第6話 提案する何でも屋
蜂蜜の香りのするクッキーを食べながら待つことしばし、状態が飲み込めずに明後日を見つめるダント兄さんとは対象的に、アルは嬉しそうに、
「焼き菓子なんて久しぶりだよ…都会はイイね。」
と言いながらクッキーを味わってニコニコしているのを眺めながら、先程までのトゲトゲした気持ちを忘れてホッコリしていると、ガチャリと扉が開き、目付きの鋭い女性と、その後ろから首輪でもされてるのかと思うほどに肩を落として前傾姿勢でトボトボとついて来る髭面の会長が入室してきた。
そして、会長が座っていた椅子に着席したのは女性の方で、会長はその横に立たされて、さも居ないかの様に話が始まってしまった。
「話は聞きました。まずは、謝らせて下さい。」
と言って女性は深々と頭を下げる。
ダント兄さんはこの状況に、ようやく明後日の世界から帰還してくれて、
「奥様、どうかお顔を上げて下さい!
ほら、ケンからも!!」
と、慌てている。
僕は、会長とのやり取りで生まれた怒りも少し落ち着いたので、ニコリと微笑みながら、
「奥様と言うことは、この髭面の保護者の様な方ですね… でしたらどうかお顔をお上げ下さい。
いい年ぶっこいた大人が、自分の非礼を詫びずに、保護者に謝罪させて、恥ずかしいと感じるだけで、何の解決にも成りませんので…」
と、静かなトーンで伝えると、ダント兄さんはこの世の終わりの様な顔でこちらを見つめている。
我ながら大人気ないとは知っているが、前世から大概の事ならば請け負う何でも屋でも、仕事仲間だけは信頼の出来る人間とすると決めている。
仕事が出来るとか、頭が切れるとかでは無い、『コイツならば!』と信頼が出来る相手である事が大事なのである。
奥様に言われて、「すまん…」と言っている髭面は既に僕の中で商談相手から除外されているので、それはそれは落ち着いたトーンで淡々と、先程の態度を許すが、商談を再び会長とする気は無いことを告げると、
「アナタが日頃からどんな態度で商売をしていたかの結果がこれです。
父から何を学んだんでしょうか?
売れる商品を見出だすセンスを買われ父から商会を任された誠実な見習い商人に惚れた私の見る目が無かったのでしょうか?」
と、奥様の言葉にシュンとなる会長を見て、弟のアルが、
「ケン兄ぃ、髭のおじさんを許してあげなよ…
もう、ダント兄ぃが吐きそうな顔になってるし、綺麗なお姉さんが怒ってるのは悲しいよ。
リントさん家のエリーさんも怒るとオデコにシワが入っちゃうから女性を怒らせる男は駄目って言ってるよ。」
と、僕に提案してきた。
弟のセリフに、『それもそうかな。』と僕が思うよりも早く、弟の言葉に反応した人がいた…奥様だ。
「えっ!?綺麗なお姉さん!
やだ、何?この子可愛い!!」
と言ってアルに駆け寄り抱き締めたり、撫で回したりしている。
それから奥様は旦那の髭面に、
「邪魔ですから仕事に戻って下さい旦那様」
と言って部屋から追い出して、アルをメインに三兄弟とのお茶会を希望された。
アルも再び美味しいお菓子が食べられると、奥様の誘いを受けたので兄としても断る理由が無い…
お茶会は自己紹介から始まり、奥様がアンジェルさんという事は解ったのだが、何故か『奥様』や『アンジェル様』と呼ぶのでは無くて、『アンお姉さん』と呼ぶ様に僕とアルはお願いされた。
アンお姉さんは、カッツ商会の一人娘さんで、昔から弟が欲しくて、「アンお姉さん」と呼ばれるのが夢だったらしく、旦那さんも弟みたいに手のかかる男性を選んでしまったみたいだとお茶を飲みながら語ってくれた。
流石に、ダント兄さんは「アンお姉さん」とは呼ぶ訳にはいかないので、少し気まずそうにお茶会に参加しているが、アンお姉さんはそんな事はお構い無しで、特にアルと楽しく会話をしている。
アルの放った「綺麗なお姉さん」が、ブッ刺さった様で、
「女性を怒らせたら駄目って、良い教えね。」
と、アルに女性への対応を教えてくれたエリーさんを間接的にリスペクトしているみたいに、アルからエリーさんの教えを聞いては、
「そうそう、本当!」
と、賛同しては楽しそうにされていた。
アルから、
「エリーさんの娘さんのリリーちゃんはダント兄ぃの奥さんになる予定だよ。」
と聞き出したアンお姉さんは、嬉しそうに、
「娘さんが見習いのダント君の奥さんになるのならば、益々エリーさんに会わないとね。」
と話している。
ウチの兄弟の話を聞いて、ダント兄さんが独り立ちすれば結婚出来る事や、アルが魔法学校に通いたい事をはじめ、我が家の兄弟の成り立ちや現状を把握したアンお姉さんは、キリッと商会の奥様の顔になり、
「ケンちゃんは何が望みかな?」
と聞いて来た。
急な事に「ほへ?」っとバカみたいな返事をした僕に、奥様は、
「旦那から、素晴らしい品物を持ち込んだ事は聞いております。
私は、ダント君の結婚も、アルちゃんの進学も応援したいのです。
しかし、私も商家の娘としてただお金を出す事は出来ません…
なので、大変厚かましいお願いでありますが、ケンちゃんが発明した商品をあの旦那では無くて、私に…そう、私個人の商会で扱わせてくれませんか?」
と、商談を持ちかけてきたのだ。
アルからも、
「ケン兄ぃ…」
と、お願いの眼差しを受けて、ダント兄さんからも無言で『頼む!』みたいな圧を感じたので、
「アンお姉さんにならポテチを任せても大丈夫だと思います。
まずは、現物を見て貰いましょう。」
と言ってダント兄さんに予備のポテチをアイテムボックスから取り出してもらう様にお願いする前に、アンお姉さんに僕も捕まり、
「ありがとうケン君!」
と、アル同様に頭がもげそうな程に撫で回された。
後で聞いた話ではあるが、カッツ商会はアンジェルさんのお祖父さんが初代の商会で、勿論お父さんが二代目なのだが、実はアンジェルさんが三代目を一時期受け継いだ後に、旦那さんが四代目カッツを襲名しているそうだ。
四代目は商品鑑定というスキル持ちで、商人としては最高に使える能力だが、以前よりも傲慢な態度で商売する事があり、未だに三代目だった奥様が目を光らせて、何とか商会が回っているみたいだった。
アンジェル奥様は、真偽鑑定というスキル持ちらしく、商人というよりは裁判官向きの能力で、相手が真実を言っているか嘘をついているかが判別出来るそうだ。
アルは勿論、エリーさんの教育の賜物で、女性に対して嘘偽り無く『綺麗なお姉さん』と判断しているし、僕に関しては、アラサー女性など『お嬢ちゃん』に感じているので、二人共に嘘偽り無く、
「お姉さん」
と放った言葉がアンジェルお姉さんを動かしたらしい。
ようやくまともな商談が始まったのだが、テーブルにダント兄さんが出したポテチを味見したアンお姉さんは、
「なるほど…」
とだけ唸り、少し考えたアンお姉さんは、僕を見つめて、
「改めてお願いします。
カッツ商会では無くて私個人のアンジェル商会と正式な契約をしてくれませんか?
このポテチは、周辺の村で普通に育つジャガイモで作られているのは理解しました。
上手くすれば農家の収入を上げて、加工工房を作れば、旦那を失った家庭の女性や孤児の子供が雇える可能性が有ります。
旦那の非礼にお怒りなのは招致しておりますが、そこをなんとか…」
と頭を下げるアンお姉さんに、『周辺の村の貧困対策や貧困で悩む子供や親の生活まで考えているのか…凄いな…もう三代目のままの方が良いのに…』等と色々な感想がわいてくる。
僕は、
「アンお姉さん、言ったでしょ?
お姉さんにならば任せて大丈夫だって!
頭を下げないで下さい…その代わり…」
と、兄の独り立ちの助力と弟の進学費用の協力をお願いした。
アンお姉さんは快く僕のお願いを聞いてくれたのだが、
「ケン君は何かお願いは無いの?」
と聞いてきたのを良いことに、僕は肩掛けカバンから兄や弟にも内緒にしていた交渉材料を取り出しながら、
「最初の提案通りに、ポテチの生産と販売はアンお姉さん個人にお任せします。
権利も全て渡しますので、僕としては口減らしをする農家が減ったり、孤児がお腹いっぱい食べられる機会に恵まれるならば嬉しいです。」
と答えた後で、パサリとメモの束をテーブルに置いて、
「僕としては、ダント兄さんの立ち上げた商会で、これらの商品を扱える様に、アンお姉さんの人脈を貸して頂きたいぐらいですかね?」
とおねだりしてみた。
アンお姉さんはメモの束を確認しながら、
「これは?」
と、聞いてくるので僕は、
「ポテチを生産する為に必要と思われる、皮剥き機のピーラーと、薄切りにする為のスライサーという器具の原案です。
細かい金属加工の得意な鍛治職人さんを知らないもので現物はありませんが、完成すればポテチ工房は勿論、一般家庭や飲食店でも使えるはずです。」
と伝えると、アンお姉さんは驚きながらも、
「ケン君…アナタは一体…」
と聞いてくるので、
「ただの何でも屋のケンちゃんです。」
とだけ答えておいた。
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