第8話 帰還とお見舞い
ユックリと覚醒する意識に、『死んでないのか…』という感想が過る。
うっすらと目を開けて、『知らない天井だ…』などと言ってみたかったが、そこは、逞しいミロおじさんの背中の様で、完全にノックアウト状態の僕をおんぶしてくれているらしい…
完全に目が覚めた僕が、キョロキョロと辺りを確かめていると、
「おっ、ニチャニチャの群れをソロで倒した戦士のお目覚めかな?」
とミロおじさんのセリフに、後ろで獲物を満載した荷車を引くレオおじさんとリントさんが、
「おぉ、良かった。」
と、僕が目覚めた事を喜んでくれていた。
ミロおじさんは、
「大変だったな、ケンの頑張りで獲物は無傷だから安心しろ。
家までまだ少しあるから寝ておけ…」
とだけ伝えて森の中を僕をおぶったまま進んでくれ、僕は安心して再び目を閉じた。
後から聞いた話だが、焚き火の炎は何とか薪に燃え移り体を暖めてくれたので、ずぶ濡れのままでもギリギリ死ななかったらしい。
そして、今回の襲撃者のニチャニチャは山火事等に遭遇すると粘液が硬化して休眠状態になるらしく、雨などの水分が硬化した体に染み込むと、魔石を守る核から特殊な液体を出して硬化した体を溶かして再び活動出来るらしく、オジサンチームが戦利品の大きな猪魔物を担いで帰って来た時には、休眠状態のニチャニチャが十数匹に核を破壊されたニチャニチャの残骸が二十匹足らず転がっていて、毒持ちの個体が数匹混ざっていたらしく、僕は完璧に毒をくらい、疲労と寒さで見事にノビていたそうだ。
リントさんが、
「あの数に襲われて、獲物の被害なしで、本人の服がダメになったぐらいで生き残ったから、ケンの完全勝利と言っていい!」
と誉めてくれたが、ほぼ相討ちで、濡れた服のままではダメだからとパンツ一丁にされ、テント用の布でミロおじさんの背中に縛られて帰還したなど、恥ずかしくて自慢など出来ない。
レオおじさんも、
「ケンの年ぐらいの冒険者で、あの数のニチャニチャの群れを前にして無事で帰ってこれる奴は居ないな…でも、次は獲物を諦めて逃げろよ。」
と、頭を撫でてくれた。
体と心の傷を癒す為に、この冬は家でのんびり過ごす事にしたのだが、肉や毛皮を売りに行ったミロおじさんが、マチ婆ちゃんの店で、
「ケンが、ニチャニチャの群れとやり合って怪我したから、傷軟膏をくれないか?」
と、薬を買うついでに、僕の恥ずかしい戦果を報告したので、慌てたマチ婆ちゃんが、雪こそ降ってないが冷え込む寒空の下、薬を山の様に持って見舞いに来てくれたのだ。
慌てて、薬を背負って出かけるマチ婆ちゃんを見たご近所さんが、何事かと声をかけ、婆ちゃんは慌てながら「ケン坊の一大事だ!」と言ったものだから、ご近所の掃除の依頼をしてくれている常連さんのオジサンやオバサンまで、村から荷馬車を出してわざわざ集落までお見舞いに来て、パンやらドライフルーツやらを差し入れしてくれたのだ。
ご近所さん達は、マチ婆ちゃんの慌てぶりに、かなりヤバイ状態を想像していたらしく、マチ婆ちゃんに傷軟膏を全身に塗布されてテカテカになっただけで、元気そうな僕を見てホッと安堵し、
「これならば、春先の畑作業の手伝いを頼んでも大丈夫そうだね。」
などと、笑いながら皆は来年の仕事の依頼をして帰っていく…
此方の世界に来て初めて、再び何でも屋という仕事を選んだ自分を認められた気がして少し嬉しくなってしまったのだが、親である爺さんが寝込んで以来、母親の様に僕ら三兄弟を気に掛けてくれたマチ婆ちゃんは、
「あちこち怪我して、何をニコニコしてるんだい?!
ケン坊は大人しく寝ておきな!
アル坊のご飯はアタシが作ってやるから!!」
と、少しお怒りのご様子だが、
「マチ婆ちゃん、ありがとうね。」
と伝えると、マチ婆ちゃんは僕の頭をポンポンと優しく叩いて、
「寝ときなっ」
と、言い残して部屋を出て行った。
マチ婆ちゃんには本当に感謝しかない…婆ちゃんの背中を見送り、軟膏で張り付くシャツを気にしながら眠りについた。
そして二週間ほど経ち、傷も良くなった年の瀬に今度はウチの集落に数台の馬車がやって来た。
一台はダント兄さんとキンカだが、後ろの豪華な馬車は全く誰か解らなかったのだが、馬車の一団はカッツ商会のモノらしく、中からアンお姉さんと髭面の四代目カッツ会長が現れ、お隣のリントさん家に入って行った。
しばらくしてアルが、
「ダント兄ぃから聞いてきたよ。
見習い商人のダント兄ぃの『商人としての』育ての親として、リリーちゃん家にご挨拶するという名目で、アンお姉さんが、エリーさんに逢いにきたんだって。」
と、少しややこしい理由を教えてくれた。
実はマチ婆ちゃんが、ダント兄さんのベッドで寝泊まりして色々と世話を焼いてくれていたが、ダント兄さんが帰って来たのを見て、
「よし、じゃあ、ケン坊もあとはお尻の傷を残すだけだから、アタシは帰るとするかね…」
と、荷物をまとめはじめている。
店を近所の人に頼み、この10日間で隣村に帰ったのは、途中でご近所さんが馬車で呼びにきて納品の為に帰った丸1日間程度で、あとは住み込みで看病と家事をこなしてくれた婆ちゃんを何時間も歩かせる訳には絶対に行かない!
僕はアルに、
「ごめんアル、ダント兄さんにマチ婆ちゃんを隣村まで送れるか聞いてきてくれる?」
と、お願いすると、弟は、
「了解!」
と言ってお隣で結婚の挨拶的な集りに参加しているダント兄さんを目指してテケテケと小走りで駆けて行った。
数分後に、家に入って来たのはアルでもダント兄さんでもなく、アンお姉さんだった。
「ケン君大丈夫!?」
と飛び込む高そうな衣裳のアンジェルさんは家には本当に不釣り合いな雰囲気だったが、初めて会った時の印象よりもかなり柔らかな印象で、本当の弟を心配する姉の様に感じ、僕は、
「アンお姉さん、心配してくれてありがとうございます。
ニチャニチャにコテンパンにされましたが、もう大丈夫です。」
と笑って見せた。
ホッとしたアンお姉さんと、「お姉さん」と呼ばれるアンジェルさんを見つめて首を傾げるマチ婆ちゃんは、
「こちらは?」
と、僕に訪ねてきたので、
「ダント兄さんの世話になっている商会の三代目会長で、現在の会長の奥さまのアンジェルお姉さんです。」
と、マチ婆ちゃんにアンお姉さんを紹介して、
「そして、こちらが育ての親の爺さんが倒れてから、ウチの三兄弟を世話してくれた母親代わりのマチ婆ちゃんです。」
とアンお姉さんにマチ婆ちゃんを紹介すると、アンお姉さんは、ウチの三兄弟の母親代わりと聞いて興奮し、マチ婆ちゃんは母親代わりと言われてモジモジしてた。
そして現在…アンお姉さんは、興味のあったエリーさんと、ウチの三兄弟の母親代わりと聞いて興味のわいたマチ婆ちゃんと、ウチの狭い食卓で女子会をはじめてしまっている。
リントさんの所では、ダント兄さんの独り立ちする為の店の話をしていたらしい。
普通であれば露店や行商からのスタートらしいが、アンお姉さんの後ろ楯で、ドットの町の職人町の近くの家をダント兄さんがカッツ商会からお金を借りて購入し、ダント商会として来年春に独り立ちする予定で、しかも、カッツ商会と取引のある職人さんにも声をかけて貰い、ダント兄さんの商会では、色々な物を作れる体制が既に整っており、現在はピーラーとスライサーの制作をはじめていて、完成後はカッツ商会のポテチ工房に納品し、いよいよポテチが販売される手筈になっているそうだ。
商会が出来る前に、注文が入っているというおかしな状態であるが、ダント兄さんの商会は、普通ではあり得ないぐらい恵まれた状態でスタート出来る事に感謝している。
まぁ、そんな事をリリーちゃんの家族に報告する為に来たはずなのだが、アンお姉さんは現在、
「エリーさん、やっぱり怒り過ぎると駄目ですかね?」
と、エリーさんに相談すると、
「そうね、目尻の笑いジワはまだ良いけど、オデコに縦ジワがついたら気難しいオバチャンに見えちゃうし…」
などと、エリーさんが答え、マチ婆ちゃんが、
「それなら良い薬が有るよ、貴重な薬草と植物魔物の素材を使うから田舎ではなかなか手に入らないけど、アタシの師匠直伝の秘薬だよ。
見てごらんワタシの顔を、効果は保証付きだよ。」
と言っている。
確かにマチ婆ちゃんは、死んだ爺さんと同年代らしいが、シワは少なく感じる。
アンお姉さんは興奮しながら、
「商会の情報網で、どんな素材でも集めますわ!」
などと、女子会は最高潮であるが、狭い我が家…出ていくタイミングを完全に失った僕は、ベッドの上で、美容の話をはじめ、旦那の愚痴や、果ては子供が出来ない悩み相談までを間接的に聞かされる羽目になってしまった。
因みにだが、アンお姉さんからの子供が出来ないお悩みにも、マチ婆ちゃんが何か作る約束をして、あまり耳馴れない魔物の素材の買付をアンお姉さんに指示していた。
精力剤らしいが、『そんなモノを!?』みたいな材料を飲まされる髭面の会長が、ほんの少し可哀想に思え、今度からは少し優しく接してあげようと思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます