【転】

3/


 翌日の朝。

 わたしは学校の教室で、ももとすれ違う。

 と、ぎこちないももにわたしは朝の挨拶をする。

「おはよう」

「お、おはよう……」

「今日もお昼休みは中庭のベンチで過ごすって事でいい?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、そういう事で」

 わたしは素っ気ない態度でももの許から離れる。

 そうして、席に着くと、しばらくして朝のホームルームが始まった。



 つまらない授業は淡々と進み、あっという間にお昼休みとなった。

 現在の時刻は十二時半を少し回ったところだ。

 わたしは昨日の件を切り出す事にする。

「……もも、あのね」

「ご、ごめん! 昨日はその……、あんな事するなんて、自分でも思ってもみなくて……!」

「…………」

「あーし、昔から男が苦手でさ……、その、気付いたら女が好きって分かったんだ……。昨日のあれは決してふざけてやったんじゃなくて……、いや、ふざけてやったんじゃないから良いって事ではなくて、えっと、その……、あーし、本気でぐみの事が……!」

 しどろもどろになりながら、ももはわたしに、そのどうしようもない気持ちを告白する。

 わたしは泣きそうなももの顔に手をやると、優しくそっと、花を添えるように唇を重ねた。

「……えっ!?」

「黙ってて」

「で、でも、みんな見てるぞ……」

 此処は中庭。人通りは多い。

 当たり前だ。

 ――しかし、

「関係ない」

 わたしはももと唇を重ね続けた。

 どれくらいの時間が経ったか分からない。

 凄く長かったようにも感じたし、凄く短かったようにも感じた。

 わたしはももの手を取り、こう言った。

「……もも、今度の週末、わたしとデートしよう」

 最初、何を言っているのか分からない。

 そんな顔をしていたももだったが、すぐさま驚きの声を上げた。


          *


 そうして時日は過ぎ去る。

 わたしとももは約束のデート日となっていた。

 今は大勢の人が行き交う、賑々しい駅前である。

「もも、悪いけど、今日はわたしに付き合って」

「べ、別に良いけどよ……」

「実は今日、わたしの好きな漫画の新刊が出る日なんだ」

「もしかして、ツーピース?」

「そう! ももも好きでしょ? 後で読んだら貸してあげるから、一緒に本屋に行きましょう」

「わわっ! そんなにはしゃぐなよ。転ばないように気を付けろよ」

「そう思うのなら……、ほら!」

 ももの前に手を差し出す。

「な、何?」

「分からない?」

 戸惑うももにわたしは首を傾げる。

 ももは考え込んだのち、恐る恐るわたしの手を取った。

「よろしい。さぁ、行こう!」

 二人で手を繋ぎながら、町を練り歩く。

 人の視線なんか関係ない。

 女同士という事も関係ない。

 ただただわたしは――、

 横に居てくれるももの事が愛おしい。

 わたしはずっと自分の事をつまらない人間だと思っていた。

 つまらないから人から愛される事もない。

 誰からも愛されず、ただゆっくりと年老いて行く。

 それがわたしの人生だと思っていた。

 正直に言って、生きるのが苦痛だった。

 〝死にたい〟

 〝死にたい〟

 〝死にたい〟

 呪詛のように繰り返してきた言葉。

 この世の幸福は〝生まれ落ちて来ない〟事だとも思った。

 でも、ももの存在がわたしを救ってくれた。


 〝友達は友達を見捨てない〟


 ももが教えてくれた言葉。

 わたしは――、


 〝ももの事が好きだ〟


 本屋で買い物を済ませたわたしとももは、アクセサリーショップに居た。

 本屋に付き合ってくれたももにお礼がしたい為だ。

 店内を見て回っていると、ももに似合いそうな花柄のシュシュを見付けた。

 ももの髪型はスキンフェードのポニーテールだ。

 是非ともこのシュシュをプレゼントしたい。

「ねぇ、もも。どうかな?」

「えーっ! そんなに可愛いのあーしに似合うかな……?」

「大丈夫よ。ももは可愛いもん」

 わたしはももに向けてグッと親指を立てる。

 それを見たももの顔が、熟れた林檎のように真っ赤に紅潮する。

「じゃあ、決まりね」

 わたしとももはアクセサリーショップを出ると、次にファミレスに行こうという話になった。

 シュシュのお礼でももが奢ってくれるらしい。

 そんなつもりはなかったのに反って気を遣わせてしまった。

 ファミレスに着くと、わたしとももは楽しく談笑し、注文したちょっと早めの夕飯を口にした。

「……ぐみ、あーしで良かったの?」

「何が?」

「……その、」

「ももは可愛いわ。わたしとは大違い」

「そんな事……!」

「……わたしがもっと上手く笑えたら、ももにそんな不安そうな顔をさせないのに」

「…………」

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 耳が痛くなるような沈黙が続く。

「ねぇ、もも。わたし、あなたの事が好きよ」

 二人の視線が絡み合う。

「……ぁ」

 ももが口を開く。

 しかし、ももの視線は外へと向けられた。

「……雨だ」

 外では音を立てて雨が降り出していた。

「なぁ、ぐみ。これから、あーしの家に来ない……?」


          *


 木造の二階建てアパートの一室。

 六畳一間のその部屋は、必要以上の物が置いてなく、ちょっと殺風景だった。

「――此処がももの部屋」

 ももの家はファミレスからそう遠くないところにあった。

 が、雨足が強かった為、二人してびしょ濡れだ。

「……ううっ、寒いな。風邪引くと大変だから、風呂に入って温まれよ」

「ありがとう」

 わたしはお風呂を借りる事にする。

「タオル、そこに置いておくから、使ってな」

 湯船に顔まで浸かり、わたしは顔を真っ赤にする。

(これってあれだよね!? 絶対あれだよね!?)

 そこから先(お風呂を出た後)の展開を想像し、念入りに体を洗っておく事にする。

(……もしも、ももが手を出してきても、わたしはそれを受け入れる……)

 そして、じっくりと湯船に浸かった後、わたしはどこか緊張した面持ちで、お風呂場を出た。

「良いお湯でした……」

「おっ、出てきたか。それじゃ、あーしも入るわ」

 そう言って、ももはお風呂場に入って行った。

 わたしはお風呂にのぼせたのか、ゆっくりと床に倒れ込む。

(あー、床が冷たくて気持ち良い……)

 気付くとわたしは意識を失っていた。



 どれくらいの時間が経っただろう。

 目を覚ますと、わたしはももに膝枕をされていた。

「やっと目を覚ましたか。……お前、そんなになるまで風呂に入るなよ……」

「だ、だって……!」

「もう夜遅いぞ。夜道は危ないから、今日は家に泊まって行けよ」

「え、ええ……」

 わたしは母のスマートフォンに電話を掛け、今日は友達の家に泊まる旨を伝えた。

「さて、どうする?」

「どどどどうもしないわ」

「何ビビッてんだよ……。夜も遅いし、もう寝るか?」

「え、ええ」

「布団は一つしかないから、一緒に寝る事になるけど」

「べべべべべ別にいいわ」

「……変な奴。じゃあ、寝るぞ。電気は消すから」

 わたしとももは布団に入ると、互いに逆向きになって横になった。

(……もしかして、わたしの考え過ぎだったのかな)

 しばらくして、ももが小さく口を開いた。

「何も聞かないんだな……」

「……何を?」

「どうして〝こんな狭い家に?〟とか、〝何で一人暮らしなんだ?〟とか……」

「あー、それは思ったけど、いちいち言いたくないでしょ、そんな事」

「……やっぱりぐみは優しいな」

 くすくすとももの笑う声が聞こえる。

「なぁ、手を繋いでもいいか?」

 わたしは何も言わず、ももの手を握る。

 ももは――、

 強そうに見えて、実は臆病だ。

 その証拠に今も握る手が震えている。

 何時だったか、ももを最初に見た時、わたしはこの子を羨ましいと思った。

 理由は単純だ。

 よく人を外見で判断するなと言うが、わたしはももを外見で判断してしまったのだ。

 その自由な外見から、わたしはももを色眼鏡で見てしまった。

 本当のももはこんなにも〝弱く、優しい〟というのに。

 恐らくだが、〝透明人間〟はわたしだけじゃない。

 ももも、そう、ももも――、

 みんなに見えない〝透明人間〟だったのだ。

 わたしはももの手を強く握る。

 自分の存在を確かめるように、相手の存在を確かめるように。

 ふと横を見ると、ももが笑っていた。

「……痛いぞ、ばーか」

 ――色を付けたい。

 ももに、

 わたしに、

 互いに色を塗り合って、めちゃくちゃになりたい――。

 わたしはももを抱き締めると、そっとくちづけを交わした。

「……わたしが先に手を出そうと思っていたのに、意外と強引なんだな、お前」

 わたしたちは暗闇の中笑い合うと、互いの胸に手をやり、そこから激しい情を交わし合った。


          *


 やってしまった……。

 ついにやってしまった……。

 わたしの初めての相手は……、

「むにゃむにゃ」

 ももが寝言を言っている。

(……可愛い寝顔を見せ付けおって)

 ももの幸せそうな寝顔を見て、わたしは幸福感に包まれる。

 幸せだ。

 わたしは今、とても幸せだ。

 嬉し泣きをしながら、寝ているももを抱き締める。

(離したくない。この幸福をわたしは絶対に離したくない)

「ちょー、苦しいだろー。何やってんだよ、お前……」

「……ごめん。あまりにももの寝顔が可愛かったから……」

「……ばーか」

 ももはそう言って、わたしを抱き締め返すと、耳を甘噛みしてきた。

「ちょっ、くすぐったい」

 わたしもお返しと言わんばかりに、ももの耳を甘噛みする。

「あははははははっ! 参った参った! あーしの負けだよー」

 わたしとももは見つめ合うと、今日最初のくちづけを交わした。

「好きよ、もも」

「な、何だよ?」

「ふふ、今更よね、そんなの」

「ばーか」

 わたしはももの手を握る。

 どうか、

 〝この幸せがいつまでも続きますように〟

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