第2話 我が家の集落

さて、僕の住んでいる所なのだが森の木を切り出す為に移り住んだ木こりや、森の魔物で生計を立てる狩人が切り開いた森の入り口から少し入った所にある村とすら呼べない程度の、丸太の塀で囲まれた数件だけの集落で、一番近い隣村まで10キロメートル程離れており大変不便な場所であるが、とても静かで良い場所である。


現在の住人は木こりのミロおじさんとレオおじさんというこの辺りでは珍しい獣人族でガタイの良い熊の獣人さんの兄弟と、人族の狩人リントさんとその奥さんのエリーさんに娘のリリーちゃんの家族に、そして、僕の家の兄弟、長男のダント兄さんに、次男の僕と、三男のアルの三人の合計8人の集落である。


我が家の三兄弟は血の繋がりは無く、二年前に死んだ親父…というか、町での生活に疲れた流れ者の僧侶の爺さんが拾ってくれたのが僕達三人なのだ。


胸糞の悪い話になるがこの世界では口減らしの為に子供を捨てる事がある。


人買いに売られる場合も有るが、見た目が良い子供や、何かのスキル保持者ならば値段が付くが、鑑定するのも無料ではないので、大概はパッと見で『売れないかな?』と判断されたらば、鑑定料もかけれない上に、人買いにはスキルも解らない子供はスキルを身につける年まで育てたりする為の引き取り料金を逆に取られる場合があるらしく、


「よし、それなら森に捨てよう」


との結論に至るらしい。


全くもって酷い話だが僕もそんな親の元に生まれたらしく、死んだ爺さん曰く今日の様に暑い夏の日に森の入り口で泣いていたらしい。


僕自身前世の記憶が目覚めて今の状況を把握したのが三歳の頃で、その時には既に爺さんに拾われた後だった為に産みの親の事は何一つ覚えていない。


爺さんに拾った時の事を聞いた事があるが、


「ダントやアルとは違って、ケンは森の口で素っ裸で泣いていたから…」


と言われて、何の手掛かりも無くしかも自分は丸裸で、餓死にしろ魔物に喰われるにしろ、何かの拍子に死亡報告が親元に絶対に来ない様に完璧な常態で捨てられた事を知った。


ちなみにダント兄さんは『すまない』とだけ書いたメモと、アルは拾われた時に上等な布にくるまれて居たらしく、他の兄弟の親は子供を捨てたのは確かだが、少なくとも何かしらの事情や罪悪感が有ったと思われる。


『いや、本当にハイハイが出来るかどうかの子供を丸裸で森の入り口に置き去りにするかね…』


等と思いながら荷車を引きつつ森の入り口に差し掛かる隣村からの帰り道で、集落の手前の小高い丘の上に寄り道をした僕は、そこらの石を積み上げた爺さんの墓に、


「今日の仕事も無事に済んだよ」


と、手を合わせてから爺さんの墓の隣の爺さんが「助けてあげれなかった…」と悔やみながら作ったと言っていた僕と同じ様に捨てられて発見された時には弱りきったり手遅れだった僕の逢った事もない兄弟達の墓にも手を合わせてから集落へと帰る。


荷車を引きながら三時間程の移動で、普通に考えればクタクタのはずだが、神様からのオマケである『丈夫な体』のおかげなのか、早朝からの往復六時間の移動も草引き業務の疲れも ほとんど無く倉庫に愛車の荷車を片付けて井戸で軽く体を洗い泥を落としてから家に入ると二歳年下のアルが


「ケン兄ぃおかえり、マチ婆ぁ元気だった?」


と、出迎えてくれたので、


「おう、マチ婆ちゃんがアルに『秋になったら木の実拾いのお手伝いをお願い』って言ってたから一緒に今年も行こう。」


と、アルにマチ婆ちゃんの伝言を伝え、何でも屋のお手伝いを依頼した。


アルは、


「やるやる!マチ婆ぁのお駄賃の飴は町の美味しいやつだから絶対やる!」


と、数ヶ月先の依頼で代金とは別に町で薬屋を開いているマチ婆ちゃんの息子さんが送ってきてくれる飴のお裾分けを期待して弟のアルはすでにやる気を見せていた。


ちなみに僕の三歳年上の長男ダント兄さんは十五歳になり、この世界では成人の扱いであり商人になるのを目指して町の商会で見習いとして行商や運搬をしつつ家計を支える為というか、狩人のリントさん家の一人娘のリリーちゃんを嫁に貰う為に、必死でお金を稼いで商人ギルドのランクを上げて独り立ちしようと頑張っているのだ。


我が家のダント兄さんは、なんとアイテムボックスという異空間収納が出来るスキルを授かり、入れた物の時間か止まるらしく腐らないので我が家のもう一頭の家族である馬魔物キンカ号が引く荷馬車で近隣の村や町を巡っている。


そんな便利スキルを授かったダント兄さんはさぞかし稼ぐと思うだろうが、いかんせん残念なのはアイテムボックスの収納量である…

どうもスキルとして一番小さなサイズらしく買い物ガゴ一杯程度の容量しかないので狩人のリントさん家から買い付けた新鮮なお肉を腐らせずに肉屋に卸す程度しか出来ないし、今は大手の商会の傘下なので儲けの一部を納めなければならないのだが、それでも他の見習い商人よりも一定の収入が余分に見込めるので本人は神様に感謝しているそうだ。


噂では希に魔物を倒したりして本人がレベルアップする時にスキルが成長する事があるらしいく、ダント兄さんも行商の最中に出会う小型魔物を狩っていればあるいは、何かの拍子にアイテムボックスが荷馬車一台分程に成長するかもしれない。


そうなれば海の幸を山で売ったり、夏に標高の高い村から雪や氷を買い付けて暑さに悩む都会の貴族相手に商いして一発逆転で大儲け出来るだろうが、本人はリリーちゃんと穏やかに暮らせるだけの稼ぎが有れば良いらしい。


ついでに言うと弟のアルは我が家で一番の期待の星で、植物魔法という農家が喉から手が出る程欲しがる能力の持ち主である。


魔法スキルは一般的なスキルと違い、個人差はあるがレベルが上がると確実に使える魔法が増えたり強力になるのが魔法保持者の特徴らしく、アルは現在、魔力を植物に流すと元気に育つ『植物活性』という力しか無いが既に農家としては即戦力である。


兄はアイテムボックスで弟は植物魔法というスキルを授かり将来が明るいのは嬉しいのだが、どうやら二人は僕に気を使いスキルの話題をあまりしたがらないのだ。


『別に気にしてないのに…』


とまぁ、スキルがなくて体が丈夫な僕であるが集落では狩人のリントさんが畑を荒らす小型魔物を狩る為の罠を教えてくれたり、木こりのミロおじさんとレオおじさんのお手伝いで森で枝打ち作業をしながらおじさん達の斬り倒す木にお住まいの虫魔物も討伐している為にダント兄さんもだが、このお手伝いの後を継いだ僕もそこらの都会っ子よりはレベルは高いらしいのだが、対象者の能力とレベルのみが解る簡易鑑定が出来た爺さんが死んでからは、お金を払ってまでスキルやレベルの鑑定などする意味が無いので僕も爺さんが元気だった数年前に鑑定してもらったレベル4から今はどうなったか知らない。


ただ僕がスキル無しなのは鑑定スキル持ちだった爺さんに教えて貰うまでもなく神様にお願いしたので知っていたのだが、あの時鑑定した爺さんが物凄く困った顔で、


「ケン…スキルが無い者も希におるから、強く生きろ」


と励ましてくれた時は自分としてはショックなどは受けずに、かえって気を使わせて申し訳ない気持ちでいっぱいだったのを今でも思い出す。


自宅に入りアルが本を読んでいる食卓に近づき、マチ婆ちゃんからの日当を使い隣村の市場で購入した麻袋に入ったジャガイモを弟に渡すとワクワクしながらアルは袋を覗き込み、


「わぁ、ケン兄ぃ!これ何個か畑に植えて良い?」


と目を輝かせて聞いてきたので、


「全部植えても良いよ。今晩のご飯は隣村で買ってきたパンと、帰り道で出会った角ウサギが有るからね」


と、僕が答えると弟は、


「やったぁー!でも、ケン兄ぃは凄いね、罠に掛かっていない角ウサギを倒せるんだから…」


と、感心しているので、


「すぐにアルも出来る様になるよ、ミロおじさんとレオおじさん直伝のナタチョップで一撃だよ」


と答える僕に、


「いや、走ってウサギに追い付くのはケン兄ぃだけだよ…多分」


と、呆れながらアルはジャガイモを袋から取り出して数えている。


確かに僕の足腰は前世から考えてもかなり丈夫で早く走れる気がするが、もう中年になってからは走る事が無かったので前世の全盛期の頃に必死に走ってどれぐらいの速度だったのかを思い出すのが難しい。


弟に身体能力の事について呆れられ少し傷つきながらも僕はキッチンにパンを置いて、帰り道で狩った角ウサギの処理の為に井戸に向かおうとすると、アルが、


「わぁ、30個かぁ!どこに植えようかなぁ~?」


と、自分で作る新しい作物に無邪気にワクワクしている様だった。


五年前、アルが五歳の時にスキル等を賜る祝福の儀という行事があり、僧侶である爺さんが自宅で祝福の儀を行ったのだが、アルを鑑定して能力が判明した時に爺さんがアル将来の為にミロおじさんとレオおじさんに集落の隣に新に畑の区画整備を依頼したのだ。


雑木を斬り倒してその丸太で周りを塀で囲み、畑の切り株や石を掘り起こしたりするのを二人は木こりの仕事合間にやってくれ昨年やっと完成し、今年の春先に試しにアルが荒れ地カブという荒れ地でも育つが畑に適した土壌では倍の大きさに育つカブを植えて、最近見事に立派なサイズのカブを育てあげたばかりである。


残念なのはカブを収穫しながら弾ける笑顔の末っ子…あんなに喜んだアルの笑顔を爺さんに見せてやれなかったことだけだ。


独り立ちしたアルが稼げる様にと思い爺さんが発注した畑だが、実はダント兄さんと僕は死ぬ間際の爺さんからアルについて1つお願いをされている。


それは、『アルを魔法学校へ行かせて欲しい』という願いである。


魔法学校を卒業となればアルは出世の道もあるだろうし、田舎で暮らすとしても折角授かった植物魔法を使いこなせた方が良いに決まっている。


だから、何でも屋だった前世の記憶を使ってアルの畑を稼げる状態にして、蓄えたお金でアルを都会の魔法学校へ入学さたいのだ。


勿論足りない分は何でも屋の稼ぎも使う予定である。


学校に通う三年間でアルが植物魔法をモノにしたり、良い師匠に巡りあえたり、何ならお嫁さんを見つけるチャンスをあげたい…

その間は畑の世話は僕がするし売れた作物の代金はアルの学費にする予定として、その第一歩で年に二回収穫が出来るジャガイモでアルの収入を安定させる計画なのだ。


ニコニコとジャガイモを眺めるアルに僕はお兄ちゃん風を吹かせる様に、


「30個だけど兄ちゃんが秘密の方法で倍の60個作付け出来る方法を教えてやるから、上手く育てば冬前には来年の春にアルの畑に隅から隅までジャガイモを植えてもまだ残る程の芋が収穫出来るはずだよ」


と、言い残し井戸へと向かった。


夕日の差し込む井戸横でウサギを解体してる間、


「ケン兄ぃ、どうやって種芋を倍にするの?」


と、背中から聞いてくるアルに、


「フッフッフ、それは明日のお楽しみだよ何でも屋ケンちゃんは情報収集も得意なのさ。

内緒でアルにだけ教える技術だから他所で話したら駄目だよ。

情報だってお金になるんだから」


と、もったいぶりながらそれっぽく話しておいた。


まぁ、『前世の知識です』とは言えないからね…


しかし、知識の事で少し不安な事が有るとすれば、爺さんから読み書き計算を習ったのだが、爺さんは、


「初等学校卒業どころか魔法学校に余裕で入れる程だ!」


と良く誉めてくれていたのだが爺さんの死後、お兄ちゃんである僕がアルの家庭教師を買ってでたのだが、爺さんのあのセリフがお世辞だった場合アルの学力が都会で通用するか不安だし、もしもお世辞でないとすれば、もしかしたらこの世界の学力レベルを無視して少しアルに教え過ぎたかも知れない事が不安ではある。


といっても、僕が教えたのは弟のアルが将来大農家になっても役立つ様に土地の面積が求められる程度の知識ではあるが、しかしその前段階の筆算程度で爺さんが誉めてくれた事に、この世界の学力が本当はどのくらいなのか心配になっているのだ。


実は、僕自身こちらの学校に通った事が無い…隣村まで往復六時間の集落に学校が有る訳はないので、爺さんからしか勉強を習っていないし集落で魔法学校に行った事の有りそうなのは、低級であるが回復魔法が使えた死んだ爺さんだけだった。


だから爺さんのあのセリフが子供をやる気にさせる為のお世辞のだったのか、本当に魔法学校に入学出来るレベルなのかを判断する方法が思いつかない。


しかしアルには、もしもあのセリフがお世辞だった場合でも対応出来る様に引き続きお勉強を頑張ってもらうつもりではある。


幸い爺さんの趣味が読書のおかげで、我が家には書物が多く有り、アルの趣味も読書であるから何でも屋のついでに町や村で古本でも買ってくればアルは勝手に知識を吸収してくれる。


弟は兄の目から見ても町の子供にも負けないお利口さんなのは確かである。


『この世界の学力レベルすら解らないが、町の魔法学校に入学する事ぐらいはアルならば、まぁ大丈夫だと思うので、あとは授業料問題だな…』


等と考えながら角ウサギを解体するのであった。

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