第4話 兄の帰宅とお土産

夏も終わり、夏植えの野菜達がすくすくと育つアルの畑の遥か上空をトンボ型の虫魔物が飛び、朝夕が涼くなり、集落でも秋の気配が感じられる様になったある日、少し長旅に出ていたダント兄さんが帰宅した。


「ケン、アル!ただいま。」


と、ニコニコしながら倉庫横の馬小屋に愛馬のキンカを入れて、キンカの首をポンポンと叩きながら長旅の疲れを労っているダント兄さんの元にアルがエッチラオッチラと水を汲んだバケツを運ぶと、ダント兄さんは、


「おっ、アルは気が利くな、俺の為に水を…」


と喜んでいるが、アルは、


「違うよ、これはキンカの飲むヤツだよ。

ダント兄ぃの足は自分で井戸に行って洗ってよ。」


と、ダント兄さんをあしらっていた。


弟のアルは、作物も上手に育てるが、生き物の世話も上手で、死んだ爺さんが虎の子の金貨をはたいて購入したという理由から『キンカ』と名付けられた馬魔物も、酷くアルに懐いている。


キンカに水と餌を与えながらアルは、


「長旅ご苦労様」


と声をかけながらキンカを軽くブラッシングしている姿を横目に、


「ちぇ、キンカは好かれてるなぁ~」


と、文句を言いながら井戸へ向かうダント兄さんに、僕は、


「兄さんもお疲れ様。

まぁ、キンカは僕達の命の恩人でもあるからね…アルも特別大事にしているんだよ。」


というと、兄さんは、


「アルのキンカ贔屓は今に始まった事では無いが、もう少し兄ちゃんに懐いても良いのにな?!」


と僕に同意を求めてくる。


馬魔物のキンカは、街に嫌気がさした爺さんが各地を旅をしていた頃からの持ち馬だったが、この集落に落ち着いてからは、森の異変などに敏感に反応し、泣いている子供の声を聞きつけては爺さんをその場所へ案内する事を繰り返してくれたおかげで、僕達三兄弟が今も生きていられるのだ。


僕は勿論、アルにとっても命の恩人…ダント兄さんが勝てる訳が無い。


しかし、そんな事を告げてもダント兄さんが傷つくだけだから、わざと話題を変える事にして、


「ダント兄さん、それで、ココの町の学校の情報はどうだった…やっぱり入学金や授業料が沢山必要なの?」


と聞く僕に兄さんは、少し暗い表情で、


「入学金で小金貨一枚と、毎月の学費で大銀貨一枚…やっぱり厳しいな…」


と、悔しそうに話す。


ちなみにだが、この世界のお金は、

粒銅貨という10円程度の価値の物から始まり、

小銅貨が百円程度の価値で、

大銅貨が千円程度である。


十枚毎に両替出来るので覚え安いが、ド田舎では殆どがこの銅貨のやり取りで事足りてしまうし、隣村の市場では普通に物々交換も行われているので、お金すら使わない村人も居る為、銅貨以上の価値のある貨幣はあまり見た事が無い…商店や工房等では、小銀貨という一万円程のモノは希に見ると思うが、

大銀貨という十万円程度の価値の銀貨や、

小金貨という百万円程の価値のある貨幣は、一般庶民では家の代金でも一括で支払おうとする時くらいしかお目にかかれないので、死んだ爺さんが、金貨を使って購入した馬魔物に自慢気に『キンカ』と名付けた気持ちも解らなくはない。


そして、その小金貨が一枚という入学金も驚きだが、毎月の学費に大銀貨一枚がかかり、三年の学生生活で36枚必要となり、双方合わせて小金貨四枚と大銀貨六枚となり、『マジか…』と、あまりの事実に天を仰ぐ僕に、ダント兄さんは、


「フッフッフ。

ケンよ落ち込むのは未だ早い!

なんと、入学試験で最高点を出した者は、授業料が免除される制度があるそうだ。

入学金は免除されないが、アルが主席で合格すれば、小金貨さえ払えれば、寮生活に必要なお小遣い程度でいけるらしいぞ。」


と、報告してくれたダント兄さんに、


「いや、主席で入学って、魔法学校の入学試験のレベルが解らないから、アルに何をどれぐらい勉強させて良いのやら…」


と、僕が困りながら答えると、ダント兄さんは井戸で足を洗い終わり、何やらゴソゴソと肩掛けカバンから取り出し、


「ケン、これを見てみろ。」


と、僕に一冊の本を渡して来た。


それは、この周辺で一番大きな町であるココの町の魔法学校の過去の入学試験問題集であったのだが、ページをペラペラとめくりながら僕は驚きのあまり声を失った…


「なんだこれは…」


と、何とか絞りだした声にダント兄さんは、笑いながら、


「王都では無い田舎の町の魔法学校だからレベルが低いのかも知れないが、勉強嫌いな俺でも、主席は無理でも余裕で入れそうだろ?

まぁ、魔法のスキルは無いし、俺ならば小金貨一枚有れば、学校では無くて商人ランクを上げる為にギルドに支払って独り立ちするよ。」


と言って服のホコリを落とした後に、アイテムボックスから大事そうに何かを取り出して、


「俺は、ちょっとお隣に挨拶に行くから、話は後でな!」


と言って、イソイソと愛しのリリーちゃんのお家に小走りで行ってしまった。


「マメだね、ダント兄さんは…」


と、嬉しそうな兄の背中を見送りながら、手元の過去問題をじっくりと確認する。


確かに、魔法の技術を習得する為の学校であるので、入り易く設定してあるのかも知れないが、弟のアルには余りにも簡単な問題が続いている…あえて上げると一般常識として出されているこの国の歴史や、神々の名前等の問題が、田舎ではあまり馴染みが無くて少し不安であるが、アルならばこの本から傾向と対策を導きだして満点を取る事も可能なはずだ。


「主席合格どころか満点合格出来るな…満点だったら入学金も免除にならないだろうか…」


と、ボヤいて居ると、キンカの世話を終わらせたアルが、


「ケン兄ぃ、何をブツブツ言ってるの?」


と、不思議そうに近づいてきたので、


「アル、ココの町の魔法学校の入学問題集をダント兄さんが買って来てくれたんだ。」


と伝えてアルに問題集を手渡すと、アルは、


「あれ、ダント兄ぃは?」


と、礼を言う相手を探してキョロキョロしているので、


「兄さんは、リリーちゃんと義理のパパとママになる予定の二人に旅のお土産を渡に行ってしまったよ。」


と、僕が伝えると、アルは「ふ~ん」と興味が無さそうに返事をした後に問題集に目を通している。


そして、一通り確認した弟は、


「なんだかなぁ~」


と、何とも言えない表情で、こちらを見て、


「ケン兄ぃ、これ…行く意味あるの?」


と、不満そうに聞いてくるので、僕は、


「入学試験だからアルが想像したより簡単なのは仕方ないよ。

問題は、魔法学校に入って『植物魔法』について学ぶのは勿論、同年代の魔法使いと知り合い、一緒に成長したり、何なら卒業後にアルの能力を生かせる場所に進める選択肢を広げる為だからね。」


と、アルに説明すると、弟は困り顔で、


「お金を沢山使うんでしょ?

今までみたいにここで畑を世話しながらでも魔法が習えたら良いのに…」


と呟くので、


「折角、魔法の能力を授かったんだからね。

爺さんもアルが魔法学校に行くのを望んでたし、それにこの田舎では、アルの師匠になってくれる植物魔法の使い手を探す方が難しい…

たとえ居たとしても多分大きな農園のオーナーだから家庭教師では無くて、アルが住み込みの弟子として行くのが関の山だよ。

どちらにしても家から出るのならば、同世代の仲間に出逢える学校に行く方を兄さん達は薦めるよ。」


と諭すと弟は、


「でも、お金が…」


と、更に渋るので、


「それについては、ダント兄さんがニヤケ顔で帰って来てから兄弟で会議しよう。

なぁ~に、兄ちゃんに少し考えが有るから心配するな!」


と、アルの背中をポンと叩き、出来るお兄ちゃんを演出しながら家に入って行くのだった。

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