第16話 久々の町での出来事
来年の春の作付け迄の半年の期間で、実際にジャガイモを一度栽培しながら、連作障害についての説明や、対策を菜園担当の二人とドットの町の農家の方数名に教える仕事で来ているのだが、正直、夏の日差しの中で、毎日毎日違う場所を巡りジャガイモを実際に半分に切り、灰をまぶして植える作業を繰り返し、畑の持ち主が、
「そんなんで生える訳が無い…」
とか、
「代官様のお願いだったが、今年のこの区画は収穫が見込めないな…」
等の嫌味を言われながら作業をしていると、自分も同じ様な事を言っていたファーメル家の菜園担当のマットさんというオッサンが、
「お館様も仰ってただろう?
この区画は作物が出来ようが出来まいが、全て買い取ると!
だから師匠の指示に従わないかっ!!」
と、ぶちキレて、
もう1人の菜園担当であるリードさんという青年に、
「まぁ、まぁ、マットの親っさん、親っさんだって、『こんなガキに』って散々ケンさんに言ってたでしょ?
気持ちわかるんじゃないかな?」
と、なだめる茶番劇を毎日見せられている。
事の発端は、近隣の集落でポテチ用のジャガイモ栽培を安定させたいアンジェル商会だったが、何ヵ所か上手く育たない地域があり、只でさえ苦しい田舎の農家の収入が見込めずに資金援助をしなければならなくなったらしく、
そんな時に、アルが集落の畑で作った見事なジャガイモをアンジェル商会へと卸したものだから、アンお姉さんに、
「ジャガイモの栽培のコツとかありますか?」
みたいな相談を受けたアルと、横で聞いていたダント兄さんが、種芋倍化法は勿論、アルに教えた連作障害の話や、近隣の集落で作物が安定して栽培出来たら僕達みたいな捨て子が減ると良いな… みたいな話をした後に、
「何故そのような知識や考え方を?」
というアンお姉さんの質問に、アルが、
「えっ、それはケン兄ぃが賢者様だからだよ。」
と、僕が前世持ちなのを大袈裟に説明したからだ。
勿論アンお姉さんは最初は疑っていたが、
ポテチの件やピーラー等のアイデア、そして、商人見習い時から変な嘘などつかない事は知っているダント兄さんもアルの隣で頷いていた事やアンお姉さんのスキルなどを総合して、
『貧しく苦しい者を救う為に遣わされた賢者様』という結果に落ち着いたらしい。
あとは、作物が育ち難い土地なのか、収穫が不安定で、不作の年や作物の病気が起こると、口減らしが行われ、人買いの良いターゲットにされていた事を憂いていた代官様の奥方からの悩みを聞いていたアンお姉さんが、ファーメル様に紹介したのが原因なのだが、毎日これでは嫌になってしまう。
ちなみに前世持ちという事は、アンジェル様とファーメル家の秘密にしてあり、僕は、とある方から指導を受けた少年という扱いである。
しかし、取った覚えの無い弟子が連日の様に、
「切った芋が傷んで腐ると思っているならば、今日植えた芋が芽を出せば、師匠を信じるんだな!」
と農家さんに詰め寄り、
「あぁ、良いぜ!
ガキの土遊びに付き合って来月まで様子をみてやるよ。
あぁ、どうせ芽なんか出ないから冬野菜の種を別の畑で育てておくかな?
来月植え替えれば、何とか収穫に間に合うだろう。」
などと、勝手に話をつけてくれる。
自分も同じ様な事言ってたのに… などと思いながらも、『まぁ、故意に枯らさないかぎり芽が出るだろうし、来月町に来る迄には結果が出から良いかな。』と、マットのオッサンに任せて、今月の依頼である種芋倍化法での作付け指導は完了し、「やれやれ…」と思いながら宿屋まで送ってもらい、その日はもう寝る事にした。
翌日からは、雨が降った場合などを考慮して、だいぶユッタリとしたスケジュールの為に、数日自由時間が出来たので、まずはお嬢様の家庭教師のアルバイト中であるアルの様子を見に行く事にしたのだが、
屋敷に到着するなり弟が、走って抱きついて…いや、僕にすがり付いてきた。
弟のアルは、
「ケン兄ぃ、僕は初めてケン兄ぃの苦労が解ったよ。
ありがとう、根気強く僕に勉強を教えてくれて…
他人に勉強を教えるのがあんなに大変だなんてっ!!」
と、遂には泣き出してしまった。
聞けば、アルの生徒となったミリアローゼ様は、聞きしに勝る、おバ…いや、お茶目さんだったらしい。
この1ヶ月間で、アルは手を変え品を変えアプローチしたが、計算は出来ない、歴史は興味が無い、というお手本の様なお茶目…いや、不敬罪が怖いから、普段から言わない様にしている僕だったが、
『弟を泣かす程のおバカ娘を一度しっかり見ておくか!』となり、アルの案内でミリアローゼ様にご挨拶する事にした。
メイドさんに広いお屋敷の中庭に案内されると、ミリアローゼ様がおられ、優雅に掌から水を空中に生成し、その水を撫でる様に手を振り抜くと、庭の花畑が適度に潤う。
美しい…なんと優雅な魔法だ…信じられないし信じたくないが、あの娘さんが、アホなんて誰が思うだろうか…
お嬢様のお貴族様的な身のこなしを見ていると、ミリアローゼ様がこちらに気がつき、
「アルぅ、良いところに、このお花が元気が無いの!」
とアルを呼ぶと、アルは花を確認して、
「ミリアローゼ様、これは水のやり過ぎですよ。
この花の下の土が流れだして、ここだけ地面が沼地の様になっています。」
と言いながら、アルは植物活性魔法を花にかけつつ乾いた土を水のやり過ぎで凹んだ沼地の辺りに移植していた。
ミリアローゼ様は、
「え~、暑いからお水をあげれば元気になると思ったのに…」
と不服そうだが、この一連の流れで弟が苦労している事だけは理解した。
そう、彼女は天然、ド天然なのだ…
事務所に作られたキャラクターでも、若気のいたりで盛り過ぎた設定でもなくて、ヤバいぐらいに箱入り天然娘なのだと解らされた。
だが、方法が間違っていたが、元気の無い花に何とか元気になって欲しくて起こした行動であり、優しいお嬢様なのだろう。
そして、
「あら、アルのお兄様ではありませんか。」
と、あの夕食の時に会っただけの僕を見て即答したので、記憶力は良いのかも知れないが、何故彼女がお勉強嫌いなのか? 不思議でならない。
その後、お嬢様とお茶をしながら色々とお話をしたのだが、お茶の銘柄やお茶菓子で出てきた焼き菓子についての知識など、ミリアローゼ様からの話題からはむしろ知的な空気すら感じられたのだが、ただ一般的な教科書の知識だけスッポリ抜け落ちている様に感じた。
ファーメル家の知恵袋である爺やさんが頑張ってくれたお陰で、読み書きと簡単な足し算や引き算は出来るらしいが、爺やさんもそれ以上は無理だったそうで、自信を失い引退を願い出たので、当主のニック様から、
「これ以上娘に関わらず、私の補佐をして欲しい。」
と、お嬢様への接近禁止を受けて、爺やさんは自信を何とか保ちつつ日々の業務に励んでいるらしく、それからは、ミリアローゼ様の学力について使用人全員が腫れ物に触るような扱いなのだとか…本当に全方位に気の毒な結果だ。
そして、お嬢様とのお茶会もおわり、アルの部屋で1ヶ月お嬢様の勉強を見てきた弟と二人きりで、詳しい情報を聞いたのだ。
これまでの情報と、今日の感想を擦り合わせると、
まず、お嬢様は細々とした一般常識が欠落している可能性があること、
次に、お茶など興味が有ることなどの知識は問題なく有ること、
そして、頑なに本を読みたがらないことなど、あとはお兄ちゃん大好きっ娘だという情報ぐらいだった。
そこで、僕が引っ掛かったのは、文字を読むのが苦手とかではなく、『本が読みたく無い』という違和感だった。
お茶やお菓子の説明書きはニコニコして読んでいたので、お嬢様は『本』そのものが嫌いなのかもしれない…と考えて僕は、今までの話を頭の中でもう一度整理して、迷子になったペットの猫でも探す時の様に、スタート地点から様々な可能性を探り幾つかの仮説を立てた。
あとは、アルが1つずつ可愛い子猫ちゃんを驚かさない様に隠れていると思われる場所を巡り、ゆっくりと真実という迷子を捕まえれば良い。
僕は、アルに
「あと、半年で入学試験だけど、焦ってはイケないよ。
まず、アルは完璧な知識をミリアローゼ様に求めては駄目だよ。」
と忠告すると、アルは、
「でも、ケン兄ぃ…」
と、反論しようとするが、
「アル、アルが満足する知識を他人が得るには数年掛かる…人によれば一生かかっても無理だ。
アルの、受けた仕事はお嬢様の入学試験の通過のみ、つまり、アルが入学試験で出てくる問題を予想してそれが解ければ良いんだ。」
と僕がいうと、
「それは、そうだけど…」
と、一応は納得してくれた弟に、
「来月まで試しで構わないから、教科書や参考書は一切お嬢様の前では使わずに、毎回アルが制作した資料の紙一枚か二枚だけで授業を行って欲しい。」
とお願いすると、弟は首を傾げながら、
「なんで?」
と聞いてくるので、
「お茶の産地やお菓子の栞などはお嬢様は楽しそうに読んでいたから、本でなければ読んでくれるかもしれない。」
答えると、アルは
「それはお嬢様が好きな物だから…」
と、心配そうに言ってくる。
だから僕は、弟にちょっとしたアイデアを耳打ちすると、アルは、
「とりあえずソレでやってみるよ…」
と渋々だがチャレンジしてくれる事になった。
「じゃあ、何回も様子を見に来てアルとお嬢様の勉強の邪魔はしたくないから来月の訪問までは、これで頑張ってみて、駄目ならばその時はもう一度会議するから、平行してお嬢様の情報も集めておいてね。」
と言って弟の部屋をあとにした。
なんか、大変な事に巻き込んでゴメンなアル…頑張ってね。
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