第26話 トンと当ててスゥー
晴れ渡る空の下、大通りに面した露店の並ぶ一角に僕とダント兄さん夫婦が並んでいる。
僕は、カッターシャツにエプロン姿で、リリー姉さんは普段着のワンピースで、ダント兄さんは少し良い服装をカッツ商会から借りて来ている。
現在は誰にも注目されていないテーブルのみの露店で、今から僕達の戦いが始まるのだ。
僕は、スゥーっと深呼吸をした後に、「よし!」と自分に気合いを入れて、人が行き交う大通りに向かい、
「さぁ、さぁ、お急ぎの方も、そうでない方も寄っていって、見ていってくださいよぉ!」
と僕がお客さんの注目を引く、しかし中々足を止める人は居ない…
そこで、少しズルいが近くにいたピーターさんに、
「さぁ、そこの男前も見ていってよ。」
と誘い露店の前に立ってもらう。
そして、買い物中の奥さまに、
「そこの、お嬢さんも見ていってくれるとうれしいなぁ!」
と、呼び止め三人ばかりの観客が揃えばスタートである。
「さぁ、皆様!毎日のお料理大変ですよねぇ。
旦那さんになに食べたい?って聞いて、何でもいいなんて言ったのに、いざ作ったら、残念そうな顔されたり」
と僕がいうと、奥さま方は「うん、うん」と頷き、リリー姉さんまでウンウンと縦に首を降っていた。
僕は、新婚なのに既にこのエピソードに共感出来るリリー姉さんを不憫に思いながらも、
「そんなお料理で悩むお嬢様方にちょっと役立つ商品のご紹介ですよぉ。
皆様はお料理の時に面倒臭いのは何ですか?」
と聞くと、「暑い中で煮炊きする事」や「寒い朝の水仕事」などの意見の中に、
「包丁使うのが、既に面倒臭いわ。」
という奥さまがいた。
奥さま同士で「そうそう!」と意気投合していると、人だかりがパラパラと増え始める。
僕が、
「そう!包丁を使うのは面倒ですし、野菜の皮むきなんかも大変ですよね。」
というと、何処からか
「ジャガイモなんて、ガタガタしててナイフで剥くのが大変だぞ。」
と野太いおっさんの声がして、一瞬驚いたが、男性だって料理はする… 観客の奥さま達も「そうよねぇ~」と賛同していると、リリー姉さんが手際よくジャガイモをテーブルに用意してくれ、
僕は、
「ほら、出てきたジャガイモちゃん、
料理上手な皆様は、面倒臭いけど剥くことはできるはずですが、
今日は、アタクシっ、そんな皆様な面倒臭い気持ちを一つ解決しちゃう。」
と、テレビ等で見る実演販売を手本に、変なおネエ口調を使いながらピーラーを取り出して、
「お嬢さん方見ててねぇ~、この凸凹のジャガイモにこの器具をチョイとあてがいスッと引っ掻くとあら不思議!」
と言って、ジャガイモの皮の帯がピーラーからシュッと出てくると、「おぉ!」と声が漏れる。
その隙にリリー姉さんが、他の野菜を並べてくれて、僕は続けてジャガイモを剥きながら、
「ほら、見て、見てぇ、見て見てみて!ジャガイモちゃんだって、凸凹気にせずスッスと剥けちゃうのよぉ。
あと、お嬢さん方知ってるぅ?
このジャガイモの窪みっ! たまに芽が出てるでしょ?
あれは食べちゃ駄目よあそこにだけ毒が有るからね、沢山食べるとお腹壊す事が有るからねっ。
でも、そんな厄介な新芽もピーラーのココの角を当ててクルっとほじれば大丈夫!」
とピーラーの横の三角の突起を使い実演し、
「あとは、カブに人参、リンゴに梨、ゴツゴツの物からツルツルした物までと、」
わざとお客さんを見ながら手元を見ずに色々な物の皮を剥き散らかす。
そして、ピーターさんに、
「ではそこの男前のお兄さん!」
と声をかけると、ピーターさんは打ち合わせ無しだった為にびっくりしていたが、僕はお構い無しに、
「そう貴方です。
男だって料理しなきゃ駄目よねぇ。」
というと奥さま方が「そう、そう!」と合いの手を入れる。
ピーターさんは、
「じ、自分は料理などしたことが…」
と焦るが、聞く耳を持たずに、
「だったらいっぺん人参さんを丸裸にしちゃいましょ?
文字通り一皮むけて料理のできる男前になれるかもよ~。」
と言ってピーターさんに人参とピーラーを渡して、戸惑うピーターさんに僕は、
「はい、トンと当ててスゥー!」
と掛け声をかけると、そのリズムで人参の皮が剥かれていく。
観客からも、「トンと当ててスゥー」と合唱されて会場は一体感に包まれ、見事に人参は丸裸にされた。
観客からは拍手が起こり、
「はい、ありがとうねお兄さん、
でも人前で丸裸にするのは人参だけにしてよ。
今日の記念に裸の人参さんをプレゼントしちゃうから、帰ったら料理して食べちゃってね。」
と言ってピーターさんを観客サイドへ返した。
そして、ここからが本題だ。
僕が、
「では会長、この商品のご紹介を」
というとダント兄さんが、緊張しつつ、
「これは万能皮剥き器、ピーラー君3号と言い、試行錯誤を重ね、鍛治工房ゴルツの職人が丹精込めて一つ一つ製作した商品でございます。」
と宣伝すると、観客から、
「で、幾らなの?」
との声があがり、棒読み口調のダント兄さんは、
「この商品大銅貨三枚と小銅貨六枚で本日ご紹介を…」
というと、観客たちからは「買った!」の声に混じり「う~ん…」と悩む声も聞こえる。
そこで、リリー姉さんが、
「え~っ、会長ぉ! もう少し何とかなりませんか?」
と可愛くおねだりし、例の社長と愛人風の女性の雰囲気を出すと、ダント兄さんは、
「うーん」と一悩みして見せた後に、
「よし!解りました。
本日は限定50個…私も頑張らせて頂き、端数をポイっと無くして大銅貨三枚での販売です!」
と宣言すると、リリー姉さんの、
「わぁ、会長凄い!ありがとぉ~」
の甘えた様な台詞に拍手が起こり、そして、ピーラーは飛ぶように売れた。
このチャンスを逃すものかと、続けてスライサーの実演販売に移ろうとしたが、衛兵さんから人を集め過ぎて往来の邪魔だと注意され、解散を指示されてしまった。
仕方ないので、
「生活雑貨と便利グッズの店、ダント商会を宜しくお願いします。」
と店のアピールだけをして終了となってしまった。
正直、ピーラーとスライサーの両方の在庫を用意した金額にピーラーだけの販売では、トントンぐらいで利益は出なかったが、商品と店の宣伝にはなり、
次の準備に一瞬見せたスライサーにも、
「それはどんな器具なの?」
と興味を示すお客さんがいたぐらいであったので、店を訪ねるお客様が増えるかもしれない。
サクラを頼んだピーターさんには一旦離れて待ってもらい、露店を片付けながら、リリー姉さんに、
「ご免なさい、スライサーは一個も販売出来ませんでした。」
と謝ると、リリー姉さんは、
「大丈夫、ピーラーが70売れたから。」
と言っていた。
確かに僕は、「余ったお金も在庫に回して」とは言ったが、限定50個と宣言して、シレッと70売るとは…兄さんよりリリー姉さんの方が商売人だった。
今日の予定を全て終わらせて宿に戻ると、プレゼントされたズル剥けの人参を見つめながらピーターさんが、
「ケン殿は、一体何者なのですか?
誰も知らない農業の知識や、弟のアル先生を指導されたと言われている学力に、本日は商売の魔法だと言われたら信じてしまいそうな商売の手法…
神の遣わした賢者様でしょうか?」
と真面目な顔で聞いてくるので、
僕は、
「たぶん、神様が、お前はまだまだ修行が足りないからもう少し頑張れと叩き返された部類の駄目な人間ですよ。」
と言って、ニコリと笑い
「下の食堂でかなり遅いですが昼にしませんか?」
と誘い、宿の一階の食堂へと向かった。
ピーターさんは何を思ったのか料理担当の親っさんにズル剥け人参をプレゼントして、
「お前さんが剥いたのか?ウチで働かないか?!」
とスカウトを受けてしまいポケットから小箱に入ったピーラーを取り出したピーターさんに、
『お前も買っとんのかぁ~い』
と心の中でツッコミをいれるが、ピーターさんは親っさん相手に
「トンと当ててスゥー」とやり始めた。
すると、
「おい、兄ちゃん商人か?
こいつを3つ…いや、アイツとアイツのも要るから5つ売ってくんない!」
とキッチンの親っさんが騒ぎだしのを見て、
『あんなに頑張らなくても売れたかも…』
と、少し落ち込む結果になってしまった。
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