第5話 商談という戦い

我が家の兄弟会議の結果、今後の方針が決定した。


アルは、ジャガイモの生産をしながら、余った時間で満点合格を目指して勉強を頑張る。


ダント兄さんには本当ならば独り立ちしてもらい、ダント商会としてポテチの生産と販売をして欲しかったが、時間的にも金銭的にもダント兄さんが独り立ちした後に小金貨を余分に集めるのは無理と考えて、現在ダント兄さんがお世話になっている小さな町の商会であるカッツ商会の会長さんも巻き込み、ポテチの販売元として協力してもらう事を目指す事にした。


会議の翌日、隣村で材料を揃えて、実際にポテチを作ってダント兄さんやアルに食べさせたのだが、アルはサクサクとした食感もさることながら、現在育ているジャガイモが、こんなに食べごたえのあるお菓子になると知り興奮していたのだが、ダント兄さんは、


「う~ん、ケンの考えたポテチとやらを独り立ちした俺の商会の看板商品に出来ないのが悔しい…カッツ会長の傘下で売り出せば、レシピを握っていたとしてもやはり世間から見れば、カッツ商会から独り立ちしたからポテチも扱えていると思われるからなぁ~

これは絶対売れると俺の勘が言っているのに…」


と、ブツブツ言いながらポテチを食べていた。


それはそうだろう…前世ではポテチでバリバリ経営しているお菓子メーカーもあるので、生産体制と流通さえ何とかなれば、学費を一人分稼ぐのなんか簡単なはずである。


しかし、ポテチを食べ続ける二人を見ながら色々と考えていると、


『あれ?ポテチにこだわる必要があるのかな?』


という考えが頭を過った。


確かにポテチは旨いし絶対売れる…しかし、アイデアとしては、まだまだ色々有るので、


とりあえずはカッツ商会と直接交渉してみてからかな?などと考えた結果、近日中にダント兄さんと一緒にカッツ商会の会長さんに会える様にアポイントメントをお願いする事にしたのだった。


そして、半月後…

忙しい会長さんとやっと面会が叶ったので、兄弟三人でキンカの引く馬車に乗り2日がかりで自宅から一番近い町であるドットの町にやって来た。


ドットの町はそれほど大きくないが、各種ギルドも有る立派な町である。


しかし、ドットの町はこの一帯を治める辺境伯様の領都ではないただの町なので、魔法学校はなく、領都であるココの町に行くには更に一週間近くかかってしまう。


つまり中央から遠く離れた辺境伯様の領都から更に離れた一番端の町からまだ数日の距離の村の更に奥の集落である我が家が如何にド田舎かとしみじみ思ってしまう。


町の中でも大きな商会の建物の裏回り、馬車を停めて裏口から係の職員さんに商会の中へと通され、兄弟三人で応接室で待つように指示を受けた。


自分が見習い商人として働いている商会にも関わらずダント兄さんまで緊張しているのがよく分からないが、


「ケン、アル、会長はかなり気難しい方だからな…」


と、緊張を通り越して少し青い顔のダント兄さんの言葉でコチラまで変に緊張してしまうし、アルに至っては、少し震えているようだった。


高そうな椅子に腰掛けて待つこと数分、立派な髭をたくわえた会長さんが現れ、


「ダント、忙しいから、出来るだけ手短に頼む」


と、如何にも気だるそうに『仕方ない』というオーラを出している偉そうな若造…いや、今の『僕』から見れば、いい年こいたオッサンなのだが、相手を頭ごなしに格下と判断してこんな態度を取る小者にまともに交渉するのは勿論、緊張してやる事すら勿体なく感じてしまった。


会長は自分の席にドカリと座り俺達を品定めする様に眺めている。


ダント兄さんをはじめ兄弟三人で立ち上がり挨拶をしようとすると、


「ダント、面倒な挨拶は要らないから要件を話せ。」


と、ダント兄さんだけを交渉相手として、弟二人は無視するようだ。


全くもって不愉快!


不愉快ではあるが、アルの学費の為に一旦我慢してゆっくりと座る俺達に『スマナイ』と目で訴えながらダント兄さんがアイテムボックスから揚げて保管しておいたポテチの入った木皿を取り出して会長さんの前に置き、


「まずは、召し上がってみて下さい。」


とダント兄さんが伝えると、カッツ会長はポテチを一睨みして、


「毒物では無いようだな」


と言いながらポテチを一枚摘まみ、嫌々端っこを小鳥の様に一噛りして、


「こんなモノ…」


と言ってポテチを木皿にでも飛ばそうとした会長は、時間が止まったかの様に固まり、摘まんだポテチを睨んだかと思うと、再び口元へとソレを運び、今度は口の中へと放り込み噛みしめた。


すると、急に時間が流れ出したかの様に、何かを確認しながらも、次から次へとポテチを頬張り、あっという間に木皿に入ったポテチを食べきった会長はようやく正気に戻った様に、


「ダント、これは一体…」


と聞いてくる。


兄が、


「ジャガイモから作ったポテチという食べ物です。」


と、説明を始めているが、私の心の中には、当初の予定とは違い『コイツとは仕事をしたくない!』という気持ちが芽生えていた。


「エールのおつまみとして最適かと…」


と伝える兄に、会長は上機嫌になり、


「ダント、解っているなぁ!

ウチの商会はエールをはじめ、酒で大きくなった商会だ。

つまみも味付け干し肉やチーズも商っているが、これはイケるぞ!!」


と興奮している。


そして、兄が弟のアルが魔法学校へ入学する為の学費を必要としている事を告げると、カッツ商会の会長はニヤリと笑いながら、


「ダントよ、このポテチとやらの権利をすべてウチの商会に売るのならば、小金貨二枚…いや三枚で買ってやろう」


と言って来た。


会長と会うまでは、それでも構わないと考えていたが、どうしてもコイツの態度が気に食わない僕は、見た目が子供なのを幸いに、子供っぽいとは思いながらも、とある判断を下し、


「会長様、弟の入学費用の為に知恵を絞り作りだしたポテチに対して、学費には十分な額の提示を大変有り難く思います。」


と話し出したのを見た会長が、


「ダント、この少年は?」


と、兄に問いかけ、


「ポテチの考案者で、弟のケンで御座います。」


との説明を受けた会長は、ご機嫌そうに、


「そうか、ケンよ。

小金貨三枚で商談成立かな?」


と聞いてくる髭のオッサンに向かい、大人気ないとは知りながら、


「有難いとは思いますが…だが断る!!」


と、商談を取り下げた。


一瞬この部屋に居た私以外の全員がキョトンとするが、動き出した気持ちが止まらない私は、子供のケンちゃんな事も忘れて、会長に対して、商談にあたって話を聞かない態度や、そもそも商談相手に敬意を払わない点を説教してやった。


会長は、


「ガキが偉そうに!」


と声を荒げて言い返してきたが、


「年は関係ない!人としての器の問題だ!!

今回の商談は別にコチラの商会でないとイケない訳では無い。

兄の顔を立てて商談を持ちかけて見れば、商品を見ないうちに相手が子供と侮り、失礼な態度で…

我々としては、この商品を買ってくれる所で有れば何処でも良いと思っていたが、考え違いをしておりました。

良い勉強に成りましたので、兄には悪いですが、次は私が個人で別の商会へ売り込みに向かう事にします。」


と言って席を立とうとした瞬間、応接室の扉が開き目付きの鋭い女性が現れた。


女性の側で、この部屋に案内してくれた職員さんが、


「奥様、今商談中でして…」


と言って止めているのもお構い無しで入室して来た女性は、


「アナタ!何を騒いでいるのかしら?!」


と、会長に向かい鋭い視線を飛ばしている。


新たな人物の登場に少しうんざりしてしまったので、早急に帰ろうと、


「ダント兄さんは後を頼みました。

アル、兄ちゃんと一緒に出よう…嫌な目に合わせてゴメンよ。」


と言ってアルを連れて建物から出ようと行動を始めると、目付きの鋭い女性は、


「嫌な目?」


と呟いたかと思うと、怒りの表情で、


「アナタ!!」


と会長を怒鳴った後で、此方に向かいニコリと微笑みながら少し優しい声で、


「僕ちゃん達ゴメンね。

怖かったね…今からコイツを締め上げて話を聞くから、悪いんだけど三人でオヤツでも食べて待っててくれるかな?」


と言ったあと、


「ビル君、三人にオヤツをお願いね。」


と職員さんに指示を出してオッサンの耳を引っ張ったまま泣き叫ぶ髭面を引きずって応接室から出て行ってしまった。

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