第7話 キャンプの留守番

さて、ドットの町でのハードな交渉も終わり、無事に集落へと戻ってきたのだが、現在集落は宴会の様に盛り上がってしまっている…

何故なら、帰宅してすぐに、マメなダント兄さんが、エリーさんに、


「エリーさんのおかげで、独り立ち出来て、弟も魔法学校へ行けそうです。」


と、御礼の手土産を持って挨拶に行った時に、冬支度の肉を狩るために集まっていたミロおじさんとレオおじさんも狩人のリントさんに、


「いよいよ、リリーちゃんの嫁入りも近いな、」


などと盛り上がり、リントさんも、


「よし、今年は沢山狩らないとな!

嫁入り道具を買わないと駄目だし、ミロさん、レオさん手伝ってくれますか?」


となり、結局は、


「その前にまずは一杯!」


という事で今に至っている。


男性陣は飲む口実が出来たから深くは気にしていないが、困惑しているのはエリーさんである。


自分が何をして、散々僕達三兄弟から礼を言われ、お土産まで渡されたのかが解らないご本人に、どの様にエリーさんのおかげで何もかもが上手く行ったのかを説明して、アンお姉さんからのファンレターの様なお手紙を渡してはじめて、エリーさんは話の流れを理解し、湯気が出る程に真っ赤になって顔を隠して恥ずかしがってしまった。


「あまりウチの中の話を外でしちゃダメっ!」


と、可愛く叱られてしまったが、アンお姉さんを動かしたのは間違い無くエリーさんなのだから、感謝しかない。


その後、リリーちゃんはダント兄さんは頬を赤らめ、何かイチャイチャと話しているし、進学の目処が立ったアルに感謝の言葉を受けるエリーさんは今も真っ赤になってモジモジしている。


ソレを肴にオッサンチームはヤンヤと楽しそうに飲んでいるカオスな状態である。


しかし、兄弟の将来が明るくなった事に、僕自身とても喜んでいるのだ…今回の人生では手の届く範囲の人には幸せでいて欲しい、前世では家族も離れてしまい、果ては未来有る青年の人生を奪った罪人である私は、近くの人達の笑顔を見る度に、ほんの少し救われる気がしているのだ。


まぁ、本人の勝手な感想だとは思うが…

そして、そんな楽しい夜を過ごした翌日からは、各々の仕事が始まる。


ダント兄さんは、カッツ商会にてアンお姉さんとの打ち合わせを続けて、来年の春頃の独り立ちを目指しつつ、僕の提案した便利グッズの制作を行う。


アンお姉さんが、腕の良い鍛治職人や細工職人を紹介してくれるので問題ないだろうし、二年後の春にはアルの入学試験が控えているが、こちらも大丈夫だろう。


万が一主席で無くても学費は何とかなりそうだが、アルならばきっとやってくれる。


リリーちゃんはエリーさんからの花嫁修業が本格的に始まったし、リントさんは嫁入り道具を揃える為にこの秋の狩りをミロおじさんとレオおじさんも巻き込み頑張る予定である。


となると、問題は既にこの秋の予定であるマチ婆ちゃんからの木の実拾いの依頼を終えてしまった僕のヤることが見当たらない事だ。


消去法で残るのはリントさんの狩りチームのお手伝いであるが、防具も無く、武器も武骨なナタが一本の子供が役に立つか疑問であったが、ミロおじさんと、レオおじさんが、


「ケンは、装備さえ有れば即戦力になる程だが、荷車で獲物を運ぶ役ならばナタ一本でも十分役に立つし、今回の分け前は獲物の皮で皮鎧を作る約束で構わないだろ?なぁ、ケン。」


と、言ってくれたので、リントさんも、


「何の魔物が取れるかは運次第だが、ケン君が冒険者になっても大丈夫な様に、頑張って良い獲物を狙うかな?」


等と、やる気になってくれている。

僕は、


「冒険者として生活する予定は無いですが、何でも屋の仕事で、畑を荒らす魔物の退治も出来る様になるから、防具はとても嬉しいです。

頑張って運びますので宜しくお願いします。」


と頭を下げると、男達は明日からの狩りに向けての準備に取り掛かった。


そして翌朝、空が明るくなりはじめるのと同時に集落を出発して、リントさんが獣道を見つける度に罠を仕掛けながら森を進み、川の流れる中間地点にミロおじさんとレオおじさんが手際良く寝床を作り、虫魔物避けの香を焚き、切り倒した木や枝と布で作った簡易テントの側で焚き火を囲み一夜を明かして、翌朝早くから中間地点から奥の森を巡り、獲物を探しながら罠を仕掛けるのだが、ここまでは狩りの下準備である。


三日目の朝、中間地点から奥の罠を確認してくくり罠にかかった鹿や猪な魔物を弓矢や斧で討ち取り、血抜き処理をしてから荷車に乗せるのを繰り返し、罠を順番に確認しながら集落に向かいつつ追加の獲物を狩りながら進む。


夜に集落に着いて、翌日は解体にあてて、皮は干して、肉は冬用に塩漬け等にまわす。


秋の間にこうした狩を何度か行い、集落の冬の保存用の肉が貯まれば、余剰分は隣村の市場などで、売っていくのを繰り返して現金や保存用の野菜や穀物に変えるのだが、この冬は、アルの畑からのかなりの量の収穫が有るので、全て現金に交換する事にして、リリーちゃんの嫁入り道具の為に集落あげて頑張るのだが、はじめのうちは緊張していた森の奥での狩りも、回を重ねる毎に手馴れてきて、油断していたのが原因かもしれない…

中間地点のキャップでは既に群れに当たり、荷車に沢山の獲物が乗せられ、森の奥の罠を確認に向かう為に荷車を動かすよりもオッサンチームで獲物を狩ってから、一匹ずつ担いでキャップまで戻る方が早いという判断で、僕は、キャンプ地で皆の昼飯の用意をしながら留守番をしていたのだ。


昼飯と言っても、食材は大概現地調達で、日持ちのしない魔物の内臓を中心に森でのスタミナ食として、木の実や野草と猪魔物の肝を炒めたりする。


「レバニラ、レバニラぁ~」


とご機嫌で、留守番ついでに朝沢山獲れた猪魔物を川の側で血抜きをしたり内臓の処理していると、川流れた血の匂いをたどり、招かれざる客が現れたのだった。


もっと早くに気が付いていれば、また違った対処も出来ただろうが、呑気に鼻歌まじりに作業をしていた僕は、既に奴等に囲まれていたのだ。


ソイツの名前は『ニチャニチャ』簡単に言うとスライムだが、その名の通り粘性が高く一発で刃物の切れ味を落としてしまうトリモチみたいなボディーの魔物であり、しかも消化液を飛ばしてくる個体までいる嫌われ者で、勿論なんでも食べる魔物であるので、折角の狩りの成果を喰われる可能性が大だ。


30匹はいる群れを引き当てたらしい僕は、もう殺るしかない状態に晒されている事に気が付き、荷車に乗せられた獲物を背にしてナタを構えると、水辺から出てきた、ユルいわらび餅の様なニチャニチャは、ゆっくりと僕に近付く為に移動する度に土や枯れ葉を纏い茶色に変わっていく…

一体一体に多少個体差があるが、ゴム毬程度の大きさで、体の中にある核を割るか抜き出せば倒す事が出来るのだが、群れで遭遇したのは初めてな上に、既に奴等はゴミを纏い核をすぐに判別出来ない状態で、きな粉まぶしわらび餅みたいになっている。


「マズッたな…」


と、誰に告げるでもなく呟くと、その言葉を合図にしたかの用に先頭の切り込み隊長のニチャニチャが、ペッと飛び付いて来た。


少し焦りながらもナタを振り抜くと、上手く核を砕いた様で意思のある餅はニチャリと意思を失い、トリモチみたいにナタに粘りつき刃物としての攻撃力を下げる。


ナタがなまくらになってしまったのが解ったのか、次々と攻撃を仕掛けはじめるニチャニチャに、


『これが顔面に取り付いたら終わりだな』


と、マフラーで鼻と口を隠して、ナタを鈍器として振り回し、敵の核を砕こうと暴れる。


前世で、子供頃に貧乏だという理由で虐められて袋叩きにされた嫌な思い出が甦って、命の危機的状態で更にメンタルを削りにくるトラウマの野郎を呪いながら、打開策を探る。


『せめて、盾になる物があれば…』


と辺りをみると、内臓の下処理に使う予定で沸かしていた鍋が視界の横に入り、


「あれだ!」


と呟き、ニチャニチャをナタで殴りながら鍋に近付くと、ニチャニチャ達は敵が弱り逃げ出したと思ったのか、攻撃を強めてくる。


普通ならば手袋や鍋掴みがないと火傷するはずの沸騰した鍋の蓋の鉄製の取っ手を握り、盾として構え、間髪入れずに鍋をお湯ごとニチャニチャの群れに蹴り飛ばす。


すると、お湯のかかったニチャニチャの動きが急に悪くなり、モロにお湯を浴びた個体は完全に動きを止めていた。


十匹ほどを倒したり、行動不能にした事で、攻撃の波が弱くなり、少し余裕ができたので、お湯をかぶると動けなくなる理由を考えてながら、ニチャニチャの体当たりを鍋の蓋で受け止めては、足で核ごと踏み潰したり、ナタで殴り飛ばしていると、ある事に気が付く、


『鍋の蓋を掴んだ掌が開かない!』


と…一瞬、あまりに熱い鍋の蓋を握り酷い火傷をしたので開かないと思ったのだが、どうもナタに付着したニチャニチャ粘液を落とそうと触ったベタベタの手で鍋の蓋を触ったが原因らしい。


粘液でくっ着いたのかと思ったのだが、良く見ると、鍋の蓋の取手を掴んだ手粘液が硬化している事に気が付き、お湯をかぶったニチャニチャが動かなくなった事から、


『熱を加えると硬化するのか!』


と理解し、そこからはナタで殴る、蹴るに加え、焚き火に鍋の蓋で叩き込むという選択肢が増えて、かなり戦い易くなった。


全てのニチャニチャを行動不能にした後で、冷静になると、体中に痛みが走り始め、軽くパニックを起こしながらも、敵を倒してから初めて自分を客観的に見ると、服は消化粘液を吹き付けられてボロボロで、服を溶かしきった消化粘液は皮膚を赤く爛れさせていた。


「こりゃ洗わないとヤバイな」


と、自分に言い聞かせて、トボトボと川に向かう。


ニチャニチャの粘液まみれのナタを手放すのにすらネバついて苦労し、更に硬化した粘液に包まれた鍋の蓋の取手はすぐには取り外せない為に、服を脱ぐこともまともに出来ない…

ウダウダしている間にも消化粘液がチリチリと肌を溶かすので、一刻も早く水で薄める為に川に飛び込むが、そもそもの事を忘れていたのだ。


秋の森の川は死ぬほど冷たい…

心臓がギュンとなり、折角魔物の群れを退けたのに違う理由で、この償いの為の人生を終えるところだった。


「ハッ、ハッ、ハッ、」


と、過呼吸気味の呼吸を繰り返しながら川の中でのたうちまわり、ニチャニチャの粘液は体から剥がれた様だが、確実に体温も奪われ、カタカタと歯を打ち鳴らしながら川から上がり、ニチャニチャを放り込み過ぎて消えかけの焚き火に、薪をくべて暖をとろうと試みるが、あまりの疲労と寒さからなのか、火の勢いが戻るのを待たずに辺りがゆっくりと暗闇に包まれ、気を失ってしまったのだった。

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