第10話 集落皆で大移動

春が終わり、少しずつ暖かい日が増えて来た5月の末近くのある日、ダント兄さんが久しぶりに馬車で集落に帰って来た。


といっても、明日の朝にはドットの街に集落の皆で出発して、ダント兄さんとリリーちゃんの結婚式と、ダント商会の御披露目というイベントに行くので、兄の帰省を気にする暇も無くバタバタしている。


こちらの世界の結婚式は、役所に届けを出す訳では無く、教会で神様に誓うだけで、ウェディングドレスやタキシードも無く、普段着で教会に出かけて、神々の像の前で祈るのを親族が見守るという簡単なものらしい。


ただ、ごく稀に結婚した夫婦が神々に祝福され、祈りと同時に神々の像が光る事があるらしく、その祝福を一目みたいという結婚式ガチャがメインのイベントである。


往復4日で、現地3日の予定の旅行だが、我が家では兄の結婚式と同じぐらい大事な事がある。


それは、アルが春先に植え、毎日毎日植物魔法の『植物活性』を使い、立派に育てたジャガイモの収穫が先日無事に終了しており、今回は種芋分を残して、全てを兄のダント商会からアンジェルお姉さんのポテチ工房に卸してもらう事になっており、荷馬車にジャガイモを積み込んでいるのだ。


ダント兄さんが、馬車へとアルがガンガン乗せているジャガイモの箱に、


「おい、アル…こんなに売ったら種芋が足りないんじゃないか?」


と、心配している。


アルは、ジャガイモを乗せ終わり、


「フッフッフ… ダント兄ぃは知らないんだ、種芋倍化法を…」


と、笑ったあと僕に向かい、


「ケン兄ぃ、ダント兄ぃには教えて良い?」


と、秘密にする様に言ったのを律儀に守り、僕にお伺いをたててくる。


僕は、


「あぁ、大丈夫だよ。

ダント兄さんに教えて差し上げて。」


と許可すると、アルはジャガイモを片手にダント兄さんに種芋倍化法を教えて、話を聞いたダント兄さんは、驚くのを通り越して、暫く無言になっていた。


そして、明後日の世界を暫く彷徨ったダント兄さんは、


「そんな凄い事、誰が思いついたんだ!

少なくとも周辺の村や町…いや、領都のココの町でも聞いた事がない!!」


と騒いでいた。


アルは、不思議そうな顔をして、


「えっ、ケン兄ぃだけど?」


と答える。


その言葉に、ダント兄さんは、


「ケン…この技術はポテチ作りの為に、カッツ商会やアンジェル奥さまと情報共有しないか?

あと、農業の技術は、何処に登録するんだっけ…」


と考え始めるが、すぐに、


「いやいやいやっ!

そうじゃなくて、ポテチの事もそうだが、今回の種芋も…ケン… お前はいったい…」


と僕に問いかけてくる。


血は分けていないが、この世界で出来た家族に隠し事をするのも、『何か違うな…』と思ったので、僕は、ダント兄さんとアルに、全てを話す事に決めた。


前世の記憶が有る事と、その前世はこの世界とは違う世界である事…

内心、気持ち悪いと思われないか心配だったが、二人の意見は、かなり軽い物だった。


ダント兄さんは、


「なんだ、良かったな…

ケンは、スキル無しではなくて、前世の記憶という立派なスキルが有ったんだ。」


と喜んでくれて、アルは、


「凄いや、ケン兄ぃは本で読んだ昔の賢者様と同じ能力だね。

天の国で生まれる前に貰える魔法や能力を神様に返して、代わりに前世の記憶を持って生まれて来たっていうアレだね。」


と、前例が有った様で、すんなり受け入れて貰えた。


しかし、前世の私が罪を犯してしまい、この世界で自分を見つめ直す時間を与えられた事はわざと伏せておいた…

何故ならば、自分達の世界が罰を犯した者が流された世界と聞いて、いい気分には決してならないだろうと考えたからだ。


ただ兄弟には、


「僕の前世の記憶は、自分がお金持ちになったりする為に使っては駄目なんだ…

この知識で誰かを助けたり、幸せにする為に使わないとバチが当たると思ってるんだ。」


と、伝えると、ダント兄さんは、


「勿論、今回のポテチや新しい調理器具のおかげで、俺やアルが助けられたし、幸せになれるチャンスをもらった。

けど、ケン自身も幸せになる為に使っても良いんじゃないか?」


と、僕の心配してくれ、アルは、


「種芋倍化法だって農家の人は勿論、食糧難の集落の人達の為に使えるよ。

食べ物が有れば飢える人が減るし…

僕達みたいな捨てられる子供が減るかも知れない…

やっぱり凄いよケン兄ぃは、あの本の賢者様みたいだよ。」


と、誉めてくれた。


確かに、不作の年に冬が越せなくて口減らしの為に捨てられたり、売られる人間が間接的にでも助けられたら、私の罪滅ぼしになるかも知れないと考えて、ドットの町でのダント兄さんの結婚式の後で、アンお姉さんの知恵を借りて種芋の倍化方法の農家さんへの伝え方等を教えてもらう事に兄弟会議で決定し、翌朝、ダント兄さんのキンカ号の引く荷馬車と、ミロおじさんと、レオおじさん家のチェリー号という、キンカより一回り大きな馬魔物の引く木材運搬用の荷馬車に集落全員が分乗し、ドットの町を目指した。


リントさんに、


「ケン君も道中でどんな魔物に出会すか分からないから、装備を整えておけよ。」


と言われたから僕は現在、ニチャニチャスレイヤー状態で荷馬車に揺られている。


ダント兄さんの荷馬車にはジャガイモと我が家の三兄弟とダント兄さんのお嫁さんになるリリーちゃんと、そのお母さんのエリーさんが乗車し、ミロおじさんの操る木材運搬用の大きめの馬車には、隣村の家具職人に作ってもらったリリーちゃんの嫁入り道具のタンスなどが積んであり、激しく揺れるサスペンションもない荷馬車の荷台でレオおじさんとリントさんが必死で荷崩れを起こさない様に押さえながら進んでいく片道2日の馬車の旅は、なかなか楽しいモノで嫁に行くリリーちゃんの花嫁修業の成果を披露するべく、道の側のキャンプ地での1泊では、リリーちゃんの手料理が振る舞われ、力持ちの木こり兄弟に、腕利き狩人のリントさんに、ばっちり装備を整えた僕も居たので、夜の見張りも分担出来たので、しっかり休めた。


田舎道とは言え、人がパラパラ行き交う街道ではフラフラ出てくる魔物も少なく、旅人を狙う盗賊もあまりの田舎の為に仕事にならず出る訳もない静かなキャンプ地で早朝にリントさんがわざわざ朝飯用の肉を狩ってきただけで、魔物との戦闘もなかったが、ミロおじさんとレオおじさんが、


「ケン、ドットの町で冒険者登録するんだろ。

登録したらドットの近場で、いっぺん俺達と魔物狩りに行かないか?」


と誘ってくれた。


確かに結婚式と店の披露の後に自由時間が丸1日有るし、願っても無い事なので、


「えっ、いいの? 宜しくお願いします!」


と、おじさん達に頭を下げていると、リントさんも狩りの獲物の鳥魔物の解体をしながら、


「えっ、良いなぁ~。」


と言って魔物狩りに参加を希望していたが、エリーさんとリリーちゃんに、


「ご近所への挨拶とか、色々あるでしょ!」


とストップがかけられていたので、斧使いの兄弟とニチャニチャスレイヤーの僕の三人での狩りが決定した。


勿論ダント兄さんも挨拶回りだし、アルは前回集落に来たアンお姉さんと何やら約束が有るらしく、皆それぞれに予定が立った。


そんな話をしながら、リントさんが弓で倒した三匹の『軍隊鳩』という群れで行動する鳥魔物は、リリーちゃんとエリーさんの手により、パリッと香ばしく焼き上げられて、パンとスープと共に朝食に変わった。


リントさんは、


「ケン君、軍隊鳩は他の鳥魔物より弱いから群れで行動するんだけど、もしも、奴らと戦う場合は、最初にリーダーらしい個体を狙うんだよ。

じゃないと、リーダーの指示で群れをまとめて相手する羽目になるからね。」


と、群れと戦うコツを伝授してくれた。


確かにヤンキー喧嘩の場合もリーダーからと聞いた事が有る。


『リ、リーダーがヤられた!』みたいになり散り散りに逃げるらしく、逆に数が欲しい場合で、攻撃に耐えれる状況ならば、あえてリーダーを後回しにすれば、下っぱがリーダーの指示で、次から次へと襲いかかりソレを倒して沢山の成果が見込めるそうだが、そんな事を忘れそうになる程に、久しぶりの鶏肉は旨かった。


鳥を狩れる遠距離武器はリントさんの弓しか集落に無く、ミロおじさんとレオおじさんは斧使いだし、僕もナタという事で、角ウサギなどは良く食卓に上がるが、鳥は本当に貴重なのだ。


塩とハーブのみの焼き鳥は噛む度にジワリと油がほとばしり、少し野性味のあるゴリっとした歯ごたえだが、前世で食べた地鶏の様なしっかりした旨味のある肉はキンキンに冷えたビールが恋しくなりそうだった。


因みにだが、今回の人生では酒を飲まないと決めている。


前世で寂しさを紛らわす為に酒を飲み過ぎた事もあり、犯した罪と向き合うと決めたからには、酒に逃げる事はしたくないからだ… まぁ、まだ13歳だからいくら成人が15歳のこの世界でも、飲酒は駄目たがらという事もあるが、こんなに旨い鶏肉を食べると、やはり頭を過ってしまう。


せめて、白飯… と思っても、米を周辺の村や集落で見たことが無いし、噂も聞かない。


だから、この旨い鳩の香草焼きも、酒を無しに考えると、井戸で冷やした松葉のシュワシュワか、少し黒っぽく酸味のあるライ麦パンの様なこの地方の定番のパンしか合わせるパートナーが居ないのが残念でならなかった。


「リリーちゃん、とっても美味しいよ。

ダント兄さんは料理上手なお嫁さんが来てくれて良かったね。」


と、僕が感想をいうと、ダント兄さんはニヤニヤしているし、リリーちゃんはモジモジし始め、色々な意味で『ごちそうさま』をした僕達は二日目の旅を開始する事にしたのだった。

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