第12話 狩り場での誤解
冒険者登録も済ませて兄の商会に戻ると、今日の予定の挨拶回りを済ませたダント兄さん達と、良い本が見つかったのか、ニコニコしながら読書を楽しんでいるアルが待っていた。
カッツ会長夫婦とリントさん夫婦は仲良くお茶を楽しみ、ダント兄さんとリリー姉さんは、気疲れから項垂れている。
「明日もこれが続くのか…」
との囁きが兄夫婦から聞こえる中で、アンジェルさんが、
「ケン君、明日の夕食はアル君と一緒に私と、私の友人の家でお願いします。」
と言われて、一瞬『えっ?狩りに行きますけど!』と思いながらミロおじさん達を見ると、
「朝イチからチェリーで向かって、昼過ぎには切り上げるから大丈夫だ。
俺達も売った獲物で酒が買いたいからな。」
と言ってくれ、アルも、
「別に良いよ。」
と答えてくれたので、アンお姉さんに、
「承知しました。」
と答えると、アンお姉さんは、
「では、話はまとまりましたし、本日の予定も無事に終わりましたので、結婚のお祝いも兼ねて私達の行きつけのレストランでパーティーをしましょう。」
とルンルンで近くの小さめだがお洒落なレストランに案内された。
エリーさんが、
「この服装では…」
と不安を口にするが、アンお姉さんは、
「エリーさんは何を着ても気品に溢れておりますので大丈夫ですわ。
それに、そこは私の伯父様のお店で、今は従兄弟が経営しておりますし、案外庶民的なお値段で、貴族も平民も楽しめる気楽なお店ですのよ。」
と、言ってくれたが、
ダント兄さんは来た事があるみたいだったが、僕もアルも外食なんて屋台が最高ランクで、食堂にすらこちらの世界で行った事がない。
焦っている俺達を他所に楽しそうにエリーさんは、
「良かった。
十五年以上ドレスなんて着てないから、今さらコルセットとか地獄ですわ。」
と言っていたのが聞こえ、
『あれ、エリーさんてお嬢様育ちだったのか?』
と、一瞬思ってしまったが、ミロおじさん達は気にしていない様に振る舞っていたし、アンお姉さんは何か知ってる風だし、リントさんに至っては何かドギマギしているっぽいので、
『あぁ、聞いちゃ駄目だし、反応しちゃ駄目なヤツだ。』
と、空気を読んで、その日の夕食は何事も無かった様にレストランの料理を堪能した。
旨い…確かに旨かったが、益々パンでは無くて、白ご飯が欲しくなる様な味のしっかりした肉料理…最悪スパゲッティの様な物でも有れば少しは違ってのだが、ド田舎暮らしのせいなのか、この世界で麺類すらも見た事無いので贅沢を言わずにライ麦パンの様ないつものパンを千切っては頬張っていた。
ダント兄さんは、四代目カッツ会長を含めたオジサンチーム四人にワインを飲まされ、
「ほら、明日も有りますから…」
と言って何とか逃げようとするが、
「皆に明日がやって来るから大丈夫だ。」
とあしらわれて、ガンガン飲まされる少々カオスな状況だったが、お目出度い席なので、それもよしとして生暖かく酔いつぶれていく兄を眺めながら、
『ダント兄さんの商会に協力してくれている鍛治職人さんならば、手動のパスタメーカーとかミンサーも作れるかな?』
などと考えを巡らせて過ごした。
そして翌朝、したたか飲まされたダント兄さんは早朝から死にそうな顔で井戸の横でヘタリ込みながら水をガブ飲みして、呆れ顔のリリー姉さんが介抱していた。
ミロおじさんとレオおじさんは、ダント兄さんと一緒にかなり飲んだはずだが、ケロッとしていて、
「ダント、生きてるか?」とか、「リリーちゃん、介抱宜しく!」等と軽く井戸横の二人に声をかけてから、
「じゃあ、ケン!一丁稼ぎに行くぞ!!」
と言って、僕達は冒険者としてチェリー号にゆられながらドットの町の東にある湖を目指している。
そこは、水呑場として比較的弱い魔物が、多く集まる狩り場で、おじさん達は僕に経験を積ませる為にその場所を選んでくれたらしい。
おじさん達の狙いは、デスマッチカウという牛魔物のオスらしく、そいつは人間等の敵が近づくと、群れのメスや子供を守る為にオスが一頭ずつ決闘を仕掛けてくる習性があり、仲間が戦っている間に群れの本体が逃げるという魔物なのだ。
ミロおじさんは、
「一頭ずつで来てくれるし、大きな群れからオスを二~三頭間引いても大丈夫だろう。」
と言って、レオおじさんは、
「そうそう、何と言っても近づくと、相手から来てくれるので、逃げる魔物を追いかけて疲れる心配も無い…
ただ、デスマッチカウの子牛は、とても肉が柔らかくて旨いらしいからお貴族が高値で買い取ってくれる。
100メートル程離れた位置から子供だけ狩れる魔法使いや弓の名手ならば、同じ数でも、もっと高い酒が買えるな…」
と、少し残念そうだ。
確かにこの馬車には斧使い二人と、ナタに棍棒の二刀流しか居から、肉弾戦の香りしかしない。
罠でも仕掛ければ足の早い敵も倒せるだろうが、今回は単発の半日の狩りだから、罠を仕掛けている時間が無いので、今回の作戦で牛を数頭狩るのは良いアイデアだと思う。
そして、片道二時間程かけて狩り場に到着した。
見晴らしの良い草原の近くに湖があり、小型の魔物や中型の魔物が点々としているのが見えた。
ミロおじさんは、
「ここは飲み友達の冒険者に教えてもらった穴場だ。
馬車持ちじゃないと中型魔物は運べないし、小型魔物ならば町の近くで狩れるやつと同じ種類だから、わざわざここまで来る競争相手も少ない。」
と言ってから、馬車の運転席から立ち上がり、遠くを眺めてお目当てのデスマッチカウを探している。
レオおじさんは、
「そうだ、ここにもニチャニチャが居るから、出会った時はケンに任せるよ!」
と、不吉な事を言ってくる。
僕は、
「ニチャニチャが群れなら絶対に辞退しますよ…」
とだけ言って、馬車の荷台から頑張って獲物を探してみるのだが、見晴らしが良い為にかなり遠くまで見えているが、牛らしい姿は見えない…
ミロおじさんが、首を傾げながら、
「おかしいな… いつもならば小規模な群れが数グループ居るのだが見当たらねぇ、跳ね鹿を狩るには罠が居るし、タックルボアっていう背中を見せたら突進してくる猪に狙いを変えるか?」
と、運転席で呟いている。
レオおじさんは、
「アタックボアならば値打ちだが、タックルボアは町の近くの森でも取れるし、折角来たんだから、湖の周辺をもう少し探して回ろうぜ。
それでも居なければ、タックルボアでいこう。」
と提案していた。
正直、僕は猪魔物でも罠に掛かって無い状態で相手することに不安を覚えている。
何故ならば、おじさん達は『身体強化』というスキルがデフォルトでほとんどの方々が使える獣人族だ、力量は個人により様々らしいが、獣人特有の能力で、人族の中にも、先祖の誰かが獣人の場合に使える人がいるみたいで、身体強化が使えるかわりに魔法系のスキルを授かっても魔力を使えなくなるので魔法スキル無し扱いになる。
反対に、人族の血が入った獣人は、魔法系のスキルを使える者が希に現れるが、魔力ではない力で発動する身体強化が使えずに、仲間内から半人前扱いされるのだとか…
そんな『気』を扱う戦闘民族の様なおじさん達と同じ感覚で獲物と向き合うには、僕はスキルも無い一般人…いや、一般の方々には有るスキルすら無い坊やですから… 等と思いながら、
「あの~、僕は罠に掛かってない猪魔物で十分怖いんですけど…一対三の構図なら安心でしたが、猪さんは別に仲間とチームを組んで襲ってくるんでしょ?」
と、不安をもらす僕に、おじさん達は一瞬静かになり、そして笑いだした。
驚きながらも、何故笑っているのか解らない僕に、ミロおじさんは、
「すまん、すまん、馬鹿にした訳じゃない…でもよっ」
と、謝りながらも、まだ笑っている。
すると、レオおじさんも、
「えっ、ケンは身体強化できるのに、タックルボアにビビってるのか?」
と言って笑っている。
えっ?僕って身体強化出来るの?!
と、一瞬驚くが、そんな能力は無い… しかし、名前も知らない青年の神様には、丈夫な体を授かった覚えがある。
なので、おじさん達に、
「僕、身体強化って使えませんよ。」
と、正直に話すと、また二人は黙り込み、兄弟で見つめあった後に、
「ブッ」と吹き出して笑いだした。
「ケンは、冗談の才能があるな。
アボット爺さんが死ぬ前に、ケンはスキル無しだから、食べて行ける様に導いて欲しいって言ってたから、ダントと一緒に手伝いをさせた時に、ケンは素手で角ウサギを捕まえただろ?」
とミロおじさんが昔話をした。
確かに枝払いのアルバイトに行った時に、角ウサギが出て来て、初めて見た生きてるウサギ魔物だから追いかけて捕まえたけど… と困惑する僕に、レオおじさんも、
「そうだぜ、角ウサギに追い付くなんて中々の身体強化の使い手しか無理だろう。
いゃあ~、アボット爺さん譲りかな冗談のセンスは…死ぬ間際までケンはスキル無しだからと、真面目なふりで…
ケンも、顔色ひとつ変えずに冗談を言えるらしいな、それも立派な才能だぜ。」
と笑っている… 全く持って心外である。
冗談など言ったつもりのない僕は、
「死んだ爺さんもそうですが、冗談は言ってません。
本当にスキル無いですよ…僕。」
と告げると、
おじさん達は笑い疲れたのか、ミロおじさんが、
「もう、いいって…
じゃあ、ケン、あそこの岩の近くに角ウサギが居るだろ。」
と真面目な顔で言うが、いくら前世のウサギより大きなウサギでも、この距離からはゴマ粒以下で良く見えない。
「見えませんが、居るんですね。」
と答える僕に、
「目に集中したら視力も強化出来るだろ?」
とレオおじさんまで、『まだ言うか?』みたいな口調になる。
しかし、見えないものは見えない!
「いや、見えませんね…すいません。」
と、正直に答えたが、納得しない二人は、
「とりあえず、全力であの角ウサギを倒してこい!」
「手を抜いたら駄目だからな!」
と、二人は少し面倒臭いヤツを相手する様に言った。
正直、何故こんな面倒臭い態度を取られるのか? と少し腹が立ったが、二人は僕の師匠も同然…『仕方ない』と腹を決めて全力で岩に向かいダッシュし、200メートル程離れた場所から一直線に駆け寄る人影に驚いた角ウサギが岩の横から飛び上がり、駆け出した。
「みつけた!」
と、ターゲットをようやく確認した僕は、ウサギをロックオンし、スパートをかけて追い付き、師匠直伝のナタチョップで、ウサギの命を刈り取った。
少し息が上がりながらも、『これで良いですか?』
と、少しふてくされながら、おじさん達に向けて、デレンと獲物を見せると、おじさん達はお互いに、
「身体強化の光は見えたか?」とか、「いや見えなかった…」などと、確認作業をしている。
そして、暫く兄弟で話し合った末に、
「本当に、身体強化は…」
と言ってきたので、少しイラッとしながら食いぎみに、
「使えません。」
と否定すると、ミロおじさんは胴鎧を外して毛むくじゃらのお腹を見せてきた。
一瞬、ミロおじさんに性的な意味で食われるのか?
と身構えてしまったが、腹を出したミロおじさんは、
「俺は、『頑強』というスキルも持っているから、腹をブチ破るつもりで殴ってみろ。」
と言ってきた。
そっちの趣味も有るのか? と益々引いたが、少しイラついていた事もあり、大人げないが、『やってやる!泣いても知らないゾ!!』と意気込み、渾身のストマックブローをお見舞いしてやった。
「バチん」と肉体がぶつかる音が響き、次の瞬間、
「痛ってぇぇぇぇぇ!」
と、大声をあげたのは僕の方だった。
「岩だ!!痛い…グニッてなった!」
と、転げ回る僕に熊のおじさんは、可哀想な生物を見るような視線をくれながら、
「すまん…子供にしては狙いも正確で、力も有りそうだが、恐ろしく足が早いだけだったか…」
と、納得してくれた様子だった。
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