第19話 姉の心を知る

結論からいうと、二頭で限界だった。


デスマッチカウの群れに喧嘩を売ると、初戦の相手として出てきたのは、かなりスリムなモヤシっ子みたいな牛であり、ダント兄さんの投石で怯みまくる駄目なオス牛であった。


アイツではそんなに時間が稼げないと解っている他の牛達が足早に離れて行くのを横目に、片手剣を構え、浮き出たあばら骨の隙間から心臓を目掛け突撃してドスっと一突きすると、


「モッ!」


と一鳴きした後で刺さった剣を抜く、すると血が吹き出し心臓を貫いた事が解った。


その後、ヒョロ牛はパタリと倒れ、痛みや恨みを訴える様に、


「モ~っ、モ~~っ…」


と、切なく鳴き始める。


群れで一番弱く、仲間の逃げる時間を稼ぐ為に出されたコイツは、デスマッチの相手では無くて、群れを守る為の生け贄にされただけである。


やがて、人生を恨むようなヒョロ牛の嘆きは小さくなり、瞳は光を失った。


ダント兄さんは、


「おじさん達と来た時より、なんだろう…凄く罪悪感を感じてしまった。」


と、述べるが、自分的にも、


「奇遇だね。

僕も、森での狩りの時にも感じたことの無い、気持ちになっているよ。」


と伝えて、痩せ牛に近寄り、そっと目蓋を下ろしてやりながら、


「ありがとう」


と感謝を言って、荷馬車へと積み込もうとした。


しかし、やせ形の牛魔物とは言え、牛は牛、兄と二人では担ぎ上げられる訳も無く、荷馬車の荷崩れ防止用のロープを使い何とか積み込み、


「ダント兄さん、血抜きはどうする?」


と聞くと、


「コイツでは、多分平均的な買い取り価格を知る事は出来ないから、もう一頭狩ろう!

荷馬車は帰ってから洗うとして、荷台で処理してくれ、早くしないと群れが遠くに行ってしまう。」


と言ってくれたので、僕は馬車の荷台で狩人のリントさんから教わった様に、足首などの太い血管を切り裂き、血を体から抜く処理をしたのを確認した兄は、


「少し急ぐぞ!」


と言ってキンカを走らせた。


二回戦の牛は体格はノーマルな牛だったが、片方の角が折れている、ボス争いに負けた下位グループの牛の様に見えた。


『何がデスマッチカウだよ、生け贄牛に改名しろよ。』


と、心の中で悪態をつきながら、兄と二人で倒す。


ヒョロ牛とは比べ物にならないほど強く感じたが、僕1人でも十分倒せそうな強さであり、突進も大振りでかわし易い為に無傷で戦いを終了出来た。


しかし、現地で血抜きをして、少し軽くしたのだが、一頭目とは比べ物にならない重さで、兄と二人で何とか荷馬車に積み込む事に成功したが、キンカも少し足取りが重そうに見え、


「帰ろうか…」


と、兄と意見が一致したので、ドットの町へと戻った。


冒険者ギルドの裏手の買い取りカウンターにまわり、獲物の買い取りを依頼すると、木札を渡されて、


「デスマッチカウか…しかし、これはまたガリガリなヤツがいるな、こいつの肉はあまり値がつきそうにないし、もう一頭は、角折れか…

余り値段に期待しちゃ駄目だぞ。」


と、受け取った解体場の職員さんの言葉で、ガッカリしながら一旦ダント商会に戻り、荷馬車を洗いながら解体終了時間を待つことにした。


リリー姉さんは二人が返り血で汚れているのにギョッとしていたが経緯を話すと、ダント兄さんが、商会を立ち上げた事に満足していて、今ではアンジェルお姉さん個人の商会や、古巣のカッツ商会からの下請けで何とか食べていて、兄さんの商会としては、工房の職人さんの鍋やフライパンを委託販売で店に並べて、手数料を頂くというフリマサイトの元締めみたいな商いをしているだけらしく、新婚のラブラブな雰囲気も吹き飛ぶ程にリリー姉さんは心配していたみたいで、


「何かしようと動いているのね。」


と、安心してくれた。


まずい、まずい!

新婚で既に将来の不安を嫁にさせるとは…ダント兄さんも、前世の僕みたいに孤独死へとまっしぐらコースになるぞ…マチ婆ちゃんも子供を抱っこするの楽しみにしてるのに、このままでは、リリー姉さんが知らない男に抱っこされて持って行かれてしまう。


何とかせねば! と頭を捻りながら唸っていると、能天気なダント兄さんは、この危機にすら気がついていない様で、


「そろそろ時間かな? 冒険者ギルドに行こうか。」


とニコニコしているし、リリー姉さんも、ニコニコしながら、


「アナタも冒険者登録してきたらは?

素材の買い取りとかしてもらえて便利でしょ??」


と言っていた。


ダント兄さんは、


「おっ、そうだな。」


と、軽く返事をしていたが、あれは、


『てめぇの商いでは食ってイケないから、いざとなったら魔物でも倒して来いや!』


の意味であると直感した。


おぉ、怖っ。


今回の人生は結婚しない方向で、マチ婆ちゃんには悪いが、子供の抱っこは諦めてもらおう…と考えながら再び兄と冒険者ギルドに行き、兄の冒険者登録をしてから、精算カウンターに向かい結果を聞いたのだが、それは僕たちの予想を大きく外れた金額だった。


カウンターのギルド職員さんは、あの時馬鹿にされた僕の味方になってくれた女性職員さんで、


「凄いじゃない、デスマッチカウなんて中堅が狙う魔物よ。

まぁ、本当の中堅ならば、真っ正面から戦わずに、三倍以上する子牛を狙うんだけどね。」


と言ってから、お金を「はい」と渡してくれた。


その金額なんと大銀貨二枚と小銀貨五枚…約二十五万円程である。


「あまり期待するな」みたいなセリフに、小銀貨何枚かな? 五枚はあると良いな…

ぐらいにしか思ってなかったので、兄も横で酸素を求める金魚の様にパクパクしながら僕を見ているが、僕もほぼ同じ状態である。


ギルド職員のお姉さんは、


「デスマッチカウはだんだん強い個体が出てくるから、その群れの次のヤツは一頭でそれぐらいの値段が付くよ。

今回のはちょっと訳有り個体だったからね。」


と教えてくれたが、十分である。


お金を受け取り、ダント商会に戻ると兄さんはリリー姉さんに自慢気に成果を報告していた。


リリー姉さんは、


「では、ケンちゃんの取り分を…」


と、言い出したので、


「今回の稼ぎは全部ダント兄さんに渡します。

ある意味投資だと思ってください。」


というと、リリー姉さんが、


「本当に?」


と、念を押す。


僕は、


「はい、その代わりピーラーとスライサーをまず50程在庫として来月迄に用意して下さい。

それと、料理人や奥様がよく来る市場の近くに露店を1日程出せる様に段取りして欲しいのです。」


と交換条件をだした。


リリー姉さんは、


「アナタ、出来ますか?」


と、ダント兄さんに聞くと、兄さんの、


「十分だよ、50個ずつの注文でも、大銀貨二枚でお釣りが来るよ。

露店の予約してもまだ足りるな。」


という言葉に、リリー姉さんは真剣な顔で僕を見つめて、


「ケンちゃん教えて、残りの小銀貨五枚分ピーラーとスライサーの在庫を追加した方が良い?

それとも装備を整えて狩りに行かせた方が良い?」


と二択を迫ってくる。


そこまで日々の生活に不安を覚えていた事に、弟ながら申し訳なく感じた僕は、


リリー姉さんに小声で、


「来月の農業指導終わりの数日は多分空きますから、僕が在庫を売りますので、安心して残りも在庫の補充に回して下さい。

最悪、駄目そうならば僕が助っ人に来て、冒険者として兄さんの装備が整うまでサポートしますから、

もう少し、商人としての兄さんを見守って下さい。」


と話すと、リリー姉さんは、


「わかったわ、ケンちゃん。」


と言って頷いてくれた。


まさか、既にこんな危機的状況だったとは知らずに、楽しそうに商会の店舗スペースで店番をしている兄を眺めて、二人でため息を一つつくのだった。

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