第25話 あとは、勇気だけだ。

さて、心配していた農業指導も無事に終わった。


ジャガイモもスクスク育っており、冬前には沢山収穫が見込めるだろう。


問題は色々な作物の収穫量を上げつつ、安定した農業が近隣の村にも広がるかが勝負で、 何年もかかると思うが、今指導している農家の皆さんが次は近隣の村や町の指導に行く計画も進んでいるらしく、これで不作の年に捨てられり売られる子供が減れば嬉しいと思っているのだが、しかし、今回はジャガイモ関係ばかりにかまって居られないのだ。


明日から今回の出張の本題が待っており、その為の打ち合わせに先ずは兄の商会に寄り、農業指導が終わり自由時間に入った報告をしてから、ファーメル家に向かい、アルの家庭教師が順調かを確認するのだ。


だいぶ疲弊していたアルが無事ならば良いのだが…と心配しつつ出かける準備をしていると、


「お出かけでしょうか?」


と、部屋の入り口横から声をかける男性がいる。


彼は、僕が冒険者に絡まれ衛兵に連行された前回の事もあり、今回の自由時間にはファーメル家からボディーガード兼案内役として派遣されたピーターさんという男性で、僕と行動を共にしてくれる事になっている。


ピーターさんは『念話』というスキルの持ちで、遠くにいても、登録した人にいつでも話しかけられる携帯みたいな能力の持ち主で、いつもは騎士団で勤めているらしく、見せる為に育てあげた筋肉では無くて、スポーツマンのような使うための筋肉の爽やかな好青年である。


そしてこのピーターさんの凄い所は、


「いまから、○○に行きたいので、」


と行き先を伝えると、数分後には馬車が到着し、ファーメル家が行き先の場合はアポイントメントも自動で行われる。


ちなみに「冒険者としての狩りにも同行いたします。」と言ってくれ、その時に必要ならば荷馬車も呼んで貰えるらしく何とも有難い。


しかし、今回は冒険者仕事は全て終了してからである。


お迎えの馬車に乗り込み、ダント兄さんの商会に移動するが、相変わらず下請け仕事で何とか食べているらしく、店舗にお客様は居なかった。


涙目のリリー姉さんに対して呑気なダント兄さんはまだ自分の奥さんが、あまりに客が来ない為に精神が危機的状態で有ることに気がついていない。


『これは一刻も早く手を打たねば!』


と心に誓い、明日は準備に使い、明後日には露店にての本番という手筈に決まった。


リリー姉さんからは、


「私も手伝うから!」


と言われて、


「では、明日一緒に練習しましょう!」


と約束してアルの元へと向かった。


ピーターさんのおかげで、お屋敷に着くなりアルがニコニコしながら玄関で待っており、前回の様に泣きつく事は無く、小走りで駆け寄り、


「ケン兄ぃ、凄いよ!すごい、すごいっ!!」


と、興奮気味に話してくる。


何でも、本を一切使うのを止めてプリント授業に変えた途端に、勉強をポツリポツリとしてくれる様になり、

この一ヶ月でなんとか入学試験に向けてのスタートラインには立てたみたいだ。


アルに案内されながらミリアローゼお嬢様のお勉強部屋に行くと、本棚から本が撤去され、壁には僕が考案した紙がアルの手により作られていた。


大のお兄ちゃん好きという情報から、


『エリックお兄ちゃんに会いにいこう!』


と書かれた、双六の様なマス目に、


『筆算の足し算、引き算をマスターしよう。』


と書かれてる紙には◯がついており、その他、『神様の名前を覚えよう!』とか『王国の初代国王のお話を覚えよう!』等と勉強のステップが書かれた紙が『おめでとう』のマスまで続いている。


たまに、『制服姿のエリックお兄ちゃんが毎日見たくない?』とか、『ココ魔法学校に入ってお兄ちゃんに誉めてもらおう!!』とかやる気にさせる応援も書いてある。


現在お嬢様は、『計算を早くするために九九を覚えよう!』の3の段のマスみたいだ。


魔法学校の入学試験には一桁の掛け算が有り、普通ならば、足し算で答えを求める為に9を9回足すという何とも面倒臭い手間を掛けるのだが、アルは僕が教えた九九を暗記させる事にしたらしい。


アルが、


「見てよケン兄ぃ!」


と言って小テストの束を渡してきたが、確認するとほぼ間違えた場所は無く◯がついている。


アル絶えず興奮気味に、


「ミリアローゼお嬢様は、エリックお兄様が大好きなのですが、エリックお兄様は読書好きで、

つまり、恋敵として本を心から憎んでおられたのがミリアローゼ様のお勉強嫌いに繋がっていたんです!

ケン兄ぃは何でそれを解ったの!?

ミリアローゼお嬢様は紙の授業に変えてからメキメキと学力が上がって来ているんだ。

まだ、模擬試験で合格点は取れてないけど…

でも、一番最初と比べるとね、40点も上がったんだよ!」


と、早口気味に語る弟に、初回の点数を聞いた僕は思わずそっとアルを抱き締めて、


「よく頑張った!その調子だ!!」


と誉めてあげた。


最初の模擬試験は片手で表せれる点数からのスタートから2ヶ月で、本当に弟は良く頑張った。


入学試験は、その年にもよるが、だいたい60前後が合格ラインらしく、あと5ヶ月ほとで本番であるが、これならば何とか成りそうだと安心したのだが、アルはこの何倍もホッとしているのだろう。


実質この一ヶ月ほどの成果で40点までこれたのだ素晴らしいとしか言えない。


『それにしてもミリアローゼ様の思考回路よ…多分基本的には賢いのかも知れないが、大好きな兄さんを奪う本が憎いから読まないって…』


などと呆れながらも弟に、「結果は気にせずに納得が行く様に頑張れ!」と声をかけ、お屋敷をあとにしたのだが、馬車の中でピーターさんが、


「騎士団の皆も噂してますよ。アル先生が来てからお嬢様が賢くなったって、凄いですよ、あの壁の紙に有った九九ってなんですか? あの言葉だけ私も解らないのですが…」


と興味があるみたいだったので、護衛任務中の空き時間も沢山あることだし、ピーターさんにも九九表を書いて渡して上げて、


「これを暗記出来たら、筆算も教えてあげますよ。例えば騎士団の人数の三日分の食事は何食分必要とするか? みたいな計算とかも直ぐ答えが出ますよ。」


と、僕が言うと、半信半疑な様子で、「はぁ。」とだけ答えていた。


その後は町で買い物をして清潔感のある服装や、幾つかの野菜に調味料などを購入し、ピーターさんには、「自炊されるのですか?」と不思議がられたので、


「明日のお楽しみです。」


とだけ伝えてその日は宿に送ってもらった。


ピーターさんも宿の隣の部屋に泊まって待機しているので、僕は物音や声も出さずに練習を繰り返し、明日のリリー姉さん達との練習もピーターさんには、外で待って貰ってわざと見せずに、最後に観客第1号として練習の成果を見て貰う予定でいる。



そして翌朝、野菜や調理器具を迎えの馬車に詰め込みダント兄さんの商会に移動し、事務所の中で何度も練習をした。


ピーターさんには、店番として店舗で座って貰ったのだが、いきなり店を頼み「大丈夫かな?」と心配する僕に、


「お客さんは、まず来ないので大丈夫です。」


と、複雑な表情のリリー姉さんから悲しい報告を受けてしまった。


昼過ぎまで練習を重ねて、いよいよピーターさんに練習の成果を見てもらうと、最初はポカンとしていたピーターさんだったが、最後には、


「買います。」


と言い出していた。


僕は勿論だが、リリー姉さんも手ごたえを感じたらしく燃えているご様子で、久しぶりにダント兄さんも商人としての何かがウズいたみたいで、


「俺明日頑張るよ!」


と語っていた。


『よし!あとは勇気だけだ!!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る