異世界で生きる、何でも屋

ヒコしろう

第1話 異世界の何でも屋

照りつける太陽の下、滴る汗もそのままに手強い雑草を握りしめながら足腰に力を込めて、


「ふん!」


という掛け声の様な鼻息と共に俺はその青々と育った雑草を根っこから一気に引き抜いている。


すると、


「ケン坊、一休みしてお茶にしないかい?」


と、今回の依頼人である隣村の薬屋の婆ちゃんが休憩を促してくれたのだが、


「マチ婆ちゃん、もう少しだからヤっちゃうよ」


と返事して、婆ちゃんの自宅兼工房の薬草園がある裏庭で、雑草を根絶やしにするべく汗を流していた。


パッと見では小学校の高学年か中学生ぐらいの孫が婆ちゃん家の庭掃除をしている様に見えるが、これでも立派に仕事をしているのである。


何から説明すれば良いだろうか?…

まぁ、まずは自分の事から話そうかと思う。


私は、法に触れない事ならば依頼されたら大概の事はこなす『何でも屋』だった。


あやふやな仕事だが、警察のご厄介になった事が無いのが唯一の自慢で、草引きは勿論のこと雨漏りの修理やスズメバチの駆除等々…それはそれは様々な依頼を受けては、それをこなして暮らしていた。


勿論、『鞄だけの受け渡し』などあからさまな事件の香りがする物は絶対に引き受けないのがポリシーである。


といってもこれは前世の話で、現在の自分は剣と魔法の世界で、ある意味 償いの日々を送っている最中である。


思い返せば13年前、前世の私は天寿を終えた。


まぁ、嫁と娘には出ていかれて、その娘には結婚式にも呼んでもらえず、共通の知人から娘の噂話を聞く程度であり、他の家族と呼べる人もおらず、何とも言えない寂しさから後半の人生は少し酒が多めで有ったからだろう…内臓を痛めて寿命を縮めたかもしれないが、世間から見て早死にと言うよりはそれなりに老いぼれて死んだのだ。


その事については自分なりに納得できたのだが、しかし体から魂が解き放たれた時に、今まで全く思い出すことすら出来なかったとあることを思い出してしまった。


それは、


『私は、人を轢き殺した事がある!』


という何故か忘れてしまっていた重大な罪…

その記憶というにはあまりにも鮮明な事実を突き付けられながら、独り暮らしの自宅で横たわる脱け殻になった自分の姿を見下ろしながら魂だけの私は、膝から崩れ落ちる様に、


「警察の厄介にならなかったのが自慢だったのに…私は罪人だったのか?…いや、罪人だったのだ…」


と、真実を思いだし、項垂れたまま呟いたとたんにフワリと体が浮き上がる感覚に襲われ、驚きながら顔を上げるとそこには同世代か少し年上ぐらいの和装の爺さんがニコニコしながら立っていた。


「びっくりしたじゃろう」


と語りかけてきた和装の爺さんに私は、


『あぁ、噂に聞くお迎えの方かな?ご先祖様とかの…』


などと思いつつ、


「はい…死んだのが、初めてでして…」


と、よく分からない返事をしてしまった。


仕方ないではないか!スタンダードの死後の世界など知らないから、目の前の神社の様な建物もそこに立っている和装の爺さんだって…『びっくり』も何も、むしろ全にびっくりして、どこから手をつけて良いのやら…

しかし、それより今は自分が人殺しだった事がショックで…などと、プチパニックを起こしていたが、一つ一つ今の状況を落ち着いて整理し始めてようやくではあるが、その和装の爺さんが私が殺人犯だった事について『びっくり』と言っているのだと気がついた。


それならば、和装の爺さんは私が今の今まで殺人犯だという事を忘れていた理由を知っているのではないかと思い、


「あの!」


と、口を開いたと同時に和装の爺さんが、


「正解じゃよ」


と答え、私が忘れていた『あの日』の事を説明してくれたのだった。


簡単に言うと事故のあったあの日、急に現れた黒猫に驚き私はマイカーの2tトラックの操作を誤り路肩に居た少女を轢きそうになった。


その少女は勇気ある青年に守られたが私はその青年の命を奪ってしまったのだった。


普通であれば、私はそのまま警察に連れて行かれるはずだが、少し違ったのが急に現れた黒猫とやらがよく分からない異世界の生物で異世界の神の使いだったらしく、

目の前の和装の爺さん…いや、事故のあった地域の土地神様と、事故の原因となった黒猫の世界の神様とで事故を隠蔽して傷ついた青年を異世界へと回復させることを目的に転移させる事にしたので、現世では青年がまるで最初から居なかった様に扱われる事になり私は死ぬまで殺人犯だった事を思い出せない様にされていたという仕組みらしい。


神が介入しているとはいえ、私が人を轢き殺したのは事実…罪は罪である。


真実を知り項垂れる私に土地神様は、


「本人からの伝言で、『あまり気にしないで下さい』と言っておったぞい」


とニコニコして話していたが、そうはいかない。


『正しく生きる』を信念に生きてきた私は、犯した罪もだが、その罪を忘れていた事にも自責の念で押し潰されそうになっていた。


警察の厄介にならない人生を唯一の誇りに生きてきたが、本当は大罪を犯しており誰にも気が付かれていなかった上に本人も忘れていた事を良いことに罪も償わずに居ただけだったのだ。


自分の根元から否定された様に感じて涙をこぼす私の足元から黒いモヤの様な物がゆっくりと立ち上ぼり体を包む様にまとわりだすと土地神様は、


「いかん!これ、落ち着いて気をシッカリ持つのじゃよ」


と慌てだし、その緊迫した声を聞いて我にかえると私の体を包むモヤは地面へと吸い込まれていった。


やれやれといった表情で土地神様が、


「不安定じゃのう…闇に堕ちそうになるとは…アレは事故じゃったから切り替えて次に進めないかのぅ?」


と提案してくれたのだが、事故とはいえやはり心の中では罪は罪であり日本の法律で裁けないだけで、自分ルールではアウトであり私には自分が許せるだけの満足行く罰が必要であるという結論に至り私は恐る恐る土地神様に、


「自分が許せないので、罰を与えて頂きたい。

地獄にて受ける罰とは別に若者を殺した事やその事を忘れて呑気に暮らしていた事にも…」


と私はお願いしたのだが土地神様は、


「いやいや、アレは法律とかではどうこう出来無い事故じゃから。

あの若者も厳密には神力で再生してギリギリ死んだ計算では無い訳じゃし、忘れていたのは儂が記憶を弄ったからだしのぅ!そなたは悪く無いから…」


と慰めてくれたが、やはり自分が許せない…


「貧しくとも、正しく生きて来たつもりでしたが、もう…それすらも…」


と呟く私の足元から再び黒いモヤが吹き出し、


「だから!落ち着けと言っておる!!」


と、土地神様に叱られてしまった。


そして、なんやかんやが有った後に、『納得するまで魂の修行』という名目で、私は他の世界で死ぬまで必死で生きて罪と向き合う事になったのだ。


今の状態では私の魂は良くない者に飲み込まれてしまうらしく事故の関係者である土地神様も、


「其だけは避けたい!」


と、どうやら他の神様達とよく分からない通信能力で話し合った末に私を異世界へと転生させる事に決まったのだが、


「私が轢き殺した若者も赴いた世界ですか?」


と私が問うと土地神様は、


「いや、彼の行った世界ではない、それに時間の流れが違うので、彼はもう天寿を全うしてるからのぅ…まぁ、今の彼に関係のある世界に行ってもらうんじゃが、あまり深刻に考えずに必死に人生を楽しんで欲しいのじゃよ。

今のそなたの魂では輪廻から外れて闇に取り込まれそうじゃから、危なっかしくて見てられんからのぅ。

丸裸の魂でも闇に飲み込まれ無い様に、自分を許してあげれる様になる為の旅ぐらいに思って欲しいのじゃよ。」


と優しく言ってくれたが、私としては、


「異世界にて終身刑を全うしてきます」


と決意表明すると、土地神様は、


「駄目、駄目!ある意味そなたも被害者だからのっ、気楽にバカンスしてリフレッシュする気分でっ!!」


と送り出されたのだった。



そして、この世界にやってきたのだが、こちらに転生する際に、こちらの管轄の神様?なのか名前も解らない青年に様々な能力を提示して頂いたが、私は全てを断りスキルなしで転生する事を希望した。


あくまで償いの為の転生なのだ。


しかし、こちらの若い神様に、


「すぐに死んだら駄目でしょ?」


と、提案して頂き丈夫な体だけを賜った。


そして、私は決めたのだ…地道に頑張って罪を償い、少しでも誰かに『ありがとう』と言われる人生を歩もうと…



そして現在、12歳になりこの世界では都会の学校に行かない者は働き初めたり、弟子入りをする年齢に成長し、第二の人生を歩む事になった『僕』は、超ド田舎の少年ケンとして前世と同じく何でも屋を今世でも営む事にしたのだ。


という事で、今回の依頼である裏庭の雑草を根絶やしにして愛車の荷車に草などのゴミを乗せると僕は、


「マチ婆ちゃん、草引き終了しました」


と報告し、マチ婆ちゃんお手製のハーブティーを頂いた後に、今日の日当を貰い自宅へと帰る事にした。


「ケン坊ありがとうね。またお願いするよ」


と言うマチ婆ちゃんに見送られ、


「またのご利用をお待ちしております」


と頭を下げて荷車を引いて隣村をあとにした。


そう、これが異世界の何でも屋、『何でも屋ケンちゃん』の日常である。

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