第28話 夜の狩場の主

あぁ、気になっていた事が全て済んだ気がして、爽やかな気分で大通りを歩く僕に、ピーターさんが、


「馬車を呼びます。」


と言ってくれたが、このまま暫く歩きたい僕は、


「歩いて行ける所で飴が買えるところ… 出来れば一粒では無くて瓶単位で買える所って無いですかね。

ちょっとお使いを頼まれてまして…」


とリクエストをしてみると、


「ファーメル家御用達の焼き菓子や飴を売っている飛びリスの隠れ家というお店が有りますのでご案内します。」


と教えてくれて、散歩がてら町を歩いた。


ピーターさんと歩きながら色々な話をしたのだが、大概は、


「あんな発想は何処から?」とか、「その知識量と実年齢に違和感が…」などと際どい質問をやんわりとはぐからしながら、飛びリスの隠れ家というだけあり、一人ではとてもたどり着けそうにない裏通りを進んでいる。


しかし、ピーターさんが、


「やはり、ケンさんは、実は…」


と、なにかしらの真実へとたどり着きそうになったその瞬間、僕の視界はグンと高くなり、ピーターさんを見下ろす形になっていた。


ビックリしながらも状況を確認すると、ガタイの良い長髪の男性に高い高いされている様で、


ロン毛のおっちゃんが、


「人の秘密をヅケヅケ聞くのは、いくら色男でもメッだわよ。」


と、野太いが、柔らかいおネエ口調でピーターさんを叱り、僕をヒョイと自分の後ろに隠す様に降ろしてから優しい笑顔で、


「もう、大丈夫よ可愛い芋虫ちゃん。

アタシが来たからには、芋虫ちゃんが自由に自分の羽で舞い上がるまで守ってあげるわ。

昨日、貴方を見かけた時からアタシ、この子、同じ匂いがする!って確信したのっ。

皆の前で話す時に、見え隠れする乙女の香りに、色男をツイツイ虐めちゃうイタズラなハート、

万能皮剥き器ピーラーくん3号…ワタシも買っちゃった。」


と僕の頭を撫でながら言ったあと、ピーターさんに向かい、


「乙女の秘密を探ろうなんて恥を知りな!

これ以上この子のハートをえぐろうっていうのならば、このワタシ、セクシー・マンドラゴラ姉さんが相手になるよ!!」


と、独特な構えでピーターさんに向き合う…


僕も、ピーターさんも時間が止まったかの様に、無の表情で、脳の処理能力を総動員させたのだが、何が起きているのかが解らない…

結局、僕とピーターさんから出た言葉は、


「誰?」


という言葉だった。


セクシー・マンドラゴラ姉さんと名乗るおっさんの騒ぐ声に、近くの建物から二人の男性?が駆けつけ、


「マン姉ぇ喧嘩?助太刀するわよ!」


と構えをとる細身の長身のお兄さんと、


こちらは女性かな?と思われた小柄で可愛らしい方からも低い声で、


「やだ、タイプなんですけどぉ~」


とピーターさんに詰め寄っている。


もう、それから色々説明するも理解するのもややこしくなり、


「とりあえず、裏通りとは言え往来でする話じゃないわね。

ついてきな!」


と、近くの会員制クラブ『夜の狩場』という怪しげな蝶の絵が書かれた看板の建物へと連行された。


事の発端は、僕が実演販売で、レジェンド的な販売員の真似をして、エセおネエ口調でピーラーを売っていたのを見た本業のセクシー・マンドラゴラ姉さんが、『やがて蝶になりたがっている芋虫ちゃんだ!』と誤認し、

たまたま、店のある裏通りで、質問責めに合う僕を見つけ、『したくないカミングアウトを強制されている!』と勘違いして~ので、現在に至り、


「ゴメンなさぁ~い!

アタシってば、てっきり同じ志しの若者かと…」


と言いながら、オレンジを握りつぶしフレッシュオレンジジュースを僕とピーターさんに出してくれた。


誤解は解けたのだが、一応助けてくれたセクシー・マンドラゴラ姉さんにお礼を言ってから色々な話をしていると、おネエさん達は手際よく、


「開店までに色々作らないとね。」


と、夜の営業にむけてのお摘まみを作っていた。


セクシー・マンドラゴラ姉さんはピーラーをつかいながら、


「本当に良い発明品だわ、ワタシってジャガイモ料理が得意でこの店でもジャガイモ料理を沢山出すのよ。

最近はポテチっていうお摘まみが人気なんだけど、仕入れの量が少なくて…」


と言っているところに、


「毎度ぉ!アンジェル商会です。」


と、弟のアルの付き添いをして本屋を巡ってくれていたアンジェル商会の

青年がバスケットに入ったポテチの納品に現れ、


「あっれえぇ?ケンさんじゃないっすか!?

なんですか?そんな趣味が…」


とニヨニヨしているので、僕は、少しイラッとしながらも、


「色々有ったけど、まとめると、困ってた僕を親切なセクシー・マンドラゴラ姉さんが助けてくれたんだよ。」


と説明すると、青年は興味無さげに、


「そうっすか。」


とだけ返すが、目が『また、またぁ…』と疑っている。


俺は更にイラッとしながら、


「ポテチの納品は子供達の仕事じゃないの?」


とそっけなく聞くと、青年は、


「いゃあ、流石にセクシーが過ぎる場所に子供は来させられないから、先輩達は娼館に行っちゃって、下っぱのオイラがセクシー・マンドラゴラ姉さん達のご機嫌を伺いにきたってところです。」


と言っていたので、僕は、


「ではアンジェルお姉さんに、恩人のセクシー・マンドラゴラ姉さんが、店の営業にポテチが足りないらしいから何か良いアイデアありませんか?

って伝えておいて!」


と用事をお願いして帰らせた。


そこで、僕も、


「あっ忘れてた飴を買いに来たんだ!

ファーメル家御用達のお菓子屋さんに急がなきゃ!!」


と本来の用事を思いだし、おネエさん方にお礼を言って店を出ようとすると、


「あぁ、妹の店ね、

マン姉さんの紹介で来たって言えばオマケしてくれるわよ。」


と、送り出してくれた。


兄妹かぁ、世間は狭いな…などと思いつつお菓子屋に急ごうとしたのだが、しかし、おネエさん達の店から出ようとした時に、僕は見つけてしまったのだ。夜の狩場の看板の横に小さくファーメル家御用達の文字が記されているのを…

僕はピーターさんを突っついて、


「コレ、」


と、御用達の文字を指をさすと、ピーターさんは、「えっ!」と声をあげて、看板と店を何度も交互に見てから、そっと目頭を押さえて、


「ニック様…」


と小さく呟いていた。


世間は狭いが、知らない事が沢山あるとしみじみ思いながら、夕暮れ間近の路地を進み飛びリスの隠れ家というお店に急いだ。


結局、飴は無事に買えたのだが、オマケで飴を一瓶追加してくれて、今、木箱に4つの飴の瓶が並んでいる。


オーナーは、セクシー・マンドラゴラ姉さんの妹…というか、セクシーマンドラゴラ姉さんの弟がお菓子職人でオーナーがそのお嫁さんだった様で、お菓子屋さんの店内にも短髪のセクシー・マンドラゴラ姉さん風の兄さんが、立っていたので凄く驚いてしまった。


帰りの馬車の中で、ピーターさんが、


「あれなら、弟の店と言ってくれないと、そっくりな男性がいたから驚きました。」


と、言っていたので、


「あの場合は、義理の妹さんがオーナーだから、妹の店じゃないですかね?」


と、言葉の難しさに頭を痛めながらも、頭の隅に、


『夜の狩場にファーメル騎士爵様が…』


と過るが、ピーターさんも、


「御用達かぁ…」


と、呟いていたので同じ事を考えていたのだろう。


宿屋に戻り、ピーターさんと一緒に夕食を一階の食堂で食べながら、


「何だか、疲れましたね…精神が…」


と呟く僕に、ピーターさんは、


「では、明日は体を使いますか?今回冒険者としては行動されていないので…如何です?」


と提案してくれた。


「そうだね、買い出しで懐も少し寂しいし、ピーターさんもついてきてくれるんでしょ?」


というと、ピーターさんは椅子をススッと僕に近づけて、


「実は折り入ってお願いがありまして…」


と、声を潜めて話し始める。


僕は、何事かと身構えるが、ピーターさんは、


「あの…実は騎士団のお給料は月末締めの月頭の支払いでして…」


と、騎士団の切ない懐事情を話だして、結局、


「農業指導の先生が魔物を狩りに行くのを非番の有志が護衛に同行する形で…」


と、騎士団の参加を希望してきた。


非番の時は特別な場合を除き、馬車や装備を使う事が出来ないのだが、ファーメル騎士爵様から、


「ケン殿の護衛の為ならば、非番の騎士の正規武装での出撃を許す。」


とのお言葉が出ているらしく、要は、一緒に狩りをして、皆で幸せに成りましょう!


という給料日前の勤め人の切実なお願いだった。


…まぁ、良いんじゃないかな…

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