【結】

4/


「なぁ、今日も学校休みだし、もうちょっと一緒に居ようぜ」

「良いわよ」

「じゃあ、近くのコンビニに買い出しに行こうぜ」

 わたしとももは歩きで近くのコンビニへと向かった。

 しばらくして、

「あっ! ぐみがくれたシュシュを付けるの忘れた!」

「……いいよ、そんなの」

「そんなのって言うな! せっかくお前に貰った物だから、出掛ける時は付けたいんだよ。ちょっと家に帰って取ってくる!」

「はいはい……。慌てないで気を付けて行って来なさいよ」

「子供じゃないんだから、大丈夫さ。じゃあ、コンビニで落ち合おうな!」

 わたしはももの背中を見送る。

 ――思えば、

 わたしは何故ももを止めなかったのだろう。

 その後コンビニで待っていても、ももは何時まで経っても姿を現す事はなかった。


          *


 えーと、まず何から話したら良いだろう。

 えーと、えーと、えーと、

 時日? いや、違う。

 今日の天気?

 違う違う。

 ――そうだ。

 シュシュ!

 まずこれは言っておかなければ駄目だ。

 〝ももがいなくなった〟

 違う。

 〝ももは死んだんだ〟

 えっ! ももが死んだ?

 何を言ってるんだ、わたしは。

 ももは生きてる。

 いや、違う。ももは死んだ。

 でも、わたしの手にはまだももの温もりが残っているじゃないか。

 じゃあ、ももは生きてる?

 もも、どこにいるの?

 わたしは此処だよ。

 いつもみたいに『ばーか』って言って。

 いつもみたいにわたしに笑い掛けてよ……。

 もも……、

 もも……、

 もも……、

 あなたにプレゼントしたシュシュが……、

 あの花柄の可愛いシュシュがね……、

 今は真、っ赤に……、真っ、赤に染まってしまっていて……、ううっ……! うううっ……!

 ……もう、見る影もなくなってしまっているの……。

 もも……、

 ……もも、

 わたしの声に応えてよ……。 


 〝もも〟


          *


 ――あの日、

 ももは交通事故に巻き込まれた。

 事故の原因は、ドライバーの居眠り運転だったらしい。

 救急隊員の話によると、ももは即死だったとの事だ。

 ももの葬儀は小さく執り行われた。

 後になって分かった事だが、ももの両親は離婚しており、両親は既にそれぞれの家庭を持っていた。

 仕送りこそ送って貰ってはいたものの、事実上ももは両親に捨てられたみたいなものだったらしい。

 わたしは馬鹿だ。

 自分一人が悩んでいるみたいに振る舞い、挙句の果てには悲劇のヒロインを気取っていた。

 みんなみんな、色々背負って生きているのだ。

 辛かったのはわたしだけじゃない。

 もも……、

 もも……、

 わたしは何故あの時、シュシュを取りに帰させたのだろう。

 いっその事わたしがシュシュを取りに帰っていれば……。

 そんな風に思った事もあった。

 しかし、わたしが代わりに死ねば、きっと今度はももが……、

 ももがわたしの代わりに悲しんでいた事だろう。

 それならば、これで良かったのだろうか……。

『――ぐみ』

 わたしの脳裏にももの笑顔が思い起こされる。

 もも……、

 ……もも、

 あなたの居ない世界は、こんなにも灰色で……、

(……ううっ!)

 その何もかもが……、

(もう一度……)

 つまらなく思わされるよ……。

(あなたに会いたい……)

 こんなにも辛い思いをするなら、最初から死んでいれば良かった。

 やはりこの世は、生まれ落ちて来た事が既にもう不幸だ。

(……もも、わたしはこれからどうすればいいの……)

 それからのわたしは、ただ茫然と日々を過ごした。

 ももの事を思い返しては泣き崩れる日々……。

 ももが居たなら、何て言ったかな。どんな顔をして笑ったかな。

 そんな事ばかりを考え続けた。

 そして、そんなある日……。

「……あなた、今までどこに居たの?」

 そこには、いつのまにやら姿を消した〝たんぽぽ〟が居た。

「あなたのご主人様ね、もうこの世に居ないの……。おいで、今度はわたしがあなたのお世話をするわ。だって、あなたは……、ももの〝こころ〟だものね。あなたが居なければ、ももとは友達になれなかったし、わたし、あなたには感謝しているんだよ?」

 たんぽぽは、聞いているのか聞いていないのか、よく分からない素振りで、高らかな声を上げた。

「らら!」

 ももが居てくれたら……、

 ももが居てくれたら……、

 わたしは……、ううっ……!

 わたしはたんぽぽを抱き抱えると、その場で泣き崩れてしまった。

 すると、たんぽぽの体が眩い光に包まれる。

「……何っ!?」

 わたしが驚いていると、たんぽぽの口が……、

 ――そう、たんぽぽの口が、


 ――全てを飲み込まんとばかりに、大きく大きく、大きく開かれて行って――。


 わたしは声を上げる間もなく、〝たんぽぽに飲み込まれてしまった〟



 ふと気付くと、わたしは人通りが少ない路地裏に居た。

「……此処は?」

 あたりを見回すと、そこは見慣れた場所だった。

 ――少し先には、

「そんな……! 夢じゃないよね……?」

 猫と戯れるももがいた。

 わたしは言葉が出ないぐらい吃驚する。

 だって、ももはあの時――!

 いや、細かい事はどうでもいい。

 今大事なのはももがわたしの目の前に居るという事だ。

 それならば、何をするかは分かっている。

 わたしはももに話し掛ける。

 当然のようにももはわたしの事を知らなかった。

 でも、それがどうした。

 わたしはももが居てくれるだけで……、

 ――そう、

 ただただ、ただただ――、

 ももが〝わたしに気付いてくれるだけで〟、本当に、本当に、心の底から、途方もなく嬉しいのだ。

 沈黙。

 張り詰めたわたしの顔を見て、ももがぷっと吹き出す。

 わたしはそれを見て、小さく笑う。

 わたしは笑い方を知らなかった。

 しかし、今は違う。

 ももと一緒に居て、わたしは笑い方を知った。

 まだまだ不器用な笑い方だけど、ももと一緒に居れば、わたしは笑う事を忘れないだろう。

「自己紹介が遅くなったけど、わたし、橋口美々というの。あなたは?」

「あーしは……」

 わたしはももに手を差し出す。

 それに対し、ももは、手を握り返してくれた。

 ――嗚呼、

 どうか、どうか、今度こそこの幸せが長く続きますように――。

 わたしはももと二人で、〝幸せに歳を取って死にたい〟

 ――それまでは、

 嗚呼、それまでは――、


 〝懸命に日々を生きて行きたい〟


          *


「……なぁ、あーしたちってさ、もうずっと、それこそ途方もない年月を一緒にいるような気がしない?」

「なぁにそれ。わたしとももは前世でも一緒だったとかそういうの?」

「いや、そういうのじゃないんだよなぁ。何だろう、この変な感じ。とにかく、お前とはもうずっと長い事一緒にいるような気がしてならないんだ」

「よく分からない。わたしとあなたは今日友達になったばかりよ」

「……そうなんだよなぁ。まぁこういうのは気にしたら負けだよな」

「そうそう、気にしたら負けよ」




5/


「――ねぇ、ケセランパサランって都市伝説を知ってる?」

「知ってるけど、深くは知らない」

「ケセランパサランってさ、存在自体が『矛盾』で出来てるらしいよ」

「それってどういう意味?」

「えーと、つまりね。幸福の裏には不幸あり。不幸の裏には幸福ありって事」

「……あんた、意味分かって言ってる?」

「実はね……、あんまりよく分かってない! キャハハハ」

「まったく……」

「……ただ聞いた話によるとね」

「よると……?」

「ケセランパサランに懐かれた人は、『無限の幸福を与えられ、そして永遠の不幸も与えられる』んだって」

「……どういう事?」

「えーとね、つまり『永遠の幸福を与えられる代わりに、無限の不幸も与えられる』って事みたい。だから、ケセランパサランは存在自体が矛盾で出来てるらしいよ」

「何それ、こっわ!」

「まぁあたしたちには関係ない話よ。キャハハハ」


          *


 〝友達は友達を見捨てない〟


 ――待ってて、もも。

 あなたの事はいつかきっと――。


 〝わたしが絶対に救い出して見せるから〟

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バイバイ、またね 木子 すもも @kigosumomo

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