんは用事が済んだのに今回はすぐに帰ろうとせずに、
「ケン殿、少しよろしいかな?」
と、神妙な顔で話しはじめた。
内容としては、長年教育したミリアローゼお嬢様だったが何年経ってもアホのままで、自分の不甲斐なさを恥じて退職を申し出てからはお嬢様の勉強には決して関わらない事を言い渡されて、今日まで来たのだが、最近「ミリアローゼお嬢様が賢くなった」と使用人の噂で聞いて、気になってアルに聞いたところ、模擬テストを見せてもらうと、顎が外れ、オシッコチビりそうになるくらい驚いたらしい。
それと同時に、自分は何年も掛けて取り組んだのに、アル先生はたった数ヶ月で…と、再び自信を無くして泣き出してしまったのだ。
その時にアルから、
「僕では上手に説明出来ませんが、兄ならぱきっとご自分がいかに凄い偉業を成し遂げられたか話してくれると思います。」
と言われていたらしい。
アルめ、ピーピー泣いてるメンタル弱めのおっさんを丸投げしやがって… と、思いながらも、僕が、
「確かに弟が家庭教師をしてから、お嬢様の学力が伸びたかもしれません。
しかし、それは1有った物を2へと増やしただけです。
お嬢様も申されていたそうです。
爺やさんに勉強を教わったから読み書きが出来ていると…
つまり、貴方は種も無い大地から見事に学力という苗木を生やして見せたのです。
その苦労は並大抵では無かったと思います。
私の弟も、その苗木に水をやる作業一つに手こずり泣いていた程でしたよ。
しかし、苗木が既に有ったお陰で私達兄弟は知恵を出し有って、何とか苗木に日の光が届く様にして、水を与える事が出来ただけの話しです。」
と、爺やさんを誉めると、爺やさんは少し明るくなり、
「では、私のしたことは無駄では…」
と呟く、僕は、『すこし面倒臭いな…』と感じつつも、
「無から有を生み出された功労者ですよ。」
というと爺やさんは、パァ~とお花畑に包まれた様な笑顔になり、ルンルンで帰って言った。
あんなメンタルでは生き難いだろうに…爺やさんファイト… と、浮かれて帰る爺やさんを見送り、ピーターさんに、
「行きましょうか、」
というと、ピーターさんは、
「悪い人では無いんですけどね…いかんせん感情の起伏が…」
と、残念そうな目をしていた。
お陰で、財布はヌクヌクと膨らんだが、少し精神を削られての1日のスタートとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます