第9話 冬の仕事と爆誕
マチ婆ちゃんをはじめ、賑やかな来訪者が集落から帰って行くと、人里離れた我が家に本格的な冬が訪れた様に感じる。
我が家はいつもの静かに春を待つだけの冬なのだが、今年は、お隣は娘の嫁入り準備で忙しそうだし、木こりの兄弟は、木の水分が少ない冬こそ木こりのシーズンらしく、肉集めに森に入った時にお目当ての木を見つけて、冬の間に切り倒して集落の側にある丸太置き場まで運ぶ為の準備をしていて、むしろ何時もより忙しそうだ。
畑の世話も殆ど無いアルが、僕が本調子では無いので、代わりにミロおじさんとレオおじさんのお手伝いに行くと張りきっていたが、おじさん達に、
「アルを連れて行くには、ちょっとばかし危ない場所だから、来週ケンと二人で丸太置き場で丸太の皮むきとかの手伝いを頼む。」
と言われて、アルは少し残念そうに、
「冬の森は熊魔物も居ないし、虫魔物もうろつかないから安全なんじゃないの?」
と、食い下がったが、ミロおじさんの、
「ニチャニチャは冬眠している虫魔物や爬虫類系の魔物を襲って元気に活動してるぞ…ケンみたいになったら大変だ。」
との言葉と、レオおじさんの、
「もう、マチさんに叱られるのは懲り懲りだから…ケンに続いてアルまで傷軟膏のお世話になるのは嫌だろ?」
とのセリフに、アルは大人しく引き下がった。
僕は、ニチャニチャの消化粘液で火傷の様になった皮膚が、マチ婆ちゃんの傷軟膏のおかげで、ようやくツルツルモチモチの十代のお肌に戻ったのだが、尻の頬っぺただけ強めにヤられたらしく、あと一息治りきっていないので、椅子に座るのもピリッとしてしまう。
「クソ! 憎っくきニチャニチャめ、僕のお尻をメチャクチャにしやがって!!」
と、トイレに座りながら吠えていたのを知っている弟は、間接的にニチャニチャの恐怖を知ったのだろう。
因みにだが、僕もスライムなんてスタート地点の町の雑魚キャラ程度かな? ぐらいのイメージしかなく、今まで魔物の討伐をしようとはあまり思わなかったので、名前や習性は、畑を荒らす上に食べられる角ウサギや爪モグラや森ネズミぐらいしか知らないし、虫魔物は出たらナタチョップするだけだったから、種類に関して興味がなかったのだが、今回の一件で、やはり魔物蠢く異世界に生まれたからにはちゃんと魔物の事を覚えようと考えたのだ。
マチ婆ちゃんは、薬師だから魔物素材は勿論、昔は薬師の師匠さんについて各地を回っていたので、魔物の情報も詳しい。
「ニチャニチャって魔物では弱い部類だろうに…」
と、タコ殴りされた相手を恨みながら落ち込んでいた僕に、
「何を言っとるケン坊、ニチャニチャはなかなか厄介な魔物だよ。
普通の冒険者でも出来る事ならば出会いたくない相手で、アヤツは弱点がまる分かりの割にはタフだし、斬れば粘液で武器がベタつくし、叩けば四方に粘液が飛び散る。
上手に口元に張り付けば、熊魔物でも倒せる実力があるうえ、色々な毒持ちや、消化粘液と…
何より倒しても豆粒程の魔石と、素材はニチャニチャの粘液しか手に入らない嫌われ者さね。」
と教えてくれ、ついでに周辺で見られる魔物の話を療養中にしてくれた。
「魔物に興味が有るならば、ドットの町の冒険者ギルドに登録して、ギルドショップに有る魔物の本でも買えば詳しく書いてあるよ。」
と教えてくれた。
冒険者ギルドか…馬車で片道2日では冒険者として食べて行くには町の近くに引っ越すしかないが、角ウサギの角や毛皮よりも良い素材を持つ魔物を倒せる様になれば、売りに行くのも良いかも知れない。
リントさんやミロおじさんとレオおじさんが、今回の頑張りの報酬でアタックボアという防御力自慢で硬さに任せて突進攻撃をしてくる猪魔物の皮で、防具を一式作ってくれるらしい。
オジサンチームは口を揃えて、
「今度はニチャニチャにヤられない凄いのを注文してるから、楽しみにしていろ。」
と言っているので、春になったら魔物を倒して素材を売る為に、ドットの町までダント兄さんの店を見に行きがてら冒険者登録をしても良いだろう。
そして冬の間、オジサン達の手伝いで打ち払った枝等を、隣村に売りに行く用の薪にして、冬の手仕事とした。
払った枝を割って薪にして、材木にする為に剥いだ木の皮も着火材として安いがちゃんと売れる。
毎日使う物だから、いくら作っても需要があり、沢山作ればミロおじさん達からのお駄賃も増えるので、アルと二人で、丸太置き場で連日おじさん達が切り出した原木の枝払いと薪割りと、皮むきに勤しんだ。
なんと言っても冬の枝払いは、葉っぱの処理が少ないので有り難い…
しかし、心の中で、『葉っぱが無いの来い!』と願っているのに、おじさん達がエッチラオッチラと葉っぱがビッシリある松の木を運んで来た時は、少しガッカリしてしまう。
しかし、僕の横でアルは、
「松だ!マチ婆ぁが夏にくれた松葉のシュワシュワが作れるかな?」
と嬉しそうにしている。
前世の記憶で、松葉のサイダーという知識はあったが、こちらに来て初めてソレを飲み、超微炭酸ではあるが、ちゃんとシュワシュワする喉越しに感動して、自分でも作れないかとマチ婆ちゃんに手順を聞いたのだが、ここで可愛い弟に悲しいお知らせをする為にその知識を使うとは思わなかった。
「えーっと、そんなアル君にお知らせをです。
松葉のシュワシュワは、夏前の若葉を使います。
冬の葉っぱは松ヤニ臭いし、あまりシュワシュワしない臭い水に仕上がります。
そして、オジサン達はヤニがベタつき、虫魔物が豊富に暮らす夏には松を斬りません。」
と、弟に告げると、アルは急に死んだ魚の様な目になり、黙々と枝を払いながら、チクチクするだけの松葉を恨めしそうにしばし眺めていた。
僕は、次の夏前に森に入り松の新芽を取ってくる事を胸に近いつつ、アルに
「でも、冬の松葉は乾燥させて束ねると着火材として隣村の店で買ってくれるよ。」
と、伝えると、アルは少し元気になったので、ついでに、
「次の夏には、松の新芽を取ってくるから、一緒に松葉のシュワシュワを作ってみよう。
春にはマチ婆ちゃんにコツを教えて貰わないとな。」
と、少しわざとらしくアルに伝えると、
「よ~し!」
とアルのヤル気スイッチが入った様で一安心した。
そんなこんなと毎日を過ごしていると、雪の季節も終わり、春がユックリと近いて来ているのか、庭先に雑草の新芽が見え始めた。
そうなると、次は我が家が忙しくなる。
アルは畑を耕し始め、僕は、何でも屋の仕事が始まる。
近隣の村からの予約で畑仕事の助っ人をして、1日大銅貨三枚程頂ける。
日本円でいうと日給三千円だが、このド田舎では十分な稼ぎで、片道数時間歩く価値はある。
馬でも有れば隣村や周辺の集落まで楽だろうが、名馬なキンカ号程とは言わないが、一般の馬魔物でも大銀貨数枚…数十万円はするので贅沢品である。
そんな春先の畑作業フィーバーも無事に終了したある日、オジサンチームの三人がニコニコ顔でウチにやってきた。
そう、注文していた皮鎧が完成したのだ。
リントさんが、
「ケン、遅くなったが、秋の狩りの報酬だ。
受け取ってくれ。」
と言って渡された袋を開けると、革製の鎧が入っていたのだが、あからさまに革の手触りでは無く、コンコンと音が鳴るプラスチックの様な質感だった。
ミロおじさんが、
「まずは装備して見せてくれ。」
と急かすので、取り出して装着しようとすると、鎧面はカチカチだが、ベルト部分は革の手触りで、益々不思議に思いながらも身につけると、レオおじさんが、
「よしよし、ピッタリだ。
少し大きくなっても調節出来るし、コイツさえ有ればニチャニチャも怖くないぜ!」
と笑っている。
確かに装備が出来て、ニチャニチャに以前よりも対抗し易くなったのだが、それだけでは無さそうなおじさん三人の反応に、
「なんだか、カチカチですね。」
と、素朴な感想を告げると、リントさんがこの装備の特徴を説明してくれた。
アタックボアという猪の皮をベースにしているので、ただでさえ丈夫な皮鎧だが、
なんと、僕が倒したニチャニチャの粘液素材を回収してあり、皮鎧に染み込ませて熱を加えて硬化させた代物らしく、ニチャニチャの粘液は勿論、あの何でもジワジワ溶かすニチャニチャの消化粘液までもはじく撥水効果があり、普通の水では軟化しない優れもので、鉄より遥かに軽く、鉄より微妙に弱いという特徴で、偵察役の冒険者の御用達、『ニチャニチャコートの革鎧』だという。
名前のセンスよ…
とは思うが、有り難い。
そして、木こりの兄弟からは、
「ニチャニチャの群れの討伐祝いだ。」
と言って、武器が送られた。
二人が選びに選んだ木材に、ニチャニチャ粘液を鎧と同じ手法で染み込ませて硬化させた、
『ニチャニチャコートの棍棒』である… どんなにニチャニチャをしばいても、粘液でベタつかない武器と、ニチャニチャの粘液をはじく鎧を身に纏い、そしてここに、ニチャニチャ特化の戦士、『ニチャニチャスレイヤーのケン』が爆誕したのだった。
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